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貧富の差はあれど、差別をしてもいいことなんて一つもない。差別の先に生まれるものは、果てしない恨みだけなのだから。
無言で目の前に展開されたパネルを閉じて、紡はベッドに潜り込んで眠りに就いた。
八月十日、後数日したらお盆に入り夏休みの前半が過ぎようとしたその日、紡は学校へ向かっていた。部活に参加するためだ。普段よりも遅めの時間帯に制服を着て、電自動バスに乗り込む。
これが長期休暇でなかったら、確実に遅刻は免れない時間帯ではある。今は夏休みで部活生以外好き好んで学校に向かう生徒はまずいない。
バスの中は閑散としていた。夏休みだからてっきり人が多いだろうと踏んでいたのだが、疎らに人がいるだけだった。一番後ろの座席に腰掛けて鞄から本を取り出す。いくつかのバス停を通過した後、一人の老婦人が乗ってきた。
紡は彼女を一瞬見やった。とても可愛らしい老婦人だ。白地のワンピースに散りばめられた花柄がよく似合っている。婦人は紡の隣に腰掛けた。
「あら」
婦人が紡の手元を見る。
「貴女、よくそんな本を持っていたわね」
「これですか」
手元にある一冊の書物を見た。婦人は頷き、懐かしそうに今では見ることの出来ないその書物を見つめていた。
「昔は珍しくなかったの。今みたいに科学が発展して、書籍までもが紙ではなく電子化されてしまった近年では珍しいもの。よく読んでいたわね」
紡は昨晩も読んでいた「偉人が発見した人類の神秘」の表紙を撫でる。中の内容には落丁などは見られないが、表紙の文字は全て消えてしまっていて読めない。こういった物は時代の流れ、発展の流れには抗うことが出来ず、需要は減っていきいつしか消えてしまう。何だか物悲しく感じた。
しばらくしてバスが目的地に停まり、座席を立つ。婦人に大切にしてあげてね、と言われ笑顔で答えるとバスを降りた。
学校の中はとても静かだった。外からは運動系の部活生の声が聞こえる。部室以外に特に用はないので、真っ直ぐ向かうこととする。三階建ての校舎、二階北棟の奥にある部室が紡が所属する事件調査部の活動場だ。
「おはよう」
「おはよう、紡!」
何かが突進してきてバランスを崩しかけるが、ギリギリ耐えた。今年で高校二年生になった紡は、突進してきた親友を見る。
「智子、危ないからそれやめてよ」
「はーい」
間延びした返事する彼女は、一つも反省する気はないようだ。倉田 智子。紡が通っている学校内で学力トップである。多くの大学や企業から声を掛けられているらしい。日頃から勉学に勤しんでいる彼女は、そのストレスを趣味に全力でぶつけている。本人によると期待されるのは、それなりにプレッシャーらしい。
「でね! この辺りに例の事件現場があるらしいの。もうこれ凄いよね!」
瑠璃色の瞳をあらん限りに輝かせている。智子はこの学校では二つの名で知られている。一つは「頭脳明晰」、もう一つは「事件マニア」。両方とも、ここに通っているものなら知らない人はいないとされるくらいに有名だ。紡個人の考えでは、二つ目の名は誰だって嬉しくないはずなのだが、智子はいたく気に入っている。つくづく、マニアというものは奥が深い。
「ねぇ」
期待一杯の目を向けられる。嫌な予感がした。
「行ってみようよ!」
(ほら、きた)
智子の行ってみようよ、というフレーズにはざっくりと縮められた意味が込められている。行ってみようよ、つまりは事件現場に今から行って調べてみようよ、だ。
「だめ」
以前、事件現場に無断で入って怒られたことがある。紡はもう懲り懲りだが、智子は怒られて懲りるような子ではない。
「何で? 行こうよ」
「何で、じゃないでしょ。前に怒られたの忘れたの?」
紡がそう言うと、あー、そういえばー、と智子は思い出したかのように頭を抱えた。さすがに二度も怒られたくないだろう。今回はあっさりと諦めてくれるはず。
「よし、バレなければ怒られないわけでしょ。バレないよう現場に入ればいいんだよ」
前言撤回。諦めてくれるわけがなかった。
取り合うことにも疲れた紡は、智子の抗議の声を背に窓を開けた。夏特有の生温い風が長い黒髪を舞い上がらせた。




