第二説 神龍よ、さらば! いつか君に救済を
前回のORIGIN LEGENDは。
航海を終え、デグラストルを建国しようとするレイズ達。十五年が過ぎたが一向に終わりそうにない。気分転換に天空界に行こうする二人。あの因縁の始まりが、明らかになる。
天空界に到着すると、二人は真っ先に神龍のいる聖域には行かず、天空界名物のパスタを食べに行った。
「どうだ、レイド。美味いか?」
「……美味…………」
レイドは音声機能障害を持っており、つらつらと話すことができないため、単語を少しずつ並べて話す。父親であるレイズは、彼が何を言わずとも何を言いたいかはすぐにわかる。最も、天地の勇者なので読心術で使えばいいと言えば、それはそれで結構である。
「そっか、俺も美味いと思う。んでも、この海老はグロいな」
天海海老はグロテスクで有名だ。しかし美味しいのでどこか憎めない。
「優し……い……」
彼は、グロいがプリプリの食感で優しい味だと言っているつもりである。
「ああ、そうだな」
食べ終え、店を出ると娯楽施設を回り出した。
天空カジノは詐欺ディーラーの巣窟で有名だ。しかし彼は果敢に挑んだ。
「うちの国じゃ金なんざ必要ねえからな」
「稼ぎ……」
だが、やる以上稼ぐのだろう? 父はそういう人だ。と言っている。
「勿論だ! 行くぜ!」
ポーカーを行った。相手がズルをするなら、こちらもズルさせてもらう、そういうつもりでいる。
辺りはざわつき始めた。何と彼はいきなり全賭けをしたからだ。
「な……! とんだ常識外れもいたもんだぜ」
「父……」
父よ、ハッタリでもかますつもりか。
その言葉に彼は無視をした。精神統一している彼に、誰の声も彼の耳には届かない。
「まあいい。やるぞ」
相手のハンドは1ペア、ストレートと言ったところか。
「なっ……(ディーラーはストレートフラッシュだと。ちっ、やっぱ仕込んでやがる)」
ディーラーは本人が気付かないくらいニヤついている。これに勝てるとしたら、一手しかない。
ディーラーはわざとストレートフラッシュにしていた。ヘタにロイヤルストレートフラッシュにするとイカサマだと言われかねないからだ。彼の狙いはあの全賭けした大馬鹿ものから奪うだけ。それなら上を目指す必要もない。そして、わざとバカにスペードのキングとクイーンだけ渡している。これで希望を与え、そしてスカさせればこちらのものとなる。
ということを、ここまでレイズは読んでいた。後は、どうやって行くか、である。
「くっくっくっ」
「何がおかしい」
狂ったかのようにレイズは笑いだした。
「ゲームは終了だ……」
「ああ、貴様の負けでなぁ」
「いや、俺の勝ちでだ」
周囲は再びざわつき始めた。
「何を言っている……」
「まぁまぁ、見てなって。とりあえずこの三枚いらねえから」
ディーラーは内心イライラしながらも、確実に揃わないように彼に渡した。
「さぁて、行こうか」
「勝手に進めるな!」
「おやおや、大分焦っているな。……お前、本気で勝てると思ってんのか?」
「当たり前だろう!」
「何故そう言い切れる」
「くっ……」
これ以上の駆け引きは無意味だった。全員役があるので一応見せた。
「バカな……そんなバカな!」
レイズの役はスペードの十からエースまでのロイヤルストレートフラッシュだった。
「俺が勝つのは必然だ」
「……やれやれ…………」
やれやれ、とんだイカサマだ。
「どうやってそれをやった」
「お前もう余裕なさすぎだろ。自分でイカサマしてますって言ってるもんだぞ。それに、配ったのはお前だ。どうすりゃ俺はイカサマできる?」
「ぐぅぅぅ……」
「俺に勝つなら初めからロイヤルストレートフラッシュを選ぶべきだったな。調子こいた罰だ。金は頂くぜ」
単純な事だ。彼が行ったのは渡される瞬間、時間停止させ、山札から入れ替えただけである。
「詰めが甘かったな。俺にこれをさせたくなかったら誰かにスペード、渡すべきだったぜ」
「ァァァァアアアッ‼︎」
崩れるディーラー。周りは怯え出す。
「おいおい、何だよ。もうやらねえよ。俺はこのカジノ自体から降りるぜ?」
そう言って金を貰うだけ貰い、そそくさと出た。
「ふぅー、なんとかなるもんだな」
「無茶……父……」
無茶したものだな。これで出禁は確定だ。だが、さすが父だ。
「おうよ! 今日はもう寝る! 煽って疲れてしまったぜ」
カジノからは少し離れた場所にある宿に泊まった。
次の日、聖域に向かうにした。
「天空界も楽しいもんだな。地底も悪くはないが」
レイガは無言で頷く。彼は普段地下ではじっとしているからか、退屈だったようである。
「さぁて、聖域だ。よぉ、久々だな神龍」
聖域で眠っていた神龍は目を覚ますと、訝しげな表情でこちらを見てきた。
「お前らか……カジノを荒らしたみたいではないか」
「へへっ、まあな」
この余裕、父は凄いとレイガが感じていた。本来ならばバレてる、などと驚くかもしれないというのに。
「まぁ良い。歓迎するぞ、天地の勇者二人よ」
「そりゃ結構なもんで。で、おまいさんに会いに来た理由なんだが」
「わかっておる。わざわざ言わなくてよい。私とお前の仲だ」
「助かる」
咳払いをし、彼は話し始めた。
「天地人とは、既に絶滅した人型種族。これにより天然の天地人は消え去った」
「なのに俺は天地人だと」
「神より授かりし勇者。それがお前だ。お前の親の記憶があるか?」
「……。……ないな」
どこにも思い当たる節はない。
「そうだ。お前は意識に気付いた時、それがお前の生まれた瞬間そのものである。つまり、お前は既に成人として生まれてきたのだ」
この時代の成人年齢は十五である。
「よりによってあそこでかよ」
「それもまた神の寵愛」
彼はムスッとした顔で話す。
「けっ、とんだ寵愛を俺は受けたものだな。神は俺に何がしたいんだか」
「話を戻すが、今の原初の天地人はお前しかいない。息子もまた天地人であるが、それは紛い物に過ぎない」
「…………!」
「おいおい、本人の前でそんなこと言うのかよ」
「事実である以上仕方あるまい。純血の天地人はもう存在しないのだ。だが、これでいい。神のシナリオ通りに進んでいる。後は機が熟した時、その時に本当の物語は始まる」
「なんだそれ」
「それは私にもわからぬ。あくまでも私は神の声を代行して話すものなのだから」
「とりあえず天地人のことはいい。勇者も神が決めつけたことだってこともわかった。……だが、まだ一つわからないことがある。俺に囁くのは誰だ?」
「それは、お前に眠る神だ」
「……? だったら、直接その神が俺に話せばいいじゃねえか」
「ふむ、お前はあまりにも知らなさすぎる。神は七つの柱を創った。七つの柱……それぞれ名があり、伝説、鳳凰、暗黒、風来、絶対、夢幻、蒼龍。そしてその元締めの神こそが創世神。まだ創世神がやったことは沢山あるが、一先ずはこんなところだ。で、お前の中にいる神は伝説神。なお、息子は鳳凰神だ。伝説神は創造神のシナリオを知らない。故に、お前に語りかけることはごく僅かなことだ」
「私……いる……」
私の中にも神が宿っているというのか。
「……なんとなくはわかった」
「何故、神は姿を顕さない? 否、顕せられないのだ。よってその代わりとなる器を用意した。それが」
「天地の勇者」
「……そういうことだ。天地人がかつて勇者を召喚することも神の思い通りなのだった。それが召喚されることにより勇者に入り込み、時が過ぎていった。そして今になり、世界は混沌に入りかけている。再び神はそれを鎮めるべく勇者を、この世に送ったのだ。それがお前なのだ」
「あっさりと話してくれるもんだね。……俺ってそんなに大事な役目持ってんのか」
「そうだ。まだ、もう少し話はある。色々飛ばしているが、どうせ話してもお前には理解できん」
はいはい、どうぞどうぞと言わんばかりに肩を竦めている。
「神は、勇者というものはいかなる状況においても死なないように組み込んだ。それが核だ。だが唯一死を回避することが不可能な現象が起きた。その現象は、寿命に繋がる劣化。わずか四十五という齢でしか生きられない。しかし、案ずることはない、四十五で世界を変えろということだ。それだけの力をお与えになった」
「無茶苦茶な……」
「現にお前は世界の変化を起こしている。それは新たな国をつくるということ。そしてあそこからの脱出」
「……私…………」
「もちろん、レイガ。君にも世界を変えてもらわなくてはならない。だがまだその時ではない。天地の勇者はこの世に二つもいらぬ。今はただ父を見ているだけでいい。父が亡くなったら次は……」
神龍が突然話すのをやめた。
「……ん? どうした、神龍……ぇ」
神龍はもがき苦しみ始めた。
「が……ご……ぐ、グォ……」
そして神龍の口から別の声が聴こえてくる。
「『お前は喋り過ぎた……』や、やめろ……『お前はもう不必要だ』ガハ……」
「神龍⁉︎」
神龍の意思とは関係なく拳が飛んできた。
「あぶねっ!」
「⁉︎」
二人は辛うじて避けるが、転けてしまう。
「逃げろ……『無駄だ』これを持って、逃げろ……」
彼は光りだし、二つの宝玉を取り出した。
「神と龍の宝玉……天地の勇者が持つべきものだ……『バカな真似を』」
「いいのか?」
また暴れる前に受け取る。
「ああ……それは大切に、ぐふっ、げほっ、取っておけ……はぁ……今から私は乗っ取られる! 所詮この世は弱肉強食で、弱いものは強いやつにやられる! ぜぇぜぇ……お前では私には勝てんし、私はこいつに勝てん。それだけだ……」
「ちっ……わかったよ……くそっ!!!」
レイズ、レイガには神龍を倒す力はない。何故なら。
「いずれ、光と闇の力を持つ勇者が現れる……それまで、何があっても耐えてくれ……。も、もう私はもたない……『いい加減諦めろ!』」
「絶対に、絶対にお前をいつか!」
「……ああ、頼んだ。お前の血が、私を殺してくれると……」
「しんりゅうぅぅぅうううううっ‼︎‼︎」
泣き叫びながら、レイズは自分の無力さを嘆いた。
「しんりゅう……? 誰だ、それは」
突然、神龍の口調が変わり出す。
「我が名はジンリュウ。貴様達天地の勇者が憎い!」
「っ……行くぞ、レイガ」
こくりと頷いた息子はすぐに駆け出した。
「まずは貴様らを殺し! 世界を混沌に染め上げる!」
「神龍! お前に幸あれ!」
レイズもまた、一目散に逃げ出した。
「待て、逃げるつもりか!」
「悪りぃな! 俺のダチが言ってたもんでな!」
二人は聖域から飛び降り、転移術によってデグラストルに逃げ帰った。
「憎い……憎い、憎い憎い憎い憎い! 我が同胞よ! 必ず連れ戻すぞ……!」
目が覚めると、いつもの布団の上だった。
「起きたかい?」
食事の準備を済ませたリヒトが起こしにきたのだ。
「……目覚めが悪い」
「充血もしてるしね。天空界で何があったんだい」
「友達を、失ったんだ」
その言葉は彼から出るものでもかなりの重さだった。普段活気に溢れている彼が、これほどまでに心の傷を負うということは、そういうことなのである。
「……また、失ってしまったんだ」
「悔やんでも仕方ないさ」
「わかっちゃいるさ……全部、俺に力がないせいだ」
「どうしても認めたくない部分もあるよな」
彼は項垂れて、小声で、ああ、と言った。
「でもあたしはあんたが生きてて良かったよ。今はそれで」
「……どうせ死ねやしない。俺のことなんか、心配しなくていい」
半分ヤケになっていた彼に喝を入れる彼女である。
「っ、このバカ!」
バシン! と大きな音を立てて彼を叩いた。
「死なないことがわかっていても心配するんだよ! あんたはあたしの主で、この国の長なんだ……生きてても帰ってこれない時があるかもしれないだろ!」
「うるせぇよ……」
「論争が出来なくなった人間はね、そうやって思考停止して黙れだのなんだの言うもんよ。あんたは所詮そんな程度かい? 天地の勇者が聞いて呆れるね。なーにがいかなる状況でも打破できますってか。こんな些細な事ですらまともに対処できやしないじゃないか!」
「うるっせぇんだよ! このバカ女! それで俺に喝入れたつもりか? 煽ってるつもりか? 見え見えなんだよ! 俺には無意味だっての!」
「……その反応、待ってたわ」
「げっ」
さしもの彼もそれ言うと思っていた、なんて言われるとは考えてもいなかったのである。てっきり、煽り返しでもされるのかと思っていたという。
「おかえり」
「あーはいはい、ただいまただいま」
一変して二人は落ち着き出した。
「ご飯、冷めるわよ?」
「ああ、さんきゅ」
「あ、そうそう。レイガだけど既に回復して食事も済ませてるから。どっかの誰に似ずにお利口さんだわ」
「まじかよ……俺より心強いな……俺と違ってあいつに似たか。ま、それもいいか」
ところで彼女のお利口さんというのは皮肉なものである。
「……」
ダイニングルームに着くと、レイガが待っていた。
父よ、遅かったな。悪いが先に食べさせてもらったぞ、という目つきをしていた。
「構わんよ。……じゃ、いただきますか」
その日は、その後何もせずに寝た。裏では民が建築を進めている。
神龍は肆大邪神、阿修羅に乗っ取られてしまったが、神龍自身が抑え込んでいるため、天空界から出ることは出来なかった。これを、数百年間、ずっと。彼は、レインに殺されることで救われたのだろうか。それは彼のみぞ知る。
次回予告(1/8予定)
毒。人を生かすも殺すもできるモノ。綺麗なものには棘があるように、また綺麗な華には毒があるものだ。
次回、第三説、可憐な毒、それは鈴蘭のように。お楽しみに。




