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現の蝶  作者: 鮎弓千景
action2 過去編:西暦二〇四五年
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 二〇二八年ーー、当時街の科学者達は政府公認の元、世間から密かに隠れてクローン技術の研究及び実験を行っていた。


 カプセルの中で水泡が音を立てる。それぞれのカプセルに入っているのは二人の赤子。

 二人の赤子を見守るかのように、一組の男女が立っていた。


 『良かった、一時はどうなるのか心配だったけど。順調みたいね』

 『ああ、そうみたいだね』


 白衣を纏った男女は科学者である。女は近くの薬品棚から必要な薬品を取り出した。針が取り付けられていない注射器で薬液を吸い、カプセルに取り付けられた機械から出ている細いチューブに繋げた。


 手元のボードを操作していきながら、薬液を手動で注入していく。これまでの幾度とない研究及び実験で分かったことは、機械では薬品の微調整が効かず、中にいる赤子をダメにしてしまうということ。


 そして、もう一つは赤子は丁寧に扱わねばすぐにでも命を落としてしまうことだけであった。注入し終えた注射器を取り外すと、女は男の方を振り返った。




 女は癖も何一つない綺麗なまでの黒髪を一つに結わえている。顔立ちは恐ろしく整っており、肌は適度に白く、吊り目である大きめの焦げ茶の瞳は切れ長の睫毛でよりクールな印象を受ける。


 一方、男は闇夜に溶けそうなまでの黒髪。顔立ちは女と同じく整っており、普通の人と違う所といえば、蒼き瞳であることくらいだ。


 この二人の美貌はラボの中だけではなく、街の外でも人目をよく惹く。傍目から見れば科学者とは信じられない美貌は、職業がモデルだと言われた方が納得できるような風貌である。


 『僕達の体細胞を使って作ったクローンがこうも上手く行くとはね。政府や他のラボの連中は、この子達を利用しようとしているけど。親としては、そんなことさせたくないよ。もちろん、君もそうだろう?』


 ね、奏、と男はカプセル内で儚くも愛しいまでに、命の鼓動を刻み続けている赤子達を見ながら女に言った。


 『斗真、貴方の意見に賛同するわ。この子達は血を……いいえ、私達の体細胞を分けた我が子のようなものだもの』


 男の言葉に奏と呼ばれた女は同意したように頷いた。カプセル内の赤子と共にここに隠れてからというもの、日に日に不安は大きくなってくる。いつ、彼らがここにやってくるか分からない。


 カプセル内でだいぶ成長した赤子達を愛おしむようにガラスに手を這わせて見つめる。


 弓槻(ゆづき) (かなで)は夫である斗真(とうま)を見やった。思い返せば、二人の赤子が誕生したのは年の初めだった。


 名の知れた奏と斗真の体細胞を基盤としたクローンを作ろうという話を、二人は持ち込まれた。


 元々、生命の倫理に反するクローン技術の発展に協力的ではなかった二人だが、一流の名の知れた科学者として強制的に協力をさせられたのだ。唯一分割と細胞の維持に成功した二つの核なしの卵子に、二人の体細胞を移植した。


 初めは何も変化が見られず、今回も失敗かと多くの科学者達が肩を落とした。しかし一日経った後、変化が現れる。二つの卵子がほんの豆粒程の大きさへと変わっていた。


 これは細胞が分裂をして、赤子へなるための準備であったのだ。ダメかと思われた細胞に奇跡が起こった。科学者達はこぞって歓喜した。クローンの第一号と二号が生まれた、と。赤子はその後も何の問題もなく、無事に成長していく。


 二人の赤子はコードネームとして、アダムとイヴと名付けられた。


 奏と斗真はと言うと、複雑な心境であった。自分達の体細胞を使用したことでクローン技術がさらなる発展を遂げたこと。そして、血ではなく体細胞を分けた己の分身が生まれるということに。


 同じ顔をした人間が生まれる恐怖は間違いようのないものなのに。それと同時に相反する愛情に、二人は戸惑っていた。初めこそは処分してしまった方がいいのではと思っていたが、毎日毎日カプセル内ではあるが成長していく赤子達を見て、いつの間にか手を下せなくなり、見守るようになる。


 聞こえる心電図モニター音が、赤子達の生きたいという命の叫びに聞こえたからだ。事の発端は季節が夏になり、ある程度成長した姿を見た科学者達が生まれてくる赤子達を、政治的に戦略に使おうと言い出したのが始まりだった。


 二人は赤子達を連れ政府公認だった所から逃げ出して、偶然見つけた地下にある閉鎖され放置状態であったラボに身を隠した。




 身を隠してから、三ヶ月。赤子達はそろそろ生まれる。もうカプセル内ではなく、外の環境に適応することが出来る状態だ。


 『ねぇ、斗真。本当にこれでいいのよね?』


 既に決まったこととはいえ、どうにも心配で仕方ない奏は斗真に何度目かになる質問をする。斗真は赤子達をカプセルから出すボタンに手を掛けた状態で、困ったように笑う。


 『ああ、大丈夫だよ。もし僕達の身に万が一のことが起こった場合は、彼に後を引き受けてもらえるように頼んである』


 蒼き光の宿る瞳を、自分を見つめる焦げ茶の瞳に向けた。安心させるように微笑む。ボタンを押すとカプセル内の液体は排出され、赤子達が出てきた。


 奏と斗真はそれぞれの腕に赤子を抱き上げる。赤子達は揃って産声を上げた。力強い産声を。


 『そういえば、この子達の名前、決めていなかったわね』


 液体を拭き上げ綺麗になった赤子を保育器の中に横たえながら、奏は思い出したように呟く。


 『それなら、もう決めているよ』


 斗真は保育器に入れられた赤子達を見て、名を口にした。


 『男の子は十夜、女の子は紡ーー』




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