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二人はあれから特に変わりはなかった。本人達が思っていた以上に関係がこじれたり、気まずくなったりというのはなかった。その代わり、お互いが適切以上の距離で接している節はあったが。
「これでどう?」
放った蹴りは十夜の顎先を狙う。もちろん、顎先とはいえ油断して真面に食らえば骨折くらいの怪我はする。人間の最も弱い箇所は急所だけではない。目、鼻、顎……これらは人体のどこよりも脆弱だ。分かりやすく言うならば、壊れやすい。
目は傷の度合いにもよるが失明しやすく、出血もしやすい。鼻は顔を思い切り殴られただけで折れる。殴られたりとかではなく、ボールが当たったくらいでも折れたりすることもある。子供が鼻を骨折する理由の多くは、ボール遊びだ。顎だって同じ。下から物凄い衝撃を与えれば、簡単に折ることが出来る。
「こんなスレスレを狙うやつがあるかっ」
自らの顎先目掛けて飛んできた蹴りをギリギリ避けながら、紡の攻撃に対して毒づいた。仮にもこれは模擬戦闘だ。お互いある程度の力加減でしているものの、スレスレの攻撃は受ける側にとってかなり卑劣に感じてしまう。
蹴りを避けられた紡は狼狽えることなく、続けて蹴りを繰り出した。その蹴り全てが顎先や鼻先といったスレスレのものばかり。彼が避ける所に蹴りを繰り出しては、確実に後方へと下がらせ逃げ場を封じる。
「……っ」
初めて十夜の表情から余裕が消えた。それだけいい線をいっているということなのだろう。反撃とばかりに繰り出された彼の蹴りを、紡は腕で受け止め横に流す。その隙を突いて懐へと入り込み、腹部に重い一撃を一発。
衝撃と痛みで顔を歪める彼は、さすが早々に倒れたりはしない。やったと思って一瞬だけ油断した隙を見逃さずに、十夜は紡の腕を掴み投げ飛ばした。
床に物凄い音を立てて倒れる紡を見て、やってしまったと後悔する。
「大丈夫か?」
訓練を始めて早くも一ヶ月が経った。紡の実力は最早十夜と肩を並べてもいいところまでなっていた。
大丈夫か、以外の言葉も掛けるべきなのだろうが、口から出てくるのはいつも同じ言葉。紡が体を起こしながら、大丈夫と答えるのを見て、心の中で安堵の息をついた。手を差し出して彼女を助け起こす。
その時、二人のネルヴォイに咲夜から連絡が入った。目前に受信メッセージが表示される。任務依頼についてだ。
「咲夜さんから任務の依頼……」
目前に表示されたメッセージを見て、紡の表情は自然と引き締まる。二人に送られた任務依頼のメッセージだが、紡にとって初任務であることに変わりはない。固い表情の紡を彼は軽く突き、二人で室長室に向かった。
「ごめんね、せっかくの訓練中に呼び立ててしまって」
「キリのいい所だったから、問題ない。室長、それより任務の内容は?」
どうせ時間がないんだろう、と十夜が話の先を急かす。咲夜はその通りと口元で笑みを浮かべる。机の上の機械を操作して、何もない空間に画像を出した。
「実は、この研究所に潜入調査をお願いしたいんだよ」
「潜入調査、ですか。あれ、ここって大手の製薬研究所ですよね? でも確か……」
「最近閉鎖されたな」
空間に映し出されている研究所。街の中では大手の部類に入るが、最近急に閉鎖されてしまったのだ。世間に公表されている理由は、本部に研究所自体が移転するためらしい。
「閉鎖されたこの研究所に、重要な機密情報を記録したフロッピーディスクがあることが分かったんだ。君達には、それを回収してきてもらいたい」
お願いできるかい? と言われて、二人は頷いて了承する。彼には咲夜から初任務である紡をサポートするように伝えられた。決行開始時刻は、今夜。




