第1日…全てが楽しい
「…では、今日は何を致しましょう」
とうとう始まった死へのカウントダウン。私も仕事として、彼女に聞いてみた
「…あたしって、ここから出れるの?」
「お望みとあらば、私のお力を貸すことで外出も可能です。ただ亜子さんの場合は歩くのも困難と聞いてますので車イスになりますが…」
「それって、先生に止められたりしない?」
「ご安心を。私がここに現れたことでこの病院では亜子さんのしたいことをさせてくれるようになっています。それ故に止められることもありませんよ」
「へー…魔法使いみたいだね」
…魔法使いみたい、とはまた随分呑気なことを言ったものです。それはつまり、貴女への死を黙認しているようなものなのに
「ならさ、どうせなら達哉の力で歩けるようにも出来ないの?」
「…?出来ないことはありませんが、身体への干渉は負担が大きく、死が迫るとツケが回ってくるのでオススメはしません」
「…そっか、ならいいや」
…意外にあっさり引いたものですね。歩きたいのだと思いましたが…
「なら、初日にしたいことは…」
「…今日は散策をしたいかな?」
「仰せの通りに」
私と亜子さんは町に出てきていた。その間も彼女は私に沢山の質問をなさいました。その一つ一つが亜子さんには喜ばしいことのようで、ここまで終始笑顔でいました
「そういえば、達哉って急にあたしの前に現れたけど、他のところにも行けるの?」
「指令が入れば簡単に向かうことが出来ますね。それが無ければ私たちのすむ世界に行き来が出来るくらいですが…」
「その死神さん達が住む世界があるの?」
「はい。死んだ人間の1割がその世界で目を覚まし、このように死へのカウントダウンを行います。私も生前の記憶はございませんが、気づけばこうなっていたので」
「なんか選ばれし者みたいで格好いいね?」
「左様ですか?」
町をただ歩く時間が続きます。…私の事を聞いてもあまりにも現実からはかけ離れていると思いますが、亜子さんはいろいろ聞いてきます
「…そうだ、達哉?あたし、新しい服が欲しいんだけど…」
ここで亜子さんが初めて私に願いを言ってきました。病室暮らしの亜子さんはお洒落をする機会が無かったのでしょう、私は了承したのですが…
「では、どのようなお召し物がよろしいのでしょうか?言って下さればご用意致しますが」
「そんな魔法じみた形じゃなくて、服屋さんに行って選びたいの!選ぶのが楽しいんだよ?」
「…そうなのですか?では、お付きあい致します」
私が再び車イスを押し、呉服屋へと向かう。亜子さんは心なしかさらに上機嫌になった気がしました
「…お決まりですか?」
「もー、急かさないでよ!さっきも言ったでしょ?選ぶのが楽しいの」
「確かに申しましたが時間は有限。ならば早急に選ぶのが賢明かと」
「達哉はあたしの先生じゃないんだからかたいこと言わないの!あ、これも可愛い!」
「…」
町中の服屋に立ち寄り、現在は亜子さんが服を選んでいる最中です。私はそのような知識は無いのでお待ちしているのですが…一向に買う気配はありません。お金くらいなら簡単に工面出来ると伝えたのですが、それに遠慮してるようでもありません。…本当に見るのが楽しいのでしょうか?
「亜子さんはどのような服が可愛いと思うのですか?よろしければ教えて頂けると…」
「可愛いは可愛いんだよ?」
「…左様、ですか」
ちっとも理解できませんでした
「あ、…これが良いな」
すると、亜子さんはあれこれ見るのを止め、一着の花柄ワンピースを取っていました。…見た感じ、先程まで見ていた物と比べると質素な気がしました
「それでよろしいのですか?他にも沢山見ていらっしゃいましたが…」
「うん、これが良い。…出来れば、今日はこの服で過ごしたいな」
「それは全然構いませんよ。…とは言え、私がお召し物を替える訳には行きませんので、ここの職員さんに手伝って頂きましょう」
そしてこの服屋の職員に亜子さんを着替えさせてもらい(アドレスを聞かれたが無視)、再び町に出ました。…亜子さんは先程までとまた代わり、顔が少し赤いようでした
「どうですか?ご自身で選んだお召し物は」
「…着なれないから少し、恥ずかしいかな。…似合ってる?」
「申し訳ありません。私はそういうのには何分疎いもので…気の利いたお言葉をかけられません」
「ダメダメだね!」
「…すいません」
時間は過ぎ夕方ごろ、亜子さんは次の願いを言ってきた
「…達哉、お腹空かない?」
「お腹ですか?…私は一応既に死んでおります故、お腹は空きませんが」
「そっかー…あたし、少しお腹空いて…ご飯を食べに行きたいって思ってるんだけど…」
「左様ですか。でしたらどこかへ参りましょう。今の亜子さんは食べることは出来ますよ、私がその様にいたしますし…」
「そ、それは良いんだけど、どうせなら一緒にご飯を食べようって思ったの」
「…はぁ」
聞いたことがあります。人間は沢山の人で集まってご飯を食べるとおいしく感じると。…亜子さんは病院食を一人で食べてるんですよね
「…分かりました、私もご相伴させていただきます。一応味は分かりますし、食べても問題は何もないですから」
「…!ありがとう、達哉!」
その答えに亜子さんは弾けんばかりの笑顔で答えました
「…では、よろしくお願い致します」
「かしこまりましたー」
近くにあったファミレスに入り、二人でそれぞれ注文した。亜子さんは一時的に車イスから降りて店のイスに腰掛けた。…どことなく落ち着かないようだ
「…亜子さん?」
「え?あ、何か変かな?」
「いえ…少々落ち着かないようですが」
「そりゃあ…こういうところ初めてだから…」
…それなら仕方ないですかね
「達哉は?」
「分かりません。生前には行っていたのかもしれませんが…ただ、はじめて見る景色とは違うかな、と」
「へぇ…もしかして、他のお客さんと…?」
「客とは違いますが…いいえ。大体高級なレストランを所望されるので。だから意外でした。これほど庶民的な所で良いと言われましたので」
「高いところだったら味が分からなくなりそうだし、現実離れはしたくないかなって。…あ、来たよ来たよ」
そんなときに頼んだ料理が届く。亜子さんはカレーライス。私は炒飯です。…亜子さんが嬉々とスプーンを手に取り、掬って一口食べます
「んー、おいしー!」
「私も中々良いものでした」
「うん、ここを選んで正解だったね?」
「左様でございますね。私も初めて美味しいと感じています」
「ならよかったよー」
亜子さんは笑顔で食べ進める。…口回りが随分汚れていますね。私はハンカチを取りだし、亜子さんの口回りを拭いてあげます
「えへへ…ありがと、達哉」
「礼には及びませんが…もう少し落ち着いて食べたらいかがでしょう。カレーライスは逃げませんよ」
「わ、分かってるよー、もー!」
そして楽しい食事の時間も終わり、病院に戻ってきました。また白い壁に覆われた空間に戻ってきましたが、心なしか亜子さんの顔色は優れていました。…今までの方々は大体お家に帰って過ごすことも望んでいましたが、どうして…
「?どしたの達哉」
「いえ、亜子さん。…つかぬことをお聞きしますが、ご自宅に帰りたいとは思いませんか?」
「うーん…あんまり。むしろこうして達哉と過ごす方がいいかな。だって…家に帰ったら死が怖くなりそうだし」
…この人は、生を諦めているのだろうか。受け入れてると言うか…なんか、悲しい気がした。こうして1日目が終わりました…
残り6日