第十五説 焔(レイグランガ・ダグラス・デグラストル)
これまでのORIGIN LEGENDは。
魔族との戦いを終わらせ、レイズは永眠する。彼は一人で立ち上がり、旅に出るのであった。
蒼い空。あの時を思い出す。彼は当時赤ん坊ではあったが、既に物心はあり、記憶にしっかりと残っていた。そう、あの船に居た事を。
風に煽られた彼の髪は大きく揺れ、まるでメラメラと燃えているようだ。彼の瞳は紅く、情熱的だ。そして彼は、彼が言えなかった言葉を綴ったのであった。
「ようこそ、我が国デグラストルへ」
ORIGIN LEGEND レイガ編
デグラストルから旅立った彼は、特に目的もないので帝国以外の各地を回ろうとしていた。とは言うものの、この時代の国はまだどれも未発達であり、国として確立しているものは少なかった。集落がぽつぽつとある程度だ。彼はそれで構わなかった。何故ならば彼にとって、全てが新鮮であるからだ。普段は地下に篭り、旅をしたのも結局魔界くらいだ。それ以外の地方を知らない。だから気の向くまま旅をするのだ。
最初に着いた集落はデグラストルの北西に当たる地点。当然名前などない。
「旅の者か」
住民の一人が彼に尋ねてきた。彼の武装に警戒をしているのだろう。
「ああ。ここはどういうところなのだ」
「……なんもねぇよ。悪いがさっさと出てってくれ」
かなり否定的であったため面を食らう。辺りを見渡すと皆冷酷な目をしていた。歓迎する気はない。無理もないが、あまりにも外の者に厳しすぎる態度だ。
「そうか、悪かったな。ではそうさせてもらおう」
あっさりとこの集落から彼は出て行ってしまった。彼はあまり感情的ではないため、憤慨することもなかった。
「デグラストルの住民は皆温かい。一体何が違うというのだ」
彼は人間性を疑問に思う。そもそも地底人と人間とは性質が全く異なるのだが、それはさておきこの時代の人間はとにかくどこもかしこも排他的だ。巨大隕石ウロボロスインフィニティー、つまり阿日徒羅流の災害もあってか皆恐怖に怯えているのだ。どれだけ年数が経っていようが遺伝子がそうさせる。
これまで人間との触れ合いが全く無かった彼はここに来てようやく人間性を知る。地底人とは、天地人とは全く違うということを。
「寂しい……? 良くわからないな」
世界は想像以上に広い。数多もの人型生物がいる。彼はまだ入口に立ったに過ぎない。
その日は野宿をすることにした。木を背もたれにしてすぐに眠っていった。
次の日。水を飲み、吐き出き、顔にぶちまけて眠気を覚ます。次はどこに行こうか、そう考えているとなにやらモヤモヤした感情になってきた。帰りたい、という感情。つまり彼はホームシックになっていたのだ。僅か一日にして。これまでレイズがいたことによりそれを払拭仕切れていたが、いなくなると途端に弱くなる。それが彼だった。その事を思い知らされると彼は情けなくなり溜息を付く。
「強くなるための旅だというのに、もう弱音を吐いてしまうのか」
自分を戒め、心を改める。すると目的が思い浮かんだ。
「ゴモリー、やはりお前は合っていたのかもな」
彼が今必要なものは心の拠り所だった。かつてゴモリーが言った愛とは最大の脅威であり、最大の弱点。今それに彼が陥っている。愛を知らぬ彼は愛を知ろうとしているのだ。
「だが、どうやって愛を得るというのだ。……旅を続ければいずれわかるのか。ならば、続けるしかないだろう」
決心した彼はデグラストルの情景を掻き消し、前に進む。次に向かったのは、活火山のある集落だった。あれから更に西に進んでいる。
「酷い荒地だ。良くこんなところで住めるな」
住居は古く、少しでも地震が起きたら今にも崩れそうだ。何か問題でもあるのだろうか。そう思えるほどに荒んでいる。
早速、彼は村人に尋ねてみることにした。
「ここは訳ありなのだろうか。酷く荒れている」
「旅人か……。お前には関係のないことだ。帰ってくれ」
ここでもまた歓迎はされなさそうだった。しかし、彼にも意地というものがある。昨日みたく、そうですかと引き下がるわけにはいかない。
「悪いが帰るわけにはいかない。理由を聞かせてくれないか」
かなり強面で話したためか、男は諦め、こうなっている理由を話し出した。
「ただ貧しいだけじゃない……。一年に一度巫女を捧げないといけないんだ」
「巫女を捧げる?」
「ああ。火山にいる鳳凰神様にな。それをしないと怒って噴火を起こす。年々巫女も減ってきているし、跡継ぎがいないから働き手もいない。それで居住区の改装もままならないまま見窄らしい生活を送っているんだ」
鳳凰神に捧げるとは。この男の言う鳳凰神は一体何を指しているのだろうか。疑問に思う彼であったが、その前に巫女について詳しく聞きたかった。
「なるほどな。ところで、その巫女とやらは一体どのような者なのだ」
「十五歳になる処女の事だよ。鳳凰神様の趣味は悪くてな、生娘を好んで食べるんだよ。おっと、この事は誰にも言わないでくれよ。殺されるからさ」
「……ああ」
正直なところ、彼は腸が煮えくり返る勢いだった。私の中の鳳凰神を侮辱するような話だ、と。
そして巫女に関してはやはり御伽噺のようなものであった。そこで一つ分かったことがある。それは、御伽噺に関与する神は基本的に邪神であることだ。もしかしたら鳳凰神と名乗る者の正体は邪神かもしれない。そう睨んだ彼は行動に移そうと考えた。
「はぁ、こんなこと、旅人に話してもなあ。それがどうしたって話だよな。俺もイライラが溜まっててつい愚痴を漏らしてしまった」
「むしろありがたい。私はこの集落を救うとしよう」
突然の台詞に動揺を隠せない男。
「は、はあ? 村を救う? そんなバカな事を言うなよ。相手は神様だぞ。それに関係ないお前なんか長老に追い出されるだけに決まっている」
「やらなければわからないだろう。私はやるぞ。今、私はこう見えて怒りは最高点に達している。……ではな」
彼は、村の中心部に当たる所に行こうとした。
「お、おい待てよ!」
「……それと、私はだな」
「……?」
彼は振り返り、こう言った。
「魔王を倒した一人だ」
「えっ……?」
長老と会った彼は、いきなり本題を話した。当然反対だと言われる。
「何を馬鹿な事を言っておる! 不敬な真似だ! 鳳凰神様を何だと思っている!」
「……そういった態度が村を破滅に追い込む。違うか? それとも怖いのか。鳳凰神と戦うのがな」
「なっ……! 誰か! この者を捕らえよ! 牢獄に閉じ込めておけ!」
なるほど、意見を出す者は皆全て刑に処す、か。そう思った彼は鼻で笑い、大人しく捕まる。
保守は悪くないが、滅ぼす保守は私がこの手で壊す。と、色々と考えながら縄で縛られ、牢獄に連れて行かれそうになる。長老の家から出る瞬間、呟いた。
「君は、もう十分に鳳凰神と戦った」
それは彼なりの皮肉だった。それに対し長老は眉間に皺を寄せて叫んだ。
「明後日までに処分しておけ! 明後日は儀式じゃ!」
牢獄。手は縛られ、足枷を付けられているが、彼はすぐに外し、明後日になるのを待った。
そして、儀式の日が来た。今回の巫女は、髪は漆黒で長く、目は赤かった。村人は皆涙ながらも彼女を火山に送り出した。
彼女の死の恐怖はそれほどでもなかった。そうなる運命なのだと分かっていたからだ。
やがて火山の麓に到達すると、座って儀式のための呪文を唱え出した。すると頂上から何か巨大な黒い物体が姿を現し、彼女に顔を見せる。
「これが今年の贄か……美味そうだ。我を悦ばせよ」
彼女は押し黙っていた。目を見開き、喰べられるその時を待った。
ソレが大きく口を開けると、途端に彼女は震え出した。いくら死に対して恐怖はなかったと思っていたとはいえ、その直前になると恐怖が彼女の心を満たしていくのだ。そこで初めて彼女は死にたくないと願った。目を閉じ、刹那の間に何度も何度も願い続けた。もうソレの口の中に彼女はいる。
叫ぼうとした瞬間、何かに支えられている感覚がした。
「……え?」
目を開けると、視界に広がるのは空だった。一体何が起きたのかさっぱりわかっていない。
「生きたいか?」
言われてようやく誰かに横抱きされていることに気付く。
「貴方は……?」
彼女は聞くと彼はフッと鼻で笑い、応えた。
「我こそが鳳凰神也」
火山よりもはるか上空に彼はいた。巫女を抱きかかえて。それを見た村人は唖然としている。
「な、何が起きた……!」
「あ、あいつ、一昨日の……! 脱走したのか⁉︎」
「それよりなんで空を飛んでいるんだ! あの黒と白の翼は⁉︎ どの種族なんだ!」
ざわめき出した村人達は、今度はソレを見た。顔が千切れ、倒れている。
「なんてことだ……鳳凰神様が!」
彼は、もう一度彼女に聞いた。
「生きたいか?」
「はい、生きたい、です……」
「ならば生かせてやろう。良く見ておくんだな」
地上に着地すると、彼女を降ろす。
「あの……」
「なんだ」
「貴方は本当に鳳凰神様なのでしょうか」
「そうだ。そして私の名前はレイグランガ・ダグラス・デグラストル。証拠を今から見せてやろう」
彼は神格化の詠唱をした。
「太陽の衣纏し勇者。希望と絶望の狭間でのたうち回り、その先に見出すは紅き覇道! 我は神也! 鳳凰神! 神格化!」
彼女だけではない、その大きな声を聞いた村人達は仰天する。
「は、え、あ、あれが、鳳凰神……⁉︎」
「あの時の十分に鳳凰神と戦ったと言ったのは口論じゃったか……」
妙に理解が早い村人達は掌を返し、彼を応援し出した。
形を元に戻した鳳凰神だった成れの果てのソレは怒り震える。
彼はあの目となり、口調も父親そっくりとなった。
「鳳凰神と名乗っていた元鳳凰神さんよぉ、俺と少し遊ぼうぜ」
「巫山戯た真似を! 良くも我が贄を!」
「巫山戯た真似? それはお前だろ。もう絶対に生贄は繰り返させない! 俺がこの手でお前を殺す! さあ、真名を名乗れ! お前が邪神だと言うことは知っている! 決着をつけるぞ!」
「ぐ……良いだろう。我が真たる名は饗。貴様が本物の鳳凰神だとしても最後に立つのは我だ!」
彼は飛び、饗に向けて火球を放つ。
「無駄だ!」
握り潰すと口から今まで食べた贄の魂を光にして吐き出した。
「ちっ……!」
時空間転移術で回避すると、夢と幻の宝玉を嵌めて二つの存在を異空間に飛ばした。
「世界を破壊されるのは勘弁でね。ここで戦うぞ」
「容赦はしない!」
身体中から光を放ち、視界を遮らせようとする。彼はすぐに目を閉じ、剣で光を抑えた。
「喰らえ!」
怒涛の攻撃の連続を受け止め続ける。そして、反撃を開始した。襲ってくる手を切り落とし、体に迫る。しかし、すぐに再生され、落とされる。
「グハッ!」
「鳳凰神はこんな程度かあ!」
特大の光線を出される瞬間、彼はとある事を思い出した。その後光線を喰らい、焼け焦げる。
「はははっ! これで終わりだ! 何が鳳凰神だ! 我の敵ではない! 我こそが鳳凰神なのだ!」
いや、焼け焦げているのは彼の皮だ。むしろ焼いたのは彼自身である。中身が無い事に気付いた饗は戦慄した。後ろに殺気。そう気付いた瞬間には饗は絶叫した。
「ァァァァァァァアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」
「変わり身は俺の得意技なんでな!」
夢幻の宝玉を外すと、世界は元に戻る。しかし、次に嵌めた宝玉は、なんと究極神龍だった。何故彼は究と極の宝玉を持っているのか。それはレイズが死んだ後の数日の間の事だった。突然姿を顕し、彼に力を貸すかのように震えていたのだ。何故ならばその宝玉はレイズそのものであるからだ。
「これで、決める!」
四つの宝玉を嵌め終えると彼は叫び、突撃した。これこそが開祖究極神龍・天地斬である。ひたすら胴体を斬り続けいき、剣を光の速さに持っていく。光り続ける剣は光線を持ち、体を貫通する。そして、天高く飛び、饗を一刀両断した。
「ガァァァァッッ‼︎‼︎」
真っ二つに割れた饗は溶けていき、消え去った。
「終わったな……」
神格化を解き、目を元に戻し、村に帰ると歓声が広がった。
「今日は祝いだ! 長年に渡る苦しみの連鎖から解放された記念日だ!」
そうやって明くる日まで皆は飲み続けた。
その、明くる日になるまでの話。彼は一人外にいた。少し呑み過ぎたため、足元がフラついている。そこに巫女であった彼女が現れた。
「今日はありがとうございました……本当に、ありがとう」
「気にするな。私は、私のしたいようにしただけだ……。名前はなんていうのだ」
「私の名前はサラですけど……」
「⁉︎」
その名前を聞いた瞬間、彼は酔いが醒めた。その様子を不思議そうに彼女は見ていた。
「ど、どうかしたのですか?」
「いや、なんでもない。なんでも、ない」
単に名前が同じだけだ。それにサラが死ぬ前からこの子は既にこの世にいる。だから、生まれ変わりじゃない。本当にただ同じ名前だけだ。そうやって彼は自分を落ち着かせていた。動揺を隠しきれない彼は首を小刻みに動いている。
「もし気に障る事があったらごめんなさい」
「いや、本当に大丈夫だ。しかし、なんというか、運命とは悪戯なものだな」
彼は落ち着くと、座り込んだ。
「君は、これからどう生きるつもりだ?」
「特に考えてないです。本来ならあそこで死ぬ身でしたから」
「そうか……」
「それがどうかしましたか?」
彼女も横に座った。
「もし良ければ私と共に生きてもらいたいのだが、どうだろうか」
よくわからない感情に身を任せ、こう言うことを口走っていく。
「鳳凰神の巫女なら、私と一緒に生きる方がいいかと思って……。すまない、変なことを言ってしまった」
「えっと……別に、いいですけど……」
「そうか……えっ? 本当に、良いのか?」
恐らくだが、彼は生涯この時ほど動揺したのはなかっただろう。
「あの時助けてもらって……それに本物の鳳凰神というのであれば、断る理由なんてありませんから。それに……」
最後はゴニョゴニョと話して良く聞こえないが、勿論「惚れてしまったから」と言っているに違いない。
「ありがとう。君には感謝する」
「こちらこそ……」
「変な事を言うかもしれないが、私は愛に飢えていたのだ。それで、そのこの感情に至ってしまったのかもしれないな」
彼は照れ笑いして頭を掻いていると彼女は微笑んだ。
「やはりまだ酔っているのかもしれない……」
「大丈夫ですよ。それで、貴方はこれからどうするつもりですか?」
「私は世界を旅をしたいんだ。強くなるために」
「凄いですね……私なんかがいいのかな……」
彼は即答した。
「君じゃないと駄目だ」
「……!」
「……明日には出発する。私はこれで寝るよ」
実はというと彼はこの場に居ることが恥ずかしくなり逃げ出そうとしているのだ。自分らしくない発言を繰り返してどうにかなりそうなのである。
「は、はい」
サラも言い返せないのでその日は終わった。
そして明くる日である。
「昨日はすまなかった。酔いに任せすぎた」
「大丈夫です」
「それでは、行こうか」
彼は手を差し伸べると彼女はそれを取った。村人は昨日とは別の意味で涙を流しながら彼女を送り出したのであった。
これから先の未来は、一人で作ることは出来ない。本当の試練が彼を待ち受けている。
次回予告
「また、新たな戦いが始まるのか」
「私がここを食い止める!」
「大丈夫です! ここで見てますから!」
「許さない……!」
「俺は、こんなところでへたばるわけにはいかねえ! まだ旅は始まったばかりなんだ!」
次回、ORIGIN LEGEND 第十六説 始
彼の望むべき未来を構築する。