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京女の公爵令嬢×元・浪速のトップ嬢。アップデートは薫り高きビジネスマナー(EQ)と共に  作者: 高瀬 八鳳


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戦略的撤退と再起動

「今、ここでわたくしが何を申し上げても、聞く耳をもたない皆様には届かないかと存じます。しばしの謹慎、全ての活動を休止し、学園への通学もなくし、家でひと月間、自問自答いたしますわ。この間に、わたくしがかかわった全ての事業についての報告書を作成いたします。その内容をもって、わたくしへの判断材料としていただけませんか? そして、リーシェント公爵家とは無関係だとご理解ください」


「そのような、勝手を……」


 宰相は私の予想外の提案に、言葉が出てこないようだ。 外野の保守派のおっさん連中も、え?え?という間抜けな表情をお晒しだ。


 私はスッと視線をそらし、国王へと体を向け、軽く眼を伏せる。


 部屋の中の全員の視線が、国王へと集まった。


 国王はしばらく思案した後に、静かに言い渡した。


「よいだろう。この件は、一旦私が預かる事にする。ひと月後に、再度この場で、判定する事とする。宰相、リーシェント公爵もよいな」


 宰相と保守派貴族の顔が、苦々しく歪む。


 父は安堵の息をついた。「……御意」


「……畏まりました」


 今まで黙っていた国王の発言に、疑問を覚えながらも、誰も逆らえない。「では、この場は解散とする。リーシェント公爵はこの場に残ってくれ」


 王の言葉に、皆一堂に最上級の礼をとる。(三十六計、走るを上と為す。つまり、一旦逃げる。でもその前に、これだけは言うとかんとな) 私は即座に、宰相を見つめ声を上げた。


 背後には、目をうっすらと細め、ただ相手を見下し、威嚇する背筋が凍るような九尾の白狐が、宰相や王族を睨みつけている。「お忙しい皆さまに、このようにお集りいただいたこと、心よりお詫び申し上げます。最後に、宰相様」


「なんだ」


「教養のある宰相様は、勿論、この国、そして周辺国の歴史書はお読みになっていらっしゃるかと」


「それがどうした」


「であれば、ご存じでございますわね。どの国も、どんな文化も、はじまりがあり、終わりがくる。世の中はうつりかわり、マナーや規則も時代により変化します。現状維持は衰退のはじまり。守ろうとする強い思いは、いつしか進化を拒む害となりかねない」


「何が言いたい? 回りくどいぞ。要点を言え」


 宰相は、もはや私への憎悪を隠そうともせず、睨みつけてくる。


 私も負けじと肚に力を入れて、真っ直ぐに立つ。


 己の信念と存在意義をかけて、思いをしっかりと声にのせる。


「40年前の血の粛清事件を二度と繰り返してはいけない、その事は十重理解しているつもりではおります。ただ、わたくしは、この国を愛しております。今がこの国の転換期にあるのではないか、より良い方向へ向かうために、出来る事があるのではないか。そう考え行動した結果が、宰相様にとって不快だとすれば……。未来へ続く道は、過去をただなぞるだけで到達できるものなのでしょうか?」


 私の大きく良く通る声が、部屋全体に響き渡った。


 そう言い残し、私は完璧なカーテシーで幕引きとした。


 微笑みながら、軽やかに部屋を去る私の姿を印象付ける。


 残っている人間の方が、逆に敗北感をたっぷりと感じてもらえるように。


 宰相の、そして国王、王妃達その場にいる全員に。


 どちらが正しいのか、本当に国の為になるのはどのような考え方なのか、をつきつけから、私はその場を後にした。


 部屋を、重苦しい雰囲気が覆っている。


 宰相は、予想外のマリアンヌの言動に、衝撃を受けていた。


(私は間違っていない。そのはずだ……。なのに、なぜ、このような敗北感を感じているのか……)


 国王はただ無言で、あご鬚を撫でる。


 王太子は隣の王太子妃と目を合わせる。


 第三王子は何か言いたげではあるが、発言する勇気は無さそうだ。 まだ表にでてきていない人々の思惑が、複雑に入りまじったような、ある種不気味な空気が人々にのしかかっている。


 その沈黙を破り、国王が告げる。


「リーシェント公爵、再度問う。此度のマリアンヌ嬢の件は、公爵家と無関係。公は変わらず、王家への忠実な臣。相違ないな」


「……仰せの通りにございます」


「よし。では、ひと月間、リーシェント公爵家に憲兵を置くことを了承してくれ。ひと月後に、またここで会おう。宰相、後は頼んだぞ」「……かしこまりました」


「御意」


 重々しい空気の中、第二王子だけは、相変わらず、にこやかに微笑んでいる。


 王は、そのひとり異常な空気を放つ息子に気づき、怪訝そうに問うた。


「サイファ、お前は何を、笑っているのだ?」


「ただ、あらためて気づいただけですよ」


「何を?」


「私のマリアンヌは、美しく、頭もきれる。唯一無二の人間だと嬉しくなったのです」


「私のマリアンヌ……?」


 戸惑う人々を意に介さず、マリアンヌが出ていった出口を、嬉しそうに眺めるサイファ。 部屋の人々の思いは、ますます混沌となるのであった。


 一方。


 私はカツカツと音を立てながら、勢いよく王城の廊下を急ぎ歩く。


(あーーもう腹立つ! 前世の、おっさん連中と同じような事言いよるわ。


今に見てらっしゃい。痛い思いさせてさし上げるわ。……でも、これは物語の強制力なの?


断罪、斬首? いや!! 


 せっかくがんばってきたのに、そんな理不尽な目にあうのはごめんや!)


 そう思いながらも、指先が冷たくなり、涙がこみあげてくる。 震えて崩れそうになる体を、なんとか平常を装い、馬車まで歩き続けた。 フラッシュバック。


 先程の罪状を読み上げる宰相の姿。王や、保守派貴族達の冷たい目線。


 そして、前世で、女の癖にと罵声をあびせてくる、中年男性達。


 何度も頭を下げながら、喰いしばっていた自分の姿。


 そして、記憶に残る、ララネや家族と共に断罪場に引きずられた、自分達の姿の残像。

 恐怖のイメージが、体へと伝わり、震えが止まらない。


(あかん、恐怖に引っ張られたらあかん! バグった時は、再起動や。一旦、電源おとして、再起動させんと!)


 私は立ち止まり、パンパンと両手で頬をたたく。


 そして、深呼吸しながら、頭の中の不要な考えを、外に流しだすようイメージする。


(落ち着いて。大丈夫、落ち着くんや。


 感情にのまれ、思考する事をやめたら、こっちの負け。 まだ、勝負はこれからや。 絶対に、進むべき道はみつかる。


 どんな時でも、裏道はある筈。 生き残る為に、うちは絶対、負けへん。 考えるんや……!)


 しばらく深呼吸を繰り返す。 太陽の日差しと、庭に香る草花の匂いを感じて。 私は少し肩の力が抜けた気がした。


 ふと、後ろをみると、白狐様は我関せずというように、ただ静かに風に吹かれふわりふわりと漂っている。


(そうや、力を抜かなあかんな。物事がうまくいくのんは、ガチガチに力入ってる時やない。適度に脱力している時や。それを忘れてたわ。おおきに、狐様)


 そう思いながら、私は馬車までの残りの道のりを、優雅に、ゆっくりと歩いた。




 その後、宰相室にて。


 宰相は数人の保守派の貴族と集まっている。


「危険だ、あの令嬢は危険だ。この機に一気にたたきつぶしておかねばならない。 どんな手を使っても」


「いくら頭が切れても、所詮は温室育ちのお嬢様だ。一人では何もできまい」


「例のグループのつながりを絶ち、ホテルが営業できなくなれば、すぐに音を上げるだろう」


「しかし、サイファ殿下があの令嬢をかのように溺愛されているとは、計算外でしたな」「とはいえ、国王のお言葉には、王子とはいえ、逆らえまい」


「リーシェント公爵家の周りには兵が立つのであろう。援軍を送って、誰も出入りできぬよう、陸の孤島にしてやる」


「しかし、小娘が自分の事業と公爵家を分けて申告していたとは。こちらが用意した不正の帳簿は使えないということか?」


「小癪な真似を。面倒だな」


「しかし、女子供を集めて、教育するという形式の事業とは面白い」


「さよう、同じように、我々で後を引き継げば、利益も得られて言う事なしですな」


「おお、それは良い考えだ」 保守派の上級貴族の言葉を聞き、宰相が机を叩いた。「小細工は必要ない。貴公らの低俗ないやがらせも、全て彼女に阻止されたらしいな。いや、彼女達、というべきか」


「宰相殿。我々なりに考えてやっているのですぞ。低俗ないやがらせとは」


「年端もいかぬ学園の生徒への不当行為は、低俗ではないか? 帳簿の偽造も見抜かれておる。調べられて困るのはこちら側ではないか?」


「わ、わかった。すぐに帳簿は破棄させよう!」


「宰相閣下、で、ではどうするおつもりですか?」


 宰相は黙って考えている。


(しかし、あの令嬢は危険だ。この機に一気にたたきつぶしておかねば。だが、才気ある若者の芽をつぶすのが、果たして本当にただしいことなのか……いや、しかし……)


 窓から見える夜の景色は、全てを暗く包み込んでいる。


 マリアンヌの言葉が宰相の脳裏にこだまする。


「未来へ続く道は、過去をただなぞるだけで到達できるものなのでしょうか?」


 宰相は目を閉じた。


(すまぬ。しかし、私はやらねばならないのだ。この国の平和を守るためなら、どんな手も使う。そう、40年前に誓ったのだから)


「見張りは立てよう。誰も出入りできないように。しかし、帳簿は不要だ。ただ、これまでの伝統を壊そうとする反逆者として、押し通す。二度と、事業などしたいと思わない位にな」


「そ、そんなことができますか?」


「できる。いや、できなくとも、やるのだ。なんとしても、ひと月後で、かたをつける」 そう宣言する宰相の目に、もはや迷いはなかった。


 夜の闇はいっそう深まっていく。


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