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気がつくと、紡は知らない部屋のベッドに寝かされていた。体を起こして辺りを見渡す。ここはどこなのだろう。部屋の雰囲気的に一番近いのは病院の病室、といったところだろうか。
「やぁ、目が醒めたかい」
すぐ側から聞こえてきた声に、紡は体を強張らせた。慌てて視線を右側へ向けると、青みがかった髪の男が微笑みながら紡を見ていた。男の隣には、路地で助けてくれた男の子が澄ました顔でいる。
彼には感情というものがないのではないだろうか、と思ってしまうほどに無表情だ。だが、彼の顔を見た瞬間に紡の脳裏に路地での出来事が浮かんだ。
(智子っ)
「目覚めたところ悪いんだけど、早速話をーーって、え?」
同い年と思われる男の子に対して沸き上がるやり場のない怒り。気づけば彼を床に思い切り押し倒していた。
椅子が激しく倒れる音を耳で聞いていながら、紡は顔を俯かせたままで彼の胸倉を掴み引き寄せる。この展開に、青みがかった髪の男は目を白黒させることしか出来ない。
「……どうして」
自分でも驚くくらいに、地の底から響いてくるような低い声が出た。紡は俯かせた顔を上げて、男の子を睨みつける。眦に涙を浮かべながら。
「どうして、智子を置き去りにしたの。あんな誰も来ないようなところで、雨晒しになんてーー。答えてよ」
これでもかなり凄みがある方だと思う。しかし、彼は紡の凄みのある声も雰囲気もどこ吹く風の如く無表情のままだった。一ミリたりとも口元も目元も動かない。その表情を見て、紡はさらに怒りを募らせた。
胸倉を掴んでいた手を彼の首に掛けたのだ。さすがに状況を見ていただけに留めていた男もやばいと感じたのか、椅子から腰を浮かし掛ける。
「言っただろう。お前は死体の身の方が心配なのか、と。死んでいるのと生きているのとでは、明らかに生きている方を優先するだろう」
少しの間を置いて、首に手を掛けられたまま彼は呟いた。視線はしっかりと紡に向けられている。蒼い瞳は、既に死んでいる者には何もしてやれないのだと語っていた。生きているのなら、生きている者に最善を尽くす。それが自分の仕事だ、と言わんばかりの瞳だ。紡は彼の瞳に映る自分を覗き見る。怒りに任せた怖い顔の自分が映っていた。
(ああ、なんて怖い顔)
自分が今こんな顔をしているのだと認識した紡は、顔を俯かせる。本当は分かっていたつもりだった。既に死んでいる者に、生者がしてやれることなんて、何一つないことに。ただ、やり場のない怒りをぶつける矛先が欲しかっただけなのだ。
自嘲を含む笑みを浮かべると、首に掛けていた手を下ろす。手は掛けていたが首は締めてはいなかった。つくづく、締めていなくて良かったと思う。怒りの熱で一杯だった頭の中に、ようやく冷静という名の冷水が注ぎ込めるスペースが出来た。
ふぅ、と息を吐き、ゆっくりと彼の上から退く。もう紡の中に彼に対する怒りはない。
そのままお互い床に座り込んだまま、沈黙が流れる。
「収まったか。やり場のない怒りは」
彼の言葉に紡は無言で頷いた。椅子から腰を浮かし掛けた男も、事態が収拾したことに人知れず安堵の息をつく。まさに一触即発な展開だったのだから、安堵感も大きい。




