Q&A:罪に問えなかった国家反逆罪集団(比喩)
合理的だなぁ(白目)
Q1. そもそも「国家反逆」とは何を指すのですか?
A.
法的な反逆ではありません。
「国家の正統性・権力配置・世界観の重心を、武力ではなく構造操作によって書き換えた行為」を、比喩的にそう呼んでいます。
⸻
Q2. なぜ足利義満とその幕僚団は“反逆”と断罪されなかったのですか?
A.
彼らは「天皇を倒した」のではなく、
「天皇・将軍・仏教・国際秩序・経済の重心を一つの構造に統合した」からです。
壊したのではなく、再設計したため、既存の法体系では“犯罪定義が不能”でした。
⸻
Q3. 具体的に何を再設計したのですか?
A.
以下の五つを同一平面に載せました。
1.天皇制(正統性の源泉)
2.武家政権(暴力装置)
3.宗教(世界観の統合軸)
4.国際秩序(明の冊封体制)
5.経済(勘合貿易)
これらは本来、分離されるべき権威層ですが、義満政権はそれらを一つの座標系に束ねました。
⸻
Q4. なぜ朝廷は排除できなかったのですか?
A.
排除すると自分の正統性も崩壊するからです。
義満は天皇を否定せず、むしろ「天皇を世界秩序の中心に固定する役割」を引き受けました。
破壊者ではなく、増幅器だったのです。
⸻
Q5. なぜ公家は反対できなかったのですか?
A.
生活が安定しすぎたからです。
権力を失ったが、富と秩序を得た。
恐怖と利便性のトレードオフに完全に包摂されました。
⸻
Q6. なぜ武家は従ったのですか?
A.
義満は「武力の正当化構造」そのものを与えたからです。
戦って勝つ者ではなく、
勝った後に“世界が納得する物語”を用意する存在でした。
⸻
Q7. なぜ宗教界は受け入れたのですか?
A.
義満は仏教的世界観の中心軸に自らを置いたからです。
権力者ではなく、「宇宙秩序の調停点」として振る舞いました。
⸻
Q8. なぜ明は日本国王として認めたのですか?
A.
義満は唯一、冊封体制の論理を完全に理解し、
それを国内権力構造と矛盾なく接続できる存在だったからです。
⸻
Q9. では本当に“反逆”だったのですか?
A.
法的にはいいえ。
構造的には、完全にそうです。
国家のOSを書き換えた以上、それは革命以上の行為です。
⸻
Q10. 結論として、この「集団」とは何者だったのですか?
A.
彼らは
王を倒した反逆者ではなく、
王という概念の座標系そのものを更新した構造工学者集団
でした。
罪に問えなかったのは、
彼らが「法の内側で法そのものの意味を変えてしまった」からです。




