第十一説 堕とされた蠅王、ベルゼブブ
前回のORIGIN LEGENDは。
バハムート、アポピス。その二つの強敵に苦戦する二人は、サラを失う。その悲しみ、怒り、憎しみが糧となり零の宝玉を顕現させた。我が身宿る最強の力を持って二つを消し去るが、二人は倒れた。
レイズ達はゆっくりと目覚めた。最初、状況が理解できていなかった。前の戦闘の記憶がほとんどなくなっているからだ。
「……なんで寝ていたんだ? 確か、バハムートに撃たれて……」
ぐらりとよろめき、立つとレイガを揺さぶる。
「……」
揺するな、私は起きているぞ……。それにしても、一体何が起きた。
「俺たち、頭が混乱しているな」
視界がまともになってくると、リリスが倒れていることに気付く。
「サラ?」
当然、返事は返ってくることはない。彼女は死んだのだから。
「嘘、だろ?」
瞳孔が開いている、脈もない。
「俺たちを庇ったのか……」
ズキッと頭痛が起きる。段々と記憶が蘇ってきた。
「そうだ……サラは……」
全てを悟ると、俯き、彼女を抱える。その時に二つの宝玉が落ちた。
「……ん、今何か。レイガ、彼女を頼む。せめてこいつが愛していたお前が弔うんだ」
「ああ……」
レイズは手渡すと、落ちた宝玉を拾う。
「夢と幻。なんでサラが宝玉を?」
『勇者受容宝玉出現』
伝説神が応える。
「最期に俺たちを認めたから、か。……お前の想いは俺が受け継ぐ。だから、安らかに眠ってくれ」
レイガは無言のまま弔った。
全てが終わると、地べたに座り込む。
「数奇な運命だった。もし彼女が人間だったら、話は違ったのかもな」
「……」
何故、彼女は私をここまで……。私は、何という愚行を重ねたのか。もっと彼女に優しく接するべきだったのかもしれない。っ、今更後悔など……。
自己嫌悪に陥りそうだったレイガに、夢の宝玉が光り出す。まるで彼を励ますかのように、彼に語り掛けるように。
「『本当の愛をきっと見つけ出して。それが私の愛であり、貴方の愛』、か。レイガ……あいつはお前のことを」
「……理解」
わかっている。言われなくても。
「そうだな。でも、まずは魔王を倒す。それが俺の道なんだ」
「同感」
もはや奪われる能力すらなくなっていた彼らに苦痛はなかった。レイガの右腕は相変わらず再生していない。レイズも翼がなくなり飛べなくなっている。
「行くぜ」
来た方向とは逆の扉を開け、先に進む。もはや一本道であり、すぐに次の部屋に辿り着いた。書斎のような部屋であり、薄暗い。そこに一人の男が高級そうな肘掛け椅子に座っていた。
その男は二人を歓迎した。
「やあやあ、よく来たね。感心したよ。あの二つの化け物を倒すなんてね。ああ、彼女のことは残念だった。リリス、彼女は愚か者だった。魔王様に変わらず忠誠を誓っておけば死なずに済んだものを」
「貴様、何者だ」
「まあそうせかすな。……仕方ない、まずは自己紹介といこう。僕の名前はバアル・ゼブル。魔族称号はベルゼブブさ」
彼は一人、語り始める。
「僕は元々天空界の幹部だった。だけど神龍が僕を追放した。邪な考えをしていたせいでね。くくっ、それは何も問題じゃない。重要なのは魔王様だ。彼は僕の全てを受け入れてくれた。いわゆる右腕にしてくれね、この魔界の頭脳となったわけさ」
「……つまり、お前は司令塔というわけか」
「そう、その通り。リリスから情報を受け取っていたのは僕さ。彼女の髪の中に蝿を忍ばせておいて共有していたんだ。故に君たちの事は殆どお見通しだし、恐ろしいのは良く知っている。僕はほとんど戦闘能力はなくてね、君たちと争うつもりはないよ。どうせ魔王様が君たちを始末してくれる」
その話は彼にとってもはやどうでもよかった。情報が行き届いていたのは周知で得るため。それよりももっと知りたいことがあった。
「聞きたいことがある。俺たちの能力を吸収しているのはお前の仕業か?」
「ふむ、それか。半分は正解だ。装置を作ったのは私でね。おおっと、これ以上は言えない。続きは魔王様から聞くが良い。そして絶望しろ」
「……話にならない、と。じゃあさっさと死ね」
レイズは一気に間合いを詰め、ベルゼブブを斬ろうとする。
「うひゃあ! こわい!」
ベルゼブブは巫山戯ていた。自らの体を大量の蠅となりその場から逃げる。
「くっ! 貴様ぁ!」
「おっと、そんな怖い目をしないでよ。蠅で体を構成されているのはわかりきっていることだろ?」
「っち……」
レイガは苛立ちを覚えていた。ここで炎の魔術を使うことができればどれだけ良かったか。この部屋を燃やし、蠅をまとめて処分しようと思っても、今その力は使えない。
「言っただろ。君たちとは争う気はないってね。代わりに僕の玩具と遊んであげてよ!」
そう言ってベルゼブブは消えた。その後、爆音が轟き、多種多様の咆哮が聞こえてくる。
「なっ、なんだ⁉︎」
窓を開けると今まで戦ってきた魔族称号が魔王城を囲んでいた。
「あの野郎、死体を弄びやがったな!」
彼は激しく憤りを感じている。死体遊びは彼が一番怒りやすいものだ。ベルゼブブは彼を焚きつけて何かを企んでいるのだろうか。
仕方なく、外に出て再び対峙することになった二人は、それぞれ分かれて行動した。
レイズはオーガ、イフリート、ティアマト、バハムートと。レイガはゴモリー、シパクナー、アポピスと戦うことになった。
「さすがに相手もそこまで元々の力はないが、数が多すぎる!」
全体的な攻撃は不可能だったので各個撃破するしかなかった。しかし相手は容赦なく全員で襲いかかってくる。
「……っ!」
迫り来る数多の攻撃を潜り抜け、確実に斬る。これまでの旅の成果もあってか、以前よりも自前の力は強くなっていた。そのおかげでイフリート、オーガ、ティアマト、ゴモリー、シパクナーはすぐに倒すことができた。が、かなり体に負担をかけたため動きが鈍る。
「あとは、お前だけだ……俺はお前を許さない……殺しても殺しても殺しても! ……何度でもぶっ殺してやる‼︎ 俺の気が済むまで‼︎」
最後の力を振り絞り、瞬間的に間を詰める。もはや言語能力を失っていたバハムートはただ雄叫びをあげ、レイズを殴る。殴られても彼は止まらず殴り返す。何十回何百回も。そのうち腕の神経が切れ、動きが止まる。
「ガァァァッ‼︎」
最後は頭突きは吹っ飛ばした。ドサリとその場に倒れ、再び起き上がることはなかった。
レイガは蛇を滅多刺ししていた。まるで包丁で魚を扱うかのように。アポピスが動かなくなると、呼吸を整え、レイズのいる方へ向かった。
レイズは、目の前にいる殺気を感じ取っていた。まだ、残っていたのか、と。しかし体は動かないのでどうすることもできなかった。
「やってみろよ……」
「……」
向こうも動くことはなかった。何故、そう思いながら薄目でそれを見るとリリスがいた。
「サ、ラ、か……いや、お前は、もう、リリス、なんだよな……」
リリスの手には毒で作られた剣があった。
「……」
膠着状態だった。リリスにもはや感情はない。だが、何かが彼女を止めている。生前の意思がまだその体に宿っているというのか。
彼女が何か言おうとした瞬間、剣が彼女を貫いた。やったのはレイガだった。
「もう……」
もう、やめてくれ。これ以上私たちを苦しめないでくれ。これは、決別のための剣。
崩れ落ちるリリスの体。レイガは俯き、涙を流していた。
「レイガ……」
その一部始終を見ていたレイズは嘆いた。
「ベルゼブブ……良くも俺達を、サラを弄んだな……」
怒りの矛先をベルゼブブに向けた。彼らは再び城に入り、すぐにベルゼブブの部屋に到達する。次の部屋を開け、どんどん奥へと進んでいく。
「どこだ! どこにいる! 今すぐ俺と戦え!」
血眼になって探していると、異様な扉があることに気付く。
「……」
それを開けると、大広間に出た。
「よく来たね……まさか、玩具を倒しきるとはね」
案の定、ベルゼブブはそこにいた。
「だけどまあ、君たちは僕とは戦えない」
「黙れ! 今すぐ息の根を止めてやる!」
「人の話を聞けよ……ほら、そいつらが相手してやるから」
ぞろぞろと謎の生物が行く手を塞ぐ。
「待て‼︎ 俺と戦え! 正々堂々と俺と戦えェェェッッ‼︎‼︎」
「ククク、ハハハハハハハッ! 行け、サタン。奴らに絶望を」
目の前の奴らは、そう、彼の言う通り最後の魔族称号サタンだった。
「サタン……」
サタン、だと。まさか、これら全てが? 一体何体いるというのだ。
あくまでも冷静だったレイガは固唾を飲む。
「ふざけやがって……!」
状況を認識していないレイズは無理やりでも押し通ろうとする。その意を汲んで、レイガは彼に話しかけた。
「……。私、全て」
私がこれら全てを相手する。父は先に行くんだ。父がベルゼブブを、そして魔王を倒せ。
その声に我に返ったレイズは。
「っ、お前をおいて、いけるかよ」
「行け」
レイガは、彼を突き放した。
「……約束しろ。しっかりと全滅させると」
「約束……」
約束とは破るためにあるもの。……しかし、父との約束は守ろう。
「ああ。……任せたぞ」
レイズは跳び、ベルゼブブの後を追った。
「神格化……父の邪魔立てはさせない。私が食い止める。さあ、来い。サタン共よ」
神格化は、実はしていなかった。できなかったのだ。だが彼は、話していた。今まで話せないと思い込んでいただけかもしれない。それとも、覚悟を決めた彼が何かに突き動かされ、変わったのかもしれない。
終幕の始まりを伝える金属音が鳴り響く。
次回予告(2/11予定)
始まりがあれば終わりがある。言っただろう。そう、この世とは、表裏一体なのである。全てはこの時のために、全てはこの瞬間のために。
次回、ORIGIN LEGEND 第十二説 最後の魔族称号、サタン
紫の血潮に染まり、彼は叫び、終焉の焰を灯す。