第一説 原初の天地人、その名はレイグランズ・ダグラス・デグラストル
遂に、始まる原初の伝説。
ブォォォン、と汽笛が勢い良く鳴る。船の近くにいたカモメたちは驚き、途端に鳴き出す。カモメたちが去っていくと一人の男が甲板に出てきた。周りの船員達が黒髪に対し、彼は少し濃い目の水色の髪をして、かなり目立っていた。彼は一人赤ん坊を抱きかかえていた。彼とは対になるように、真紅の炎を宿しているかのような、真っ赤な髪。すやすやと寝ている。そして彼はこう言った。
「見えたぞ新大陸。ここが、俺たちの国」
彼の瞳は真っ青で美しい。段々と引き込まれていく。やがて真っ暗な世界が広がって、ある言葉を想像するのだ。
ORIGIN LEGEND
「船長、いよいよだな」
彼は一度船室に戻り、待機していと船長と話す。赤ん坊は召使いに預けたみたいで、彼の手にはいなかった。
「ああ。やっとだ……やっと。俺たちは自由なんだ」
乗組員もそうであったが、船長も皆、腕には小さな黒き翼を持っていた。これは地底人である証。何故彼らは今地上に、しかも海に出ているというのだろうか。
「あの言葉によればこの大陸が今後俺たちの国になるんだよな」
「そうさ。で、リーダーはあんただデグラストル。先住民もいねえ。完全無欠なる俺たちの国」
「デグラストル王国か。悪かぁねえな」
ククッとデグラストルと呼ばれる彼は笑う。
「んでも俺に王の資格なんてあるのか? いや、まだまだ先の話か。色々とやらなきゃならんしな。王宮だろ、民家だろ、というかまずは地下を掘らなきゃいねえじゃねえか」
ダンッと拳で机を叩き、落ち込む彼。
「はは、一つずつやっていけばいいさ。それより息子さんはいいのかい? 召使いに持たせたままじゃないか」
「ああ、レイガか。そうだな、そろそろ行くとするよ。今までありがとうな」
「何言ってんだ、これからもよろしくだろうよ」
「ちげぇねぇな」
船室を後にする。次に向かったのは食糧の貯蔵庫だった。そこに召使いがいる。
「エニシ、息子を預かってもらって助かったよ」
「問題ないさ。ちょっとのことじゃないか」
召使いと言っても彼らの関係はほぼ対等である。召使いの名前はリヒト・エニシ。女性である。彼女もまた地底人だ。
「ま、そうだな。……食糧の残りは後少しか。大丈夫だ、もう大陸は見えている」
「本当か? 嬉しいことだな。ここまで来れたんだ。無事皆辿り着ける」
彼女が安堵した瞬間、船か揺れた。
「ん……? 波か? いや、これは波じゃない」
何か危険な物が迫っている、そう察した彼は息子を引き続きリヒトに預けたまま甲板に走って行った。
「気をつけてくれ」
甲板に出ると巨大な蛸のような、それが船に絡み付いていた。
「まるで御伽噺のクラーケンじゃないか」
「随分と呑気だな、リーダー! なんか策でもあるってのかい」
船長もこれには思わず飛び出してきた。
「俺たちは今まで地獄のような暮らしをしてきたんだ。こんな事で終わらせるようなタマじゃねえ、だろ?」
質問には応えない。
「それもそうだ。……っと、危ねえ。で、どうすんだい」
グラグラと揺れるため、床にへばり付く船長。
「答えは簡単だ。この剣さ。こいつがありゃあどんな状況でも打破できる」
そう言って彼は背中の剣を取り出した。刀身を龍の鱗を固め、四つの丸い円があるその剣。
「あの時手に入れた」
「そう、天地の剣。俺はそう呼んでいる。この剣で道を切り拓く!」
彼は念じた。己に宿るその属性を。すると彼の掌の上に水の紋章が描かれた玉が顕れる。そう、水の宝玉だ。彼はそれを剣に嵌めると即座に水属性魔術の最高峰、クリスタルを発動する。
「喰らいな、バケモンさん!」
クリスタル、それは対象を全て凍らせることだ。蛸の化け物を一瞬で全て凍らせ、指を鳴らすと砕け散った。
「……成る程、どんな状況でも打破できそうだな」
「ああ、そういうこった」
しかし、彼は知っていた。あくまでこれはこの剣の力に過ぎないのだと。彼だけでは如何なる状況を打破できるとは考えてもいない。できるのなら、あの時あのようにはならなかったと痛感している。
「助かったよ。あんたがいなければ今こうして船を出すことすら叶わなかったのだからな」
「はっ、どうかな。どうせ誰かはやったんだ」
「冗談のきついことを……。さて、そろそろ着くぞ。準備して待機していてくれ」
「後は任せたぜ」
そう言って彼はリヒトのいる場所へ帰って行った。
その後、リヒトとレイガを連れて船室に戻り、降りる準備をしていた。船長から連絡があり、もう着いたと聞かされる。
「よし、忘れ物はないな。エニシ、行くぞ」
「行こう、ダグラス。ここからがあたしら地底人の新たな一歩の始まりよ」
船を降りると、見渡す限りの大草原が広がっていた。
「ここは先住民もいない、そう、無人の大陸さ。俺たちには打ってつけだ」
彼はどこでその情報を知ったのだろうか。彼曰く、俺の頭にそうやって呼び掛けてくるんだ、と。
「そうさね。……船員の皆もお疲れ様だ。しかし、こっからが勝負。いよいよ本番だよ」
そうだ、これからが本番なのだ。まずは地底人であるから地下を掘らなければならない。そして様々な建築、そして城を建てること。やることは沢山ある。
「いくらリーダーだからってただ命令するだけじゃ駄目だぞ。あたしがしっかり見張ってんだからな」
「はっ、これじゃまるでどっちが召使いなんだかな」
「そっかぁ、ははっ。まあまあ、あたしはあんたの息子を見ているんだし多少は言いたいこともあるもんだ」
「別に構わねえよ。んじゃ、早速取り掛かるわ」
彼は船に乗っていた者全員を集め、まずは地下を掘り尽くすことにしたのである。
それから数週間が経った。粗方作業は終わり、地下の基盤はできた。
「やっぱり地下が落ち着くもんよ」
「ん、まあな」
彼にはいまいちピンと来なかったのである。それもそのはずで、彼は天地人だからだ。
「次は住居だな」
「城はいいのか?」
まずはリーダー、王となる彼のための城を造るべきではないのかと彼女は聞いている。
「何言ってんだ? 住めるとこがなきゃ作業も捗らねえよ。効率悪いぜ。城なら俺が一人で造ってるからよ、一気にパパッと済ませてくれよ。……とは言ってもしばらくは資材を集めないといけないがな」
彼から出た言葉は自分のことよりも皆のことを優先するべきだということだった。これが後々の自給自足に繋がる。
「やれやれ、あんたは本物のバカらしいね」
「……みたいだな。それじゃ、取ってくるから」
そして、十五年が経った。城は一向に建て終わらない。地下の部分はほとんど終わっているのだが、何せ地下と地上を繋げる部分において苦戦をしているのだ。ヘタに地上と繋げようとすると落盤し、地下国が崩壊してしまう。なお、この時レイズは三十五歳である。劣化現象も末期に入っている。息子のレイガは十五歳。
「予めここだけくり抜いておくべきだったな。いやはや、知識も経験も全くない俺たちには厳しいものだな」
「その通りだぞレイズ。十五年も経って一国も出来んとは情けない」
「けっ、一家は作れましたよってか」
リヒトはこの十五年の間に家族ができた。娘もいる。
「規模が違いすぎる!」
と、思わず彼は突っ込んでしまった。
「しかし何の経験もないと言ったら嘘だろう? 土木の経験なら腐る程」
「おいエニシ……」
周囲を見渡すと、こちらを見る目が多くなる。気恥ずかしくなり、頭を掻きながら彼女は謝った。
「悪い、今のなしだ」
「それならいいけどよ。んでだ、城完成はいつになりそうなんだ?」
「あと、多く見積もって十年だ」
「はぁ? んなちんたらやれねえよ! 俺が死んでしまう!」
天地の勇者の寿命は四十五年。しかし地底人の寿命は長く、百は生きる。
「何でだ?」
事情を知らない彼女は素っ気なかった。
「それは……」
今話すべきなのだろうか、彼は迷っていた。いや、今話さなければ前に進めない。
彼が説明すると、少し疑問に思いながらも何とか理解してくれたようだ。
「わかった。総力を持って城を建てる。お前はずっしりと待ってろ」
「ああ、頼むぜ。これは、俺と……あいつの夢だから」
「わあーってるよ」
「本当かよ。……まあ、いい。俺はしばらく息子を連れて久しぶりに天空界に行ってくる。神龍に会って、天地人が何なのか知りたいんだ」
「……承った。後はあたしに」
こうしてレイズ、及びレイドは後のデグラストルを離れ、天空界に向かった。
思えばこれが全ての因縁の始まりだったのだろう。エニシとの仲、神龍との因縁。
次回予告(この後すぐ)
天、地。それぞれは分かれ、やがて対立する。神と龍。その力胎動する瞬間、彼は何を思うのだろうか。
次回、第二説 神龍よ、さらば! いつか君に救済を




