action2/11
紡は視線を十夜に固定したまま、言葉の意味を咀嚼する。一方彼の視線は紡には固定されておらず、どこか違う場所を見つめていた。その視線は今ではなく、遠い昔に向けられているように思えた。
「じゃあ、十夜は養子ってことだよね」
言葉の意味を咀嚼し終えて出た言葉は、誰もが分かりきった答えでもあった。
「……ああ。生まれた時には、もう親がいなかったからな。室長が親代わりとして、俺を引き取って育ててくれた」
そっか、と呟いてから、紡は視線を逸らした。訓練場の天井を見つめながら、彼が自分と似た境遇であることに人知れず親近感を覚える。似た境遇だからといって、二人の仲が進展するかどうかはまた別の問題。
「十夜はさ、なんで蝶に入ったの?」
何気ない質問。他愛ない、それこそほんの興味本位だ。だが、彼には質問が違った意味で聞こえてしまったようだった。
「そんなことを聞いてどうする」
ひどく冷たく、棘を含んだ言い方が耳に届く。今までの棘を含まない言い方と落ち着いた声色とは違う、明らかに一線を引いていると相手に感じさせる言い方と声色だ。
紡は寝転がったまま顔を、再び隣にいる十夜に向けた。瞬間、背中から全身へ恐怖を感じることになる。
蒼き双眼に宿るのは、どこまでも暗く冷たい光。鋭い刃物のような眼光に思わず身が竦んだ。これ以上踏み込んでくるな、と抜き身の刃物を首筋に充てがわれている気さえしてくる。踏み込んでくるのなら、容赦なく刃物を引く。そう言わんばかりの気迫を前に、恐怖を感じないわけがない。
「ごめん」
先程とは打って変わった空気。重く苦しい長い沈黙が続く中、紡がやっと言えた言葉は謝罪だけだった。
そんな紡を余所に十夜は立ち上がった。確かに彼としては、踏み込まれたくない所に踏み込まれそうになったことについて怒ってはいたが、彼女が決して悪気があったわけではないことも理解している。
しかし、あれだけの殺気を出してしまった手前、どう接したらいいのか分からない。ただ視線を明後日の方向へ逸らしたまま、一言、今日の訓練は終わりだ、と声を掛けることしか出来なかった。
「はあ」
(あれ、絶対に怒ってたよね)
重い溜息をつきながら、ベッドに倒れ込む。あの後、十夜はまるで紡から逃げるように訓練終了を告げて、一人先に訓練場から出て行ってしまった。残された紡はといえば、その態度に呆然とするしかなかった。
ここの所、彼とかなり話すようになったとはいえ、気安く彼の領域に踏み込み過ぎたのは事実だ。心の隅で反省する。
それにしても、殺気に恐怖を感じたのは初めてだった。蒼き双眼に宿る、どこまでも暗く冷たい光。鋭い刃物のような眼光。纏うのは近づく者の肌を刺す凄まじい殺気。
はっきりとした、それでいて一番分かりやすい他人を踏み込ませない拒絶。
思い出してまた寒気に襲われる。無理にでも頭の中から振り払い、明日からの訓練に支障来さないか心配する。気まずいままで訓練はしたくない。一応すぐに謝りはした。本人から何の反応も得られなかった以上、余計に不安が募る。
「気にしたって仕方ないよね。過ぎたことなんだし。とりあえず、今日はもう寝よう」
明日のことは、また明日ちゃんと考えればいい。些か自分でも能天気だなとは思うが、このまま一睡もせずにコンディション最悪のまま訓練に挑みたくない。寧ろ、そちらの方が却って十夜に迷惑が掛かるだけだ。
紡は疲れと触手を伸ばしてくる睡魔に身を任せて、深い眠りについた。




