伝説の始まりの日、らしい
(いや、余計なことに気いとられてる場合やないわ。まずはこの場をなんとかせな)
私はアイリーンに向かって、軽く頷いた。
(OK、ここはうちにまかせよし! あんたの関西弁は、うちがなんとか誤魔化すわ。と、目で彼女に伝えてみた。伝わったかは知りまへんけど)
私はポカンとしてアイリーンを見つめるララネ様達に手を差し出し、体全体で優雅に話しかけた。多分、アイリーンが何を言っているのかは全然わかってなさそうだけど、一応、保険をかけておこうと考えた。
(ここは私の得意技『それっぽい事言って煙に巻く戦法』でいきましょか)
「ララネ様、素晴らしいですわ。誤解とあれば、素直に謝るその真っ直ぐなお姿に、感動いたしました。気高き令嬢はかくあるべし。そんな言葉がどこからか響いてきましてよ。まさに、貴族の義務ですわね。わたくしはララネ様のことがますます好きになりました。アイリーンさんも、感動のあまり、下町言葉がでてしまったのでしょう」
私が彼女の肩に手を置きながら褒め言葉を口にすると、ララネ様の表情がスッと落ち着きを取り戻したのがわかった。
(さすが、悪役令嬢キャラ。状況判断に優れているわね。本当に素材はいいのよね、ララネ様は。上手に育てれば、いい側近になってくれそう。っていうか、私と彼女はある意味、運命共同体かも。一緒に断罪から遠ざかる道を考えなくては!)
「マリアンヌ様にそうおっしゃっていただけて光栄です。ありがとう存じます。今回の事では、自身の立ち居振る舞いについて、反省する良い機会をいただきました。アイリーンさんも、ありがとう。ごめんなさいね、わたくし下町言葉には疎くて、何をおっしゃったのか理解できなくて……」
「い、いえいえ! つい、下町言葉がでてしまって、私の方こそ申し訳ありません。ララネ様がとっても素敵な方だってことを言いたかったんです!」
アイリーンも私の言葉にのっかり、下町言葉という事にしてしまった。
うん、勘がいい。 そして、彼女はララネ様にぺこりと頭を下げた。
流れるようにお詫びをするその姿勢に、昔の風景が脳裏をよぎった。
頭から腰までをまっすぐに保ったまま、上半身を軽く倒すお辞儀。
カジュアルにみえるが、この15度の会釈を、美しい所作として自然にできる人間はそう多くない。
(この子、この世界にはない、この完璧な15度をいったいどこで習得したのかしら……。昔の、私のマナー講座の生徒たちにも劣らないこの美しい角度。いったい何者?)
と、考える間もなく、今度はララネ様が私に美しいカーテシーを見せた。
「マリアンヌ様、恥を忍んでお願い申し上げます。わたくしは、婚約者シール様との関係で悩んでおります。上手くお話が続かなくて……。第二王子サイファ様とも仲睦まじくされているマリアンヌ様をいつも羨ましく拝見しておりました。ぜひ、色々とご教示いただきたいのです」
(サイファと私が仲良し? そう見えてるのね。まあ、公式行事にはいつもエスコートしてくれるし、婚約者として色々な貢物もくれるし、金髪碧眼のリアル王子なイケメンだし、優良物件ではあるのは確か。暑苦しいジト目で見る癖がある、よくわかんない男だけど)
好機逸すべからず(絶好のチャンスを逃してはいけない)。
私は、ここぞとばかりに、優雅に扇子を持ち替え、エレガントな決めポーズでララネ嬢達に話しかけた。
【秘技】あなたを惑わす魅惑のスマイル&ボイス。さあ、私に陥落しはったらどうどすか?発動。
「わかりましたわ……。では、来週末にプライベートなお茶会はいかがでしょう? ここにいらっしゃる皆さま、全員にお越しいただければ嬉しいですわ。勿論、アイリーンさんもご参加くださいな」
「ええ? いえ、私なんかが参加したらせっかくのお茶会が……」
「アイリーンさん、わたくしからもお願いするわ。今回のお詫びも兼ねてご一緒させていただければ……嬉しい、ですわ」
あら、いいわね。ララネ様がなんかモジモジ照れてる。可愛らしくて可憐だわ。 アイリーンはいいの?というように、ちらりと私と目を合わせ、それからララネ様に微笑んだ。
先ほどの猛々しさは消え、大人しい平民の仮面をかぶり直したかのようだ。
「ララネ様、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、私も参加します。皆さま方も、どうぞ宜しくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
「さっきはごめんなさいね」
「素晴らしいわ、皆さま。わたくし達、お友達としてこれからも、互いに励まし合ってまいりましょう」
「はいっ……! マリアンヌ様、ありがとうございます‼」
(まあ、キラキラした目でみつめられると、期待値が爆上がりするわ。ララネ嬢と3人の取り巻き令嬢方。過去の実績データからの勘によると、現段階でクロージング(契約完了)までもっていけそうな率は7割ってとこね。クゥ―ッ! マイ・サロンのサブスク計画、熱くなってきやがった、ですわ!)
そんな私たちのやり取りを覗いている視線に、私は全く気付いていなかった。
「一応、報告しておくか……」
木の陰の、その赤毛の男は低い声で呟き、そっと姿を消した。
***
私は、馬車に揺られながら、静かに目を閉じた。
(ふう、とりあえず平和に終わってよかった、よかった。いったん、脳内の情報を整理してみよう。17年間生きてきたマリアンヌとしての記憶と、昔の記憶をより確実最適に統合させる為に。現状把握ね)
昔、よくやっていた方法で、頭の中を整理してみることにする。
私は両手をパン、と勢いよく合わせ、そして目を閉じた。
ゆっくりと呼吸すると、脳内にパソコンに映し出されたパワーポイントの資料のように、物事が整理され映し出される。
「秘技、ひとり脳内プレゼン、スタート!」
あえて、声に出して言ってみた。
ここからは、ビジネスモード全開で。
私の気合と共に、馬車を埋め尽くすほど狐様さんが巨大化したような気がした。
前世の私は、ビジネス接遇マナー講師だった。
マナーは人とコミュニケーションをとるための土台だ。
ただ、敬語がつかえて名刺交換が上手くできればいいってものではない。
どう効果的に使うか、が肝要なのだ。
ビジネスで成功するには知能指数が高いだけでは難しいのが現状。そこで、EQ(エモーショナル・インテリジェンス・クオーティエント)の出番。
自分と他人の感情をうまく扱い、仲良くする為のスキルのことだ。
ビジネスマナーとEQスキル。そこに、プラスアルファを加味した私流の接遇マナー。それらを教える事が楽しくて仕方なかった。
脳内の資料を見ていると、心の底から、当時の情熱が湧き上がってくる。
そんなマナー講師の私が、ライトノベル的な世界に転生したのは、誰のどういう導きなのかしら?
しかも、身分の高い、公爵令嬢。
これはもう、やるしかないでしょう。
『公爵令嬢はEQスキルで無双する』
ってやつを。
リーシェント公爵令嬢という地位を利用して、この世界にEQを広める。
そして、静かに確実に女性の自立を促し、権力をかさに偉そぶってるヤローどもを蹴散らし、才能ある人間が活躍できる環境を整える。
最終的には、裏で社会を操るラスボスみたいなポジションにつくのもいいかも。 三角関係の恋愛模様は興味ないし。ほっといてもええんかなあ?
と、先ほどの、家族の断罪シーンがフラッシュバックする。
自身の震える体の感覚、泣き叫ぶ母と妹の声が脳内に響き、ララネ様の悲壮な泣き顔が目の前に浮かんだ。
一気に体が冷える。息苦しくなり、視界が暗闇へと落ちる。
……怖い……。
あかん、処刑されるなんて、絶対にごめんや!
……策を練って、最悪の状況に備えるんや!
私は必ず、何がなんでも生き延びてやるわ……!!
深呼吸を繰り返し、頬をペシペシと叩き、私は思考を切り替えた。
とにかく、理不尽な運命はお気持ちだけいただいといて、いらんもんは全て排除してさしあげましょう。
このマリアンヌ様がね。
「クックッ……ホッホッホ、ホーーホホホーー!!」
いけないいけない、つい悪役令嬢ばりの高笑いをしてしまったわ。
笑いは、暗い思想を払うのに最強の方法よね。
この、かなり女性の地位が低く、納得できないこの世界を変える。
前世で培った仕事歴30年のキャリアと、現世のトップお嬢様の地位と知識。
両方揃えば、私の夢想も、実現可能なプランとなる。
とりあえずは、ララネ様達とのお茶会で情報収集しつつ、色々実験してみましょう。
虎少女とも会って話をせなあかんな。彼女も絶対、転生組やわ。あのイントネーションは関西弁、多分大阪や。京都やないんはわかる。
そやけど、虎ってなによ、虎って。
私の後ろにも狐さんがいるし。今もやけど。
額に京と書いてあったわよね。あれは、幻影? オーラ? ス◯ンドみたく直接的な攻撃力はないようだったけど……?
そして、あの15度の自然だけど美しい、腰から折る礼の姿勢。絶対、見た事ある気がする。もしかして、彼女は知り合い……?
いやいや、まさか。
それより、彼女がもしヒロインとは程遠いコテコテな下町の人間だったら……。ぜひパートナーとして迎え入れたいところね。私の守備範囲外の平民世界に、彼女はリーチできる得難い人材だわ。生き延びる為には、あらゆるルートをおさえておかないと。
となると……。ここでの私はビジネスマナー接遇マナー講師ではなく、コンサルタントって感じかしら。
まずは、顧客の自己肯定感をあげ幸福度をアップする個人向けのコンサルで、知名度を上げることからはじめよう。 帰ったらすぐにこの国の組織概要図を書いて。
コンサルとしてのおおまかなビジョン、ミッション、事業計画表、ToDoリストのたたき台をつくって。
5W2Hも欠かせないわ。ビジネスの基本よね。
《When、Where、Who(誰が)、What(何を)、Why、How、How much/many(いくらで/いくつ)》
ああ、もう、やる事がたくさんありすぎる!
とにかく、今日が、このマリアンヌ様の伝説の始まりの日なのだわ!!
「フフフ……、フォッフォッホホホホホーーーーっ!!」
屋敷へ到着するまでの間、私は胸の高鳴りに身をまかせ、ずっと自身の哄笑の声を聞き続け、白狐さんも悪役代官みたいな顔で笑い続けた。
「お嬢様、ご気分がお悪いのですか? 奇声、いえ、咳き込んだような声が聞こえていましたが……」
「あらそう? 風のささやき声じゃなくって?」
馬車を降りる時に、御者から声をかけられたのはご愛敬だ。
***
アイリーンは平民街にある家へと帰り道を急いでいた。
慣れ親しんだ道。土混じりの空気。夕飯時の匂い。人々の話声。
と、突然、アイリーンの前にがっしりした体格の男が立ちふさがった。
「おおーっ、お前、可愛い顔をしてるな」
「なあ、いっしょに飲みに行こうぜ」
にぎやかな夕方の街の喧騒の中、既に酒に酔っているらしき平民の男性達のアイリーンを見る目には、不穏な光が浮かんでいる。
自分より背丈の大きい酔っ払いに絡まれながらも、彼女は気後れした様子もなく、にっこりと笑った。
「んー、ごめんなさい。私、これから家の手伝いがあるので、急いでるんです。他を当たって下さーい」
「そんな事言うなよ」
「そうそう、お前は俺達と一緒に行くの。ほおら、捕まえるぞ」
そう言って、一人の男がアイリーンを捕まえようと手を伸ばしたその時、彼女はスッと体を横にずらした。男は、勢い余って、つんのめった。
「な、何するんだよ」
「私は何にもしてへんやんか。自分で前のめりになっただけやろ」
少し離れた場所に移動したアイリーンが、そう冷たく言い放つ。
彼女の後ろには、再びグワッと、睨みをきかせた虎が浮かび上がる。
虎はどうやら、人々の目には見えていないらしい。しかし、何やら圧倒的な威圧感を周囲に与えている。
男二人は、その圧を感じているようだ。
何かわからない恐怖に、たじろいでいる。
実際に、そのイメージの虎は、二人の頭を前足で押さえつけているのだが……。
「おい、なんか急に悪寒がしてきたぜ……」
「お、俺も頭が急に重くなったわ……」
アイリーンは目を細めて、二人にこう続けた。
「あんなあ、兄さんら。女性に無理強いする男性は嫌われるで。もっと優しく礼儀をもって誘わなあかんわ。でないと、女性を守護する聖なる獣に、大事な場所を食いちぎられるかもしれへんで。気いつけや!」
可憐な美少女という外見から、思いがけないドスの利いた声が発せられ、男二人は固まった。
「まあ、今日は未遂やし、許しといたる。二度目はないで。よお、覚えとき!」
そう言って、唖然としている男二人を残して歩き出すアイリーン。
「考え事で忙しい時に邪魔すんなっつうねん。うちは今、ヤカラにかまってる場合ちゃうんや」
目つきを鋭くしながらつぶやくその表情は、まさに獲物を狙う肉食獣のようであった。
「さっき、マリアンヌさんの後ろに、確かに狐見えてたよな。しかも、額に京の字って……。あのお嬢さんって……もしかしてご近所さんなんか?」
一方、赤毛の男は、王城の門の前にやってきた。
広大な敷地の堅城。厚い城壁に囲まれ、城そのものが威圧的な存在だ。
限られた人間しか入れないその重厚な門。その横には、使用人達の小さな通行門がある。
門を守る、甲冑を着た護衛騎士が赤毛の男に声をかけた。
「お、ブルーノさん、お帰りなさい」
「お疲れっす。ただ今戻りました」
挨拶をして、そのままノーチェックで、城の中へと足を進める、赤毛の男。
年は30歳手前といったところだろうか。よく見ると、王家の紋の入った制服を着用している。
「はあ、なんか、今日の報告は言いたくねえなあ」
そう、ため息をつきながら、王族の居住階へと重そうな足を進めた。
荘厳なドアの前で、ノックをして、部屋へ入る。
「失礼いたします。ブルーノ、戻りました」
部屋の主は、窓際のテーブル席でお茶を飲んでいた。
豪華な調度品に負けない、ブロンドの髪、整った容姿の若い男。
シンプルな衣服だが、質の良いものだと一目でわかる。
夕日が差し込み、彼のその姿は、絵画のような美しさを醸し出す。
「ブルーノ、遅かったね。何かあったのか?」
しかし、その美貌とは裏腹に、彼の瞳はブルーノを射貫くように冷たく見つめた。




