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咲夜のいう大事な話を聞いた紡は、与えられた部屋のソファーで考え込んだ。頭の中は様々な話で一杯の状態で、とにかくまとめる時間とそれらを理解する時間が欲しかった。
話を聞いて混乱した頭で唯一はっきりと理解出来たのは、自分がもう今まで通りの生活を送ることが出来ない状況であることだけだ。咲夜の話をまとめるとこんな感じになる。
一つは、路地での出来事だけではなく今までの事件が、全て人為的によるものの可能性が高いこと。二つは、クローンの襲撃事件で報道されてこそはいないが、今までの襲撃で死者が出ていたこと。三つは、智子の死は口封じによるものが高いこと。
これら全てを踏まえて、智子と関わりのある紡が狙われている可能性が高いとされ、元の生活には戻れないことを咲夜から聞かされた。
静かな環境で一人、頭の中で話をまとめた甲斐があり、大凡の事態の把握は出来た。そして自分が非常に危険な状態であることを改めて理解した紡は、与えられた部屋の中を見渡した。紡には物心がついた時には両親がいなかった。
科学者であったことと、実験の途中で事故死してしまったことだけは聞かされていた。それからは両親の知人だという人物から支援を受けながら、マンションで一人暮らしをしている。与えられた部屋の家具は全てマンションで使っていたものだ。察するに、紡が目醒める前から既に決まっていたということなのだろう。
この決定を下したのは、他ならぬ咲夜である。紡がいるのは独立守護組織 蝶の本部。そして咲夜は本部長であり、同時に十夜が蝶の一員であることも明かされた。
『紡君には悪いと思ったけど、これは本部長としての僕の決定なんだ。色々反論もあるだろうけど、ここは従ってもらう他ない。ごめんね』
咲夜の申し訳なさそうな顔で、紡に説明していたのが思い出される。もちろん、紡は咲夜や十夜を恨むつもりはない。当然の処置だと思っている。
説明を聞くと、蝶は街の守護組織であり、治安部隊でもあるという。住民の生活を守るのが彼らの仕事だ。今は、その仕事の傍らでクローン襲撃事件の謎を追っているらしい。
紡は意味もなく天井を仰いだ。瞳を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは親友の変わり果てた姿。無意識に下唇を噛む。眦に浮かんだ涙は頬を伝って落ちた。自分の無力さに歯痒ささえ覚える。自分に力があれば、智子は死ななくて済んだのではないだろうか。
彼女は、あの路地でどれだけの苦痛と恐怖を味わったのだろう。智子の遺体は、十夜の話によると蝶の遺体安置所に置かれているとのこと。
司法解剖により判った智子の死因は中毒死。何らかの薬物投与によって起こされた薬物性中毒だと咲夜の口から聞かされている。医療が進んだ現時代では、薬物の安全性は昔に比べて飛躍的に高くなっている。
その安全性を覆してしまう程の強い中毒性を持つ薬物の投与。これを人為的に、しかも悪意をもって智子は飲まされたということになるのだ。じわじわと迫る死の足音に、彼女は何を思ったのだろう。耐え難い意識の混濁と消えゆく命の灯火に、どれだけの絶望を感じたのだろう。
「ごめんね、ごめんねっ、智子……」
(助けてあげられなくて、ごめんねっ)
もっと早くに駆けつけていたら、もっと自分に対抗できる力があれば。後悔の念だけが頭の中を巡った。紡は天井を仰ぎ下唇を噛み締めたまま、微動だにしない。咲夜は紡を保護する名目で本部に引き入れたのだ。そのことは紡自身がよく分かっている。
しかし、ただ黙って保護されるつもりはない。蝶の一員になって事件の真相を突き止める、そして智子を死に追いやった連中を捕まえる。強くそう決意した。




