#08
大きな角砂糖を連想させる角ばった外観は少なからず僕を驚かせた。とてつもなく裕福であるということはないのだろうけど、かといって小さいと評するには違うような気がした。平均以上だが、突出した部類ではないといった感じかな。下世話だけどそんなことを思ってしまう。
そういえば彼女の父親は建築家だったっけ。確か近所の図書館も彼女の父が携わっていたはずだ。どうりでデザイナーズって感じがするわけだ。
「何見てるの? 門閉めるよ」
ポストから郵便物を取って、天野が僕を見た。僕はいそいそと駆けるように滑りこむ。
「あのさ、泊まってけっていったけど、ご両親とかは……」
「いるよ。当然いるよ。今は留守みたいだけど、ちゃんと帰ってくるから。そんな都合よく、大きな家に一人暮らししてる女の子なんているわけないじゃん。そんなの漫画か、ゲームの世界だよ」
そう言って天野は家の扉を開けて笑った。挑戦的に笑う。僕がどう、そのご両親に対して接していいものか考えあぐねているのを、心から面白がっているのが丸見えだ。
いやしかし、ちょっと待ってほしい。僕はこんなにも傷だらけで、初めて泊まる女子の家で、ご両親がいて、その出会いも、泊まることになったきっかけも到底説明しがたいものなのに、その説明を僕だけにさせるということはないだろうな。ないと信じたい。それじゃサディストもいいところだ。ああ、彼女はそのサディストだった。ちくしょう。
天野の部屋で僕は正座して、パニックになりながら、そんなことを考える。現在、ご両親は帰宅していないらしいけれど、それも時間の問題だ。問題というからには、直視しないという選択肢はありえない。対処しなければどうにもならない事柄を人は問題というのだ。
しかし、予想よりも天野の部屋はなんというか、男っぽいな。半分がゲームで、もう半分が漫画で埋まってる本棚ってなんだ。ゲーム機も海外の見たことないデカイ奴が鎮座ましましている。
「どうしたの、借りてきた猫みたいに」
救急箱を探しに出ていた天野が扉を蹴りながら、入ってきた。マナーもあったもんじゃない。
「いや、ゲームが多いなって思って」
「今日日、女の子だってゲームくらいやるよ」
棚のゲームのパッケージが見るからにグロいタイトルなのは今頃の女子とは程遠い気がする。
天野は何食わぬ顔で、僕の近くに腰を下ろすと、傷の手当を始めた。擦り切れた部分に薬を塗ったり、頭に包帯を巻いたり、眼帯を用意したり、ファンデーションを塗ったり……。
「ちょっと待ってほしいんだけど」
「何?」
「なんで僕はお化粧されているんだ」
「ああ、今日はね、眼帯とかしてるからさ、ゴスロリチックな服が似合うんじゃないかと思ってね。だから今日はそういうメイクにするつもり」
「……そういうことじゃなくて」
別に化粧のテーマを聞いたわけじゃない。
質問の意図を察した天野がああ、と納得したように笑った。
「那智、女の子の家に男子が泊まるのを許してくれる両親がいると思う? いるわけないでしょ? だからね、那智は今日、女の子になるのよ」
つまり両親を騙すために知り合いの女子という役割を演じなさいということらしい。そんなややこしいことをするくらいなら帰りたいと思う。思うけれど、きっと天野はそれを許してくれない。
それに、それに僕は天野のもので、奴隷でオモチャなのだ。決定権は彼女にある。
「本気か? だって、それこそバレたらお終いじゃないか。どう説明するっていうんだ」
「だから面白いんでしょ? ワクワクしてこない? 本当は男がそこに座ってるのに、本当は男がいるのに、みんな那智のことを女の子扱いしてるのよ」
命をかけた綱渡りをしているような恐怖心があるのと同時に、得も言われぬ高揚感が湧いてくるのを確かに感じていた。
「で、でも喋っただけで終わりだぞ。いくら僕でも声までは誤魔化せない」
野太いとまではいかないけれど、それなりに僕も変声期を迎えている。十人聞けば十人は男子だと納得する声質だと自覚している。
「大丈夫、喋れないことにしといてあげるから。ほら、このウィッグつけてみなよ。ね、外見は完璧。那智はとっても可愛いから、だから安心して。あ、次はアイメイクやるから、こっち向いて」
開いていた口を閉じて流されるまま、僕は天野のアイメイクを受ける。ベットに並べられた衣装だってウィッグだって自前のものではないだろう。明らかにこの現状を想定して、用意したに違いない。先日、メジャーで僕の体型を測ってたし。
ああ、やはり天野は真剣に僕を痛めつけているのだ。真剣に僕を弄び、僕が右往左往するの見るのを楽しみにしている。真剣だからこそ、準備もまた真剣そのもので、全力なのだろう。全力を出した結果どう転び、どういう事が起こるのかということを楽しみにしているに違いない。
その矛盾さというか、そのチグハグさがおかしくて、僕はついつい笑ってしまった。
「手元が狂う! 那智、はったおすよ」
「痛いです」
頬をつねる彼女の目が恐ろしくて僕は素直に人形に徹した。