絶滅危機への適応例2例:チーターとホモ・サピエンス
では構造比較として文章だけで一気にまとめます。
氷河期ボトルネックにおける適応の極端例として、チーターとホモ・サピエンスはほぼ対極に位置する。
チーターは更新世末期に有効個体数が数十〜数百まで落ち込む致命的なボトルネックを経験した。その際に生き残ったのは、「速く走れる構造」を完全に満たした個体系列のみであり、心肺容量、筋出力、神経伝導速度、脊椎の弾性、四肢慣性の最小化といった捕食に直結する機能群が一点に収束する形で固定された。
その代償として起きたのが、遺伝子多様性のほぼ全面的な消失である。免疫遺伝子の多型は極端に乏しく、精子奇形率は70〜90%に達し、形態異常や生殖障害も高頻度で発生する。つまりチーターは、
・変異は大量に生まれる
・だが捕食に必要な瞬発性能を欠く個体は一切生き残らない
・結果として「走れる構造」だけが世代ごとに濾過され続ける
という、超高強度の機能フィルタを通過し続ける進化戦略を採った。遺伝的内包幅をほぼ捨て、環境変動耐性や免疫多様性を犠牲にしてでも、短距離高速捕食という一点の完成度を極限固定する「性能全振り型」の生存である。これは多様性を失ってもなお、単一ニッチで勝ち続けられる場合にのみ成立する、進化的綱渡り構造だ。
これに対し、ホモ・サピエンスもまた氷河期に有効個体数が数百〜千人規模まで落ち込む深刻なボトルネックを経験している。全ゲノムの多様性は実際かなり失われており、現在の人類集団の遺伝的均質性は多くの大型哺乳類より高い。しかし人類は、チーターとは全く逆の戦略を選んだ。
すなわち、
・遺伝子の多様性は回復を待たず
・行動・認知・社会構造の多様性を
・文化という外部記憶媒体に移し替えた
のである。適応の単位を遺伝子から文化へ移行させ、狩猟、遊牧、農耕、定住、交易、国家形成、都市化といった複数の生存戦略を、同一遺伝子集団が並列に保持・切替・混成できる構造を獲得した。多様性は捨てられたのではなく、「保存場所」がDNAから文化に移された。
ただし一点だけ、例外的に遺伝的多様性が死守された領域がある。それが免疫系である。HLA(MHC)をはじめとする抗原提示遺伝子、抗体・T細胞受容体の再構成機構は、人類において極めて高い多型性を保ち続けている。これは病原体との軍拡競争が文化では代替できず、遺伝子レベルでの高速多様化が生存に直結するためである。
結果として構造はこうなる。
チーターは、
多様性をほぼ全て失う代わりに、
筋力・心肺・神経・骨格を短距離捕食に極限最適化し、
性能一点の完成度を維持することで氷河期を越えた。
ホモ・サピエンスは、
遺伝的多様性の大半を失いながらも、
行動と社会構造の多様性を文化に外部化し、
免疫多様性のみを遺伝的に保持することで、
環境変動そのものを吸収可能な「適応様式の多型構造」として生き残った。
一方は「遺伝子で速さを固定する種」、
もう一方は「文化で適応アルゴリズムを可変化した種」。
両者は同じ氷河期ボトルネックを通過しながら、
片方は多様性を捨てて性能を選び、
もう片方は性能を捨てて多様性の保存場所を変えた。
進化史上、この分岐はほぼ極端解の対照例と言ってよい。




