オオスズメバチ
その日、健太が目を覚ますことなく息を引きとった。
目撃者の証言と鑑定結果から、刺したのがオオスズメバチだということがわかった。
わかったところでどうすることもできない。何もすることができず、ただ白い布を被せられ、今にも笑いながら「じゃん」って語尾で話しかけそうな健太の前にいる自分が、あまりにも無力すぎる。
「おい、ハヤト」
肩にずっと乗っかっていた害虫が、耳元で俺を呼んでいる。
そうだ、この害虫はこうなることを知っていたんだ。知ってて俺には何も言わず、コイツが全てを話していれば!!
「ま、待たんか!」
俺は害虫を握りつぶす。
「うるさい! お前さえ、お前さえいなければ!!」
俺は何を言ってんだ? こいつが居なかったらどうにかできたのか? こいつが居ようが居まいが、俺には何もすることができなかったはずじゃないのか?
いや違う! こいつはすべてを知っていた。こうなることを知っていただろうに俺に言わなかったことが醜い! 知ってて今日この日、健太たちを集めたのがムカつく!
「俺はお前を殺すことでしか、お前を許せない!!」
「待てと言っておる!!」
「イテッ」
害虫は握っていた手を、鋭く強靭なあごで噛んだ。
「ふぅ。まずは話を聞け」
「誰がお前の話を聞くモノか!」
「こ奴はまだ生き還ることができる!」
…………は? 何を言っているんだ?
「わしの力があれば、蘇らすくらい容易じゃ。信じろ」
「信じるものか? 今日もそう言って健太たちを集めたじゃないか!」
そうだ。だからコイツの言うことは信じれなかったんだ。
「なら信じる信じないはまずわしの話を聞いてからにしろ! 聞いた後に信じないのであれば、わしを焼くなり煮るなり好きにせぃ! だが、こ奴は一生蘇らん!!」
「……」
「いいか? わしはこ奴を蘇らせることができる。しかしじゃ、それにはお主が契約者になってほしいのじゃ」
「……」
「以前も言ったじゃろ? 我々の敵は一人の人間と契約する代償として、能力値を上げることができたと。わしらもお主に契約者となってほしいのじゃ」
「……実際に俺は何すればいいんだ?」
「お主らヒトというのは、他の生き物の何倍という脳がある。我々からすれば天文学的な数字になるじゃろう。そんな脳の持ち主が作戦を指揮するだけで、わしらの連合軍の能力は飛躍的に上昇し、きっと敵と対等に戦うことができるじゃろう」
「俺は何をすればいいんだって?」
「……お主には、戦略を練ってもらうのと、敵と契約したヒトを駆除してほしいのじゃ」
「駆除? 人を……殺すのか?」
「そうじゃ。そうすれば――」
「んなもん出来るわけねぇだろ? いくらなんでも」
「ヒトは勘違いをする」
……?
「お主らからしたら、ヒトがヒトを殺すのは非道な事だろう。……じゃが、お主らヒトは何の罪もない虫や動物、花や木を躊躇することなく殺すじゃないか! どんな動物も植物も、生きてる奴すべてに対等にいのちがあるんじゃ。お主らヒトの命が尊重されて、わしら虫の命が軽蔑される世界じゃない!」
確かにそうだ。もし生き物が全て人間だったら、おそらく全ての人類は刑務所に入らないといけない。
それぐらい人類は大罪を犯してきたんだ。
「でも! 動物たちだって生き残るために自分よりも下の位の生き物を殺して、それを捕食してる!」
「ヒトには食べる前に何か動作をせんか?」
「あ、いただきます……」
「そうじゃ、お主らの先祖は、これから食べる動物、虫、植物などに対して、感謝などの意を込めて手を合わせる。最近では形式だけのようにもなっているが。動物たちも同じことじゃよ。ちゃんと感謝の意を持っている」
「でも……。だからって、人は殺せない……」
「ならこれを聞いたらどうじゃ? わしらの敵というのは、今日こ奴を死に追いやった。オオスズメバチじゃよ」
オオスズメバチが敵? じゃあ、今日健太が襲われたのは偶然とかじゃなくて、俺が関係しているということか? 俺のせいで健太は……。
「……なら、今日健太を襲う戦略を練ったのも、そのオオスズメバチの契約者だっていうこと?」
「確信はないがそういうことじゃな」
「少しは信じてもらえたかな?」
「……わかった、何とかしてみる。セドルのこと信じるよ」
きっと殺さなくても済む方法があるはずだ。それを考えればいい。
「それから最後に訊いてもいいかい?」
「なんじゃ?」
「本当に健太を生き還らすことができるんだね?」
「さっきも言ったように、生き還らすことは容易なんじゃが……材料というか。少し必要なものがあってね。あとはそれをお主が承諾するかなのじゃ」
「何?」
「お主の心臓だよ」
え?
「で、でも」
「心配せんでもよい。お主の心臓を移植するわけではない。その生命力を移動するのじゃ」
「生命力?」
「そうじゃ、生命力さえあれば、こ奴の命は再び動き出す」
「じゃ、じゃあ俺はどうなるんだ?」
「生命力を失ったお前は、瞬時にこの世を去るじゃろう。しかし心配するでない。お前にはわしの生命力があるじゃないか」
「え? そんなことできるの?」
「さっきも言ったじゃろ。生きてるモノの命は全て等しいと」
「それじゃあ、セドルはどうなるの?」
「わしの肉体は滅びても、お主の心臓の中に魂が宿るよ」
え? つまり、俺の生命力は健太に移って、生命力を失った俺の中にセドルの生命力が移ってくるっていうこと?
「でも記憶はどうするの? セドルが居なくなったら、どうやって虫たちと話せばいいの?」
「……たく、そんなことも考えていないわしじゃと思うなよ。ちゃんと計算済みじゃよぃ。さ、覚悟はできたか?」
「ま、まって。具体的にどんなことを――」
「覚悟は……できたな?」
何? このゴリ押しっぷり。でも、何か今のセドルにだったら任せれそう。
「もう一つだけ言っていいか? その、さっきはゴメンな。脚が折れるまで握りつぶしたりして」
「いずれ肉体は滅びるよ。心配せんでもいい。……それじゃあ」
「ああ、頼んだぜ」
「よし。いい決心じゃ」