観測論:引き当て
―― 何一つ楽しくない選択 ――
人は時に、
「選びたいから選ぶ」のではなく、
引き当てられるから引き受ける。
それが「引き当て」という現象である。
1. 引き当てとは何か
引き当てとは、
•欲望による選択ではない
•利得による最適化でもない
•感情による衝動でもない
にもかかわらず、
「この役割が、今ここで空いてしまった」
「この負荷が、今ここで自分に来てしまった」
という、
構造的な空白に落ち込むことである。
選んだのではない。
逃げなかっただけだ。
2. なぜ楽しくないのか
楽しい選択には、
•期待
•報酬
•承認
•高揚
がある。
だが引き当てには無い。
あるのは、
•必要性
•代替不在
•先延ばし不能
•放置した場合の崩壊
だけである。
だから感情はこうなる:
嫌だ。
でも、やらなければもっと悪くなる。
このとき人は、
「選択」ではなく
負債の回収をしている。
3. 正義でも快楽でもない
引き当てられた行動は、
•勝利の快感ではない
•支配の快楽でもない
•正義の陶酔でもない
むしろその逆で、
「出来れば誰かにやってほしかった」
「出来れば無かったことにしたかった」
という種類の行為である。
それでも実行されるのは、
その場所に空白があり、
その空白を放置すると
構造が壊れると分かっているから
ただそれだけだ。
4. 観測者から見た引き当て
外から見ると、
•冷静に見える
•淡々としている
•迷いがないように見える
しかし内側では、
•嫌悪
•躊躇
•面倒
•罪悪感
•消耗
が同時に存在している。
それでも動くのは、
感情ではなく
状態遷移の必然性を
見てしまっているから
である。
5. 引き当ては英雄性ではない
ここで重要なのは、
引き当てを
美談にも神話にもしてはいけない、という点だ。
それは
•偉業ではない
•勇気の証明でもない
•選ばれし者の物語でもない
単に、
誰かがそこに居た
逃げなかった
構造が崩れる前に
穴を塞いだ
それだけの話である。
6. 構造的定義
観測論的に言えば、
引き当てとは、
システム内で
負荷が最小移動距離のノードに
自動的に割り当てられる現象
である。
意志の問題ではない。
性格の問題でもない。
配置の問題である。
結論
引き当てられた選択は、
楽しくない。
誇らしくもない。
語りたいとも思わない。
ただ、
放置すれば壊れると分かっていたから、
壊れる前に手を伸ばした
それだけだ。
引き当てとは、
英雄譚ではなく、
構造が人を使う瞬間の記録である。




