仮想問答論:久秀・長慶・信長
(調整文明・実務文明・相転移文明の三重奏)
(夜。畿内の地図。酒。遠くで戦の気配。静かな座敷。)
長慶(真面目に)
「……私は、壊さずに済むなら、
最後まで壊したくなかった。」
久秀(堅く)
「主君のやり方は正しかった。
正統を殺さず、秩序を壊さず、
それでも畿内をまとめた。
あれは理想に最も近い現実でした。」
信長
「でもな、二人とも。
理想ってのは、
続けすぎると重くなる。」
長慶
「重くとも、引き受けねばならぬ時がある。」
久秀
「その重さを現場で受け止めるのが、
私の役目です。」
信長
「で、二人とも、
世界の方が先に限界を迎えた。」
長慶(静かに)
「久秀。
私は、お前に重すぎる役を負わせた。」
久秀
「抜擢は恩です。
主君の理想を、
現実に落とす役目を頂いた。
それだけで十分でした。」
信長
「……堅物すぎる。」
信長(杯を回しながら)
「俺はさ、
壊すのが好きなわけじゃない。
ただ、
“壊さないと次が始まらない”
局面に生まれただけだ。」
長慶
「私の時代は、
“壊さずに次へ繋ぐ”ことが使命だった。」
久秀
「私は、
その継ぎ目を縫い止める針でした。」
信長
「で、針が折れて、
布ごと張り替えたのが俺、か。」
久秀
「あなたは、
正統も秩序も、
“資源”として扱える人間だ。」
信長
「便利だろ?」
久秀
「……恐ろしいとも言えます。」
信長(笑う)
「褒め言葉だな。」
長慶
「信長殿。
あなたは軽い。
だが、その軽さがなければ、
この国は次へ跳べなかった。」
信長
「重たい人が先に地ならししてくれたからな。」
久秀
「……包囲網の折、
朽木谷を通しました。」
信長
「助かった。」
久秀
「将軍家が危急の折に使う道です。
“通すべき存在”が通る。
それだけの話です。」
信長
「堅いなあ。
“助けたかった”でいいのに。」
久秀(少し間を置いて)
「……少し、昔を思い出しました。」
信長
「ん?」
久秀
「将軍を通した道を、
今はあなたが通る。
時代が変わったと、
実感しただけです。」
信長
「なるほど。
俺は将軍じゃないが、
道は借りた。」
長慶(微笑)
「久秀、
お前は最後まで“旧い世界の職人”だったな。」
久秀
「主君が作った世界ですから。」
信長
「でもさ、
その世界があったから、
俺は思い切り壊せた。」
信長(杯を上げる)
「真面目すぎて壊せなかった人。
堅物すぎて支え続けた人。
その上で、
俺が跳んだ。」
長慶
「壊さずに支えた時代。」
久秀
「支えきれず、
それでも役目を果たした時代。」
信長
「で、
全部ひっくるめて次へ行く時代。」
構造的一行
三好長慶は
「壊さずに文明を保とうとした真面目な調整者」。
松永久秀は
「その文明を現場で支え切ろうとした堅物の実務者」。
織田信長は
「その重さごと抱えて、笑いながら跳び越えたおおらかな相転移者」。
そして信長はきっと、
先に地獄を引き受けたその二人を、
本気で好きで、
本気で惜しんでいたでしょう。




