補論:鎌倉幕府の外交姿勢
フビライ「会話が成り立たない」
鎌倉幕府「疎通が成り立たない」
一同「いみがわからない」
― 交渉ではなく「存在論的拒否」 ―
鎌倉幕府の対外姿勢は、近代的な意味での「外交」ではありません。
それは構造的に言えば、
外交ではなく
「敵か否かの生存判定」
でした。
1. 鎌倉の世界観:二値論理
鎌倉武士の認知モデルは極めて単純です。
•味方か
•敵か
その中間状態がほぼ存在しない。
交易国家でもなく、宗教国家でもなく、
生存最適化された戦闘ネットワーク国家なので、
•利害調整
•文化交流
•面子外交
といった多値論理を扱う神経構造が育っていない。
2. 朝廷外交との断絶
平安朝廷は、
•冊封
•朝貢
•文化序列
•儀礼秩序
という中国文明型プロトコルで世界を処理していました。
しかし鎌倉は違う。
•冊封? → 意味不明
•勅命? → 現場で生き残る方が優先
•儀礼? → 殺し合いの前に要らない
よって、
元の国書は
鎌倉にとっては
外交文書ではなく
「敵対宣言のノイズ」
にしか見えなかった。
3. フビライの書簡をどう読んだか
元の論理:
「服属か、朝貢か、戦争か選べ」
鎌倉の解釈:
「よく分からんが、
要するに殴り合いを申し込んできた」
だから返答は極めて一貫している:
無視 → 拒否 → 斬首
これは感情的な蛮行ではなく、
プロトコル非互換時の
セキュリティ遮断処理
です。
4. 鎌倉外交の本質
鎌倉幕府の外交原理は一文で言えます。
交渉は
相互生存可能性が前提。
生存を脅かす存在とは
交渉せず排除する。
つまり、
•外交主体:存在しない
•軍事主体:存在する
•国家意識:生存ネットワークとしてのみ存在
これは国家というより
自己保存型戦闘生態系
に近い。
5. なぜ「元と会話できなかった」のか
元は文明帝国として
•序列
•冊封
•朝貢
•世界秩序
を語っていた。
鎌倉は戦闘生物として
•射程
•装甲
•斬撃角
•補給線
を見ていた。
同じ言語を使っていても、
認知層が違う。
6. 結論
鎌倉幕府の外交姿勢とは、
外交拒否ではなく
外交概念の不在
です。
彼らの世界には、
•「対等な国家間交渉」も
•「文明的威圧」も
•「冊封秩序」も
存在せず、ただ一つ:
生き残るか、殺すか。
元が言った「こんにちは」に対し、
鎌倉が返した「死ね」は、
感情ではなく
存在論的応答でした。




