第6日…のはずだった日
「…消えている…?」
私の持っている手帳から彼女の名前が消えていました。…それはつまり、彼女は今患っている病気では"死なない"と言うことでした
「それが君らしくないって言いたいのさ。…君にしては情を寄せすぎたようだね」
「…そんな、まさか。でも私はあの時…」
おそらくあのトラックを斬った時でしょう。…ですが、彼女はそれでは死なないはずでしたが…
「そう、それは最期じゃない。でも気づいてるんじゃないか?彼女は弱っていっていないだろう?」
「…!」
…確かに私は彼女を連れて出掛けていました。…本来なら歩けない身体を多少動けるようにはしましたが…
「…君は分かっていないんだな、人間は不思議なんだ、気持ちで病を乗りきってしまうこともある」
「…はい」
…私は、何にこんなに狼狽しているのでしょう。亜子さんが元気になるのなら、それで良いではないですか…
「…それが、その子にとって大事な人と居たいと思えば尚更だよ」
「…大事な人?」
「ま、もう隠すことも無いか。…ほら、これが君の"生前"だ」
「…はぁ…」
上司は私に一枚の紙を手渡してきました。それは私たち死神の生前の記録でした。…
「『楠 達哉』。享年14。心臓の病で死去…『現世への未練あり』?」
「それは非常に大事な箇所だ。現世に未練が無いものは死んでしまうとそのまま消えてしまうが、ある者は魂が残るのさ。…君の未練は榊原亜子と共に過ごしたかった、という物だろう」
「榊原…亜子…!」
…確か、亜子さんは少し前に死んだ友人がいる、と申しておりました。そして私に似ているから、と…
「分かったかな?君の看取り人は君に出会うことによって生を取り戻したのさ」
私の頬に汗が流れます。…どのみち、私は失敗したのです、仕事を。亜子さんにとってはそれで良いのでしょうが…
「とりあえず君は、その亜子という人に会いに行くことだ。そして楠達哉の事を聞いてくるんだ」
「…え?役目は失敗しています。なのに会いに行くなんて…」
私の疑問に、上司はにこやかに返してくれました
「君の初の失敗だからこそさ。…行ってきなさい」
「…はい」
「…」
『榊原亜子』と書かれた病室の前に立ち止まり、深呼吸をします。…短い間とはいえ、終わりを告げるのは緊張するものですね…。とにかく、ドアを開けます。そこには…
「失礼します」
「…あ、達哉。今日は遅かったんだね?」
そこには、いつも通りの亜子さんが出迎えてくれました。…やはり死が消えたとはいえ、すぐには回復しないんですね
「…あの」
「達哉、私って…もしかして死なないの?」
…私が答える前に亜子さんが切り出してきました。その顔ではイマイチ気持ちが読み取れません
「今日お医者さんに言われたの。じきに退院出来るって。でも私は明日、最期の日の筈だよね?」
「…ええ」
「…達哉、何があったの?」
「…消えたのです、私の手帳から。亜子さんは病死しない、と言うことになったんです」
私が伝えると、亜子さんは少し驚いていましたがすぐに真顔に戻りました
「そっか。…じゃあ、達哉はこれからどうするの?」
「…死神が看取り失敗と言うのは厳罰です。このままいけば恐らく存在を消されるかなと」
「それって、死んじゃうってこと?」
「もう死んでいますけどね」
…亜子さんは泣きそうでした。…やはり…私が似てるんですかね…
「…嫌なことを承知でお伝えしてもよろしいですか」
「…何?」
恐らく今日が最後に会う日になるんでしょう、私は、これを伝えることにしました
「…申し訳ありません、私、楠達哉でした」
「だろうね」
……ん?
「驚かれないのですか?」
「まぁ、ね。初めから達哉に似てたし、そう思って接してきたし」
…私の告白に、亜子さんは全く動揺していませんでした。むしろ動揺してるのは私だけのようです
「で、でも信じがたい事ではありませんか?転生して再び亜子さんの前に姿を現すなんて」
「確かにね。でも、私は嬉しいかな。もう二度と会えないって、思ってたし」
亜子さんの笑顔に一切の含みは感じられません。…嬉しい、ですか
「ですが、それを知ってなお記憶はありません。私は亜子さんの事を一切覚えておらず…申し訳ありません」
「仕方ないよ。一回死んでるんだし。むしろ覚えてるならただの意地悪じゃん」
「確かにそうですが…」
こんな話を続けていると、私の身体が少し不自由になるのを感じました。…身体を見ると、少し透けてきています。…予定がないものには見えなくなるはずですが、これが上司の計らいだったのでしょう
「…え、達哉?身体が…」
「…私は死を迎えるものの前に現れるゆえ、亜子さんの前には姿をこれ以上見せられません。…私は失敗したんですから」
「ちょっと待ってよ!失敗って…達哉はただ一緒に居てくれただけじゃない!」
「亜子さん、病気は克服出来るようですよ。長年悩まされていた様ですが…何よりではないですか」
私は平静を取り繕うように言葉を並べ、笑顔を浮かべます。…内心ではこれまでの短い間ではありましたが、楽しかった日を思い浮かべながら
「克服したら、もう達哉と会えないって…そんな、そんな身勝手に」
「それがこちらの世界でのルールでございます。看取りに失敗した死神には厳罰を、です」
「でも、それは達哉は何も…」
「…私は知っていたはずでした。人間には見えざるものの力で奇跡が起こせると。ですからそれゆえに、私は甘かったのかもしれません。それが貴女の想い人であるなら尚更」
「…嫌だ、嫌だ!これでお別れなんて絶対に!」
亜子さんは消えかけている私の手を握ってきました、涙を流し、必死に訴えかけるように。…既に身体の感覚は薄れてきましたが、不思議と亜子さんのての温もりは伝わってきました
「達哉、最初に言ったじゃない!最期の時までなんなりと、って。だったらその約束を果たすまで消えたらダメだよ!まだやりたいこと一杯あるんだからっ!!」
「…確かにその通りでございます。だからこそこうして謝罪をしてるわけであります。その約束を守れないこと、どうかお許しください」
少しずつ視界もぼやけてきました。私はやはり消されてしまうのでしょう。…少し、ほんの少しではありますが、名残惜しいですね
「…達哉…泣いてるの?」
亜子さんは不意にそんなことを口にしました。…私には、分かりませんでした。でも…
「…最期に、会えて良かったです、亜子さん」
「……っ!?」
そして
私の看取りは終わった