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  作者: 本能寺の変人
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Q&A:承久の乱

Q1. 承久の乱とは何だったのですか?


A.

日本史上唯一、王権(天皇権威)が軍事的に打倒された

「正統性と武力の主従関係が逆転した瞬間」です。


それまでは


正統性(朝廷)>武力(武士)


でしたが、承久の乱で初めて


武力(鎌倉幕府)>正統性(上皇)


が実戦で確定しました。


Q2. なぜ後鳥羽上皇は勝てなかったのですか?


A.

戦力はあったが、構造がなかったからです。


後鳥羽上皇は


・西国武士

・北面武士

・院政財源

・動員令


を持っており、兵力的には決して劣っていませんでした。


しかし欠けていたのは


「恒常的に恩賞を分配する軍事行政ネットワーク」


でした。


一方の鎌倉幕府は


・御家人制

・所領保証

・地縁的軍事動員

・恩賞配分システム


という


戦えば生活が守られる構造


を完成させていました。


Q3. なぜ鎌倉武士は死兵化したのですか?


A.

敗北=全財産没収+一族滅亡だったからです。


承久の乱は


・朝廷が幕府を「逆賊」認定

・勝てば武士階級そのものが消える

・負ければ王権が失墜する


という、


生存を賭けた零和戦争


になりました。


その結果、東国武士は


生き残るために全力で殺す


という「死兵モード」に入りました。


Q4. なぜ朝廷はそんな無謀な賭けに出たのですか?


A.

構造的に、鎌倉幕府がもはや制御不能な別権力になっていたからです。


鎌倉幕府は当初


・朝廷の軍事代行機関

・東国自治政権

・征夷大将軍という令外官


にすぎませんでした。


しかし承久期には


・独自の裁判権

・独自の軍事動員権

・独自の官僚機構


を持つ


事実上の国家


に進化していました。


朝廷に残された選択肢は

1.幕府を認めて象徴化する

2.物理的に破壊する


の二択しかなかった。


後鳥羽上皇は②を選んだのです。


Q5. なぜ失敗すると「王権が折れた」ことになるのですか?


A.

軍事的敗北は一時的でも、

「武力に敗れた天皇」という前例が永遠に残るからです。


承久の乱以後、


・天皇は軍事的最終権威ではない

・武士政権が正統性を保護する側になる

・王権は象徴化へ移行


という構造が固定されました。


Q6. 承久の乱の構造的本質は?


A.


外科手術メスだった源氏政権が、

いつの間にか心臓そのものになり、

旧来の正統性がそれを摘出しようとして失敗した瞬間。


Q7. 一言で言うと?


A.


承久の乱とは、

「正統性が武力を支配する時代」から

「武力が正統性を保護する時代」への

不可逆な相転移である。

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