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現の蝶  作者: 鮎弓千景
action1 現在:西暦二〇五〇年
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action1/21 忘れた記憶



 日付を超えた八月十一日、午前二時。

 熱帯夜であったその日の夜、医務室のベッドの上で紡は寝付けずにいた。理由としては、今の今までひどい倦怠感で眠っていたからに過ぎなかった。


 無言で寝返りを打つ。動かすと背中に微かな痛みがはしったが、重要視するほどではない。鎮痛剤の類が点滴と一緒に繋がれているのを、昼間確認したからだ。


 その点滴も、今は輸血ではなく透明な物に変わっている。

 窓辺に背を向けた状態で、紡は咲夜のことを考えていた。それだけではなく、今まで見た夢のことや謎のフードの男のことも。


 特にあのフードの男は、紡のことを昔から知っているような口ぶりだった。しかし、当人である紡からすれば、男に関する記憶が一切ないわけで。文字通り、見知らぬ人物なわけだ。


 ふと、背後から風の気配を感じた。ゆっくりと窓辺に顔だけを向ける。閉めていたはずの窓が開いており、入ってきた夜風にカーテンが揺れていた。


 (窓、開けた覚えはないのに)


 不審に思って体を起こした時、カーテンの隙間から入ってくる月明かりに照らされた何者かの影があることに、やっと気付いた。

 油断していただけもあり、何もないところから現れたようにも見えた影に、紡は過剰なまで体を強張らせる。


 ベッドから離れた方がいいことは分かっているが、急いで動かそうとすると背中が焼けるように熱く、体を起こすだけで精一杯だった。


 「安心しろ、お前に危害を加えるつもりはない。ただ、心配で様子を見に来ただけだ」

 「……!」


 聞こえてきたのはいつかの男の声。紡は背後を振り返る。振り返った先の暗闇に紛れ込むように、あのフードの男が立っていた。


 「あなた、どうしてここに?」


 心配で様子を見に来た、と言った男に対して、この質問は愚問であることぐらい分かっている。投げ掛けた言葉には、ここに来た理由はそれだけか、というニュアンスも含まれているのだ。


 最も男がその隠されたニュアンスを受け取ってくれれば、の話であるが。意外にも男は答えてくれた。


 「様子を見に来たっていうのも本当だが。真の理由はお前に選択を迫るためだ」

 「選択を、迫る……?」


 紡がれた言葉は、到底理解の出来ないものだった。選択を迫るとは一体どういう意味なのか。考え込んでいる顔に影がかかった。


 顔を上げるとフードの男が目前に、それこそ至近距離までに近づいていたのだ。思わず距離を取ろうと、引きそうになった体を留めた。もし、今が戦闘なら一発でアウトだっただろうことは、紡もよく身に沁みて分かっている。


 フードの奥で、男の蒼い瞳が鋭く光ったような気がした。その眼光がまるで、心臓に向けられている銃口のような気がして、息を潜めてしまう。


 初めて男の瞳を見た時、紡の中で何かが揺れた。それは今まで何の変化もなかった水面に、突如出現した波紋のように感じられる。


 (不安定な水面に浮かぶ小舟のような。安定しない感じ)


 「……お前は、全てを知りたいか? それとも知りたくないか?」




 耳元に聞こえてくる鳥達の(さえず)りで紡は目を醒ました。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。いまいちはっきりしない頭の中を過るのは、深夜の出来事。


 『……お前は、全てを知りたいか? それとも知りたくないか?』


 深夜の医務室に現れたフードの男は、紡にそう言った。彼の意図せんことが何なのかは分からないが、紡は一言、知りたいとだけ返した。男は答えを聞いて、満足そうに口元だけで笑ったのだ。


 『それでは待っている……あの場所で、お前が来るのを』


 その言葉を最後に記憶は途切れ、今に至っていた。あの場所と言われた瞬間、背中とは別に、紡の胸をちりっと焼けるような痛みが襲った。痛む胸を押さえつつ、漠然と思う。行かなければ、と。


 「あの場所へ……っ!」


 体を起こせば背中の傷が痛んだが、今ここでそれを気にしている余裕はなかった。心の中を頭の中を焦りが埋め尽くしていく。急げ、という言葉にせっつかれながら、紡は腕に刺さっている点滴を引き抜いた。


 引き抜かれた点滴の針先から、雫と血液が飛び散る。飛び散ったそれらは、染み一つない真っ白なシーツを汚した。


 「っ……! はぁっ」


 ベッドから半ば転げ落ちるようにして降りる。体にはまだ倦怠感が残っているが、動けないほどではない。


 さっきまで刺していた針の痕にガーゼを当てて止血をしてから、フックに掛けられた制服に袖を通した。そして、ふらつく足取りで紡は医務室を後にした。




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