番外編:休憩室での雑談~令和の怪談ブームを見て・・・~
(収録後の休憩室。モダンなソファが置かれ、大型テレビが壁に掛かっている。4人の作家たちがリラックスした様子で座っている。テーブルには各自の飲み物が置かれている)
(テレビからNHKのニュースが流れている)
テレビアナウンサー:「続いてのニュースです。今、若い世代を中心に『怪談』がブームになっています。SNSでは怪談の投稿が急増し、怪談専門のYouTuberも人気を集めています。さらに、怪談を題材にしたアニメや映画も次々と公開され...」
ポー:「ほう、現代でも怪談がブームとは」
(ポーがワイングラスを片手に、興味深そうにテレビを見つめる)
ポー:「しかし、YouTuberとは何だ?」
八雲:「動画で怪談を語る人たちのようですね」
(八雲が日本茶を啜りながら説明する)
八雲:「私の時代の講釈師のような存在でしょうか。技術は変わっても、怪談を語り継ぐ文化は残っているようで嬉しい」
テレビアナウンサー:「専門家によると、このブームの背景には、コロナ禍での孤独感や、先行き不透明な社会への不安があるとのことです...」
メアリー:「なるほど、社会不安が怪談ブームを生む」
(メアリーが紅茶のカップを置いて考え込む)
メアリー:「私がフランケンシュタインを書いた時代も、産業革命で社会が激変していました。不安な時代に、人は恐怖の物語を求めるのかもしれませんね」
ラヴクラフト:「むしろ逆だ」
(ラヴクラフトがコーヒーを飲みながら反論する)
ラヴクラフト:「恐怖の物語が流行るのは、現実が安全になったからだ。本当に危険な時代なら、わざわざ恐怖を求めない」
ポー:「いや、両方正しいのではないか?」
(ポーが哲学的に語る)
ポー:「現実は安全だが、精神的には不安。その隙間を埋めるのが怪談だ」
(テレビでは若者へのインタビューが流れる)
インタビューを受ける若者:「怪談って、みんなで共有できるじゃないですか。『この話知ってる?』って。それが楽しくて」
八雲:「ああ、これは私の時代と同じですね」
(八雲が嬉しそうに頷く)
八雲:「怪談は共同体を作る。恐怖を共有することで、人は繋がりを感じるのです」
メアリー:「でも、SNSでの共有というのは、少し違う気がしますわ」
(メアリーが指摘する)
メアリー:「対面で語るのと、画面越しに共有するのでは、恐怖の質が変わるのでは?」
ラヴクラフト:「当然だ。デジタル化された恐怖など、薄められた紅茶のようなものだ」
(ラヴクラフトが辛辣に批評する)
ポー:「しかし、ラヴクラフト君」
(ポーが反論する)
ポー:「君の作品も、今では電子書籍で読まれているのだろう?媒体が変わっても、恐怖の本質は変わらないはずだ」
(テレビでは怪談アプリの紹介が始まる)
テレビレポーター:「こちらのアプリでは、GPSと連動して、その場所にまつわる怪談が表示されます。例えば、この公園では...」
ラヴクラフト:「なんと!」
(ラヴクラフトが驚愕する)
ラヴクラフト:「場所と怪談を結びつけるとは...これは興味深い。私の『ダンウィッチの怪』のような、土地に根ざした恐怖を現代的に表現している」
八雲:「日本には昔から、場所にまつわる怪談がありました」
(八雲が説明する)
八雲:「辻に現れる妖怪、特定の橋に出る幽霊...GPS技術は、その伝統を現代に蘇らせているのかもしれません」
メアリー:「でも、便利すぎませんか?」
(メアリーが懸念を示す)
メアリー:「恐怖は、予期しない時に訪れるから恐ろしいのでは?アプリで管理された恐怖なんて...」
ポー:「いや、メアリーさん」
(ポーが身を乗り出す)
ポー:「予告された恐怖にも価値がある。『この先に何かいる』と知っていても、いや、知っているからこそ恐ろしい。私の『早すぎた埋葬』のように」
(テレビでは怪談作家へのインタビューが流れる)
現代の怪談作家:「最近の怪談は、日常に潜む恐怖が人気ですね。コンビニの深夜バイトとか、マンションのエレベーターとか...」
八雲:「ふむ、現代の付喪神ですね」
(八雲が興味深そうに呟く)
八雲:「コンビニやエレベーターが、私の時代の古井戸や朽ちた神社の役割を果たしている」
ラヴクラフト:「表層的だ」
(ラヴクラフトが批判的に語る)
ラヴクラフト:「コンビニの恐怖など...もっと根源的な、存在論的な恐怖を描くべきだ」
メアリー:「でも、ラヴクラフトさん」
(メアリーが優しく諭す)
メアリー:「人々が日常的に接するものに恐怖を感じるのは、自然なことです。あなたの時代には深海や宇宙が未知でしたが、現代人にとってはコンビニの方が身近な謎かもしれません」
ポー:「それに、日常の中の非日常こそが真の恐怖だ」
(ポーが自説を展開する)
ポー:「私の作品でも、平凡な家の壁の中に...いや、これ以上は言うまい」
(テレビでは、怪談ブームの経済効果について報じている)
テレビコメンテーター:「怪談関連の市場規模は年間数百億円とも言われ、出版、映像、イベントなど多岐にわたります」
ラヴクラフト:「商業化か...」
(ラヴクラフトが渋い顔をする)
ラヴクラフト:「恐怖が金儲けの道具になるとは。純粋な芸術性が失われる」
ポー:「君は理想主義者だな、ラヴクラフト君」
(ポーが苦笑する)
ポー:「私も生前は貧乏だったが、作品が売れることは悪いことではない。多くの人に恐怖を届けられるのだから」
メアリー:「問題は質ですわ」
(メアリーが現実的な意見を述べる)
メアリー:「商業化自体は避けられません。大切なのは、その中でも芸術性を保つこと」
八雲:「日本の怪談は、もともと商業的な側面もありました」
(八雲が文化的背景を説明する)
八雲:「夏の怪談会は、暑さを忘れるための娯楽でもあった。芸術と娯楽は両立できるのです」
(テレビでは、VRホラーゲームの紹介が始まる)
テレビナレーション:「最新のVR技術により、360度の恐怖体験が可能に。プレイヤーは実際に廃墟の中を歩いているような...」
ポー:「これは...すごいな」
(ポーが目を輝かせる)
ポー:「読者を物語の中に放り込む。私が夢見ていたことが実現している」
ラヴクラフト:「しかし、想像の余地がなくなる」
(ラヴクラフトが懸念を示す)
ラヴクラフト:「最高の恐怖は、読者の脳内で完成する。すべてを見せては...」
メアリー:「新しい表現方法として可能性はありますわ」
(メアリーが前向きに評価する)
メアリー:「ただし、技術に頼りすぎてはいけません。物語の本質を忘れては」
八雲:「VRで『耳なし芳一』を体験する...」
(八雲が想像して身震いする)
八雲:「平家の亡霊に囲まれる感覚...恐ろしいけれど、興味深い」
(テレビでは、怪談ブームの心理的効果について専門家が解説している)
心理学者:「怪談を楽しむことで、安全な環境で恐怖を体験し、ストレス解消になるという研究結果も...」
ポー:「ほら見ろ!」
(ポーが勝ち誇ったように言う)
ポー:「私が言っていた通りだ。恐怖は浄化作用がある。カタルシスだ」
メアリー:「でも、限度もありますわよ」
(メアリーが注意を促す)
メアリー:「過度の恐怖は、特に子供には悪影響も」
八雲:「そうですね。日本では『ほどほど』という考え方があります」
(八雲が中庸の大切さを説く)
八雲:「恐怖も、適度に楽しむものです」
ラヴクラフト:「適度な恐怖など、温い風呂のようなものだ」
(ラヴクラフトが不満そうに呟く)
ラヴクラフト:「真の恐怖は、精神を根底から揺さぶるべきだ」
(テレビでは、国際的な怪談文化の交流について報じている)
テレビレポーター:「日本の怪談が海外でも人気を集め、逆に海外のホラー作品も日本で...文化の相互交流が進んでいます」
八雲:「これは素晴らしい!」
(八雲が感激する)
八雲:「私が目指していたことが、現代では当たり前になっている。東西の恐怖が交流し、新たな恐怖が生まれる」
メアリー:「グローバル化した恐怖、ですか」
(メアリーが考え込む)
メアリー:「文化の違いを超えて共有される恐怖と、文化固有の恐怖。両方が大切ですね」
ポー:「恐怖に国境はない」
(ポーが断言する)
ポー:「死への恐れ、狂気への恐れは、全人類共通だ」
ラヴクラフト:「その通りだ。宇宙的恐怖の前では、文化の違いなど些細なものだ」
(テレビの特集が終わり、次のニュースに移る)
八雲:「興味深い特集でしたね」
(八雲がテレビから目を離す)
八雲:「現代でも怪談が愛されていることが分かって、嬉しいです」
ポー:「形は変われど、本質は変わらない」
(ポーがワインを飲み干す)
ポー:「人が人である限り、恐怖の物語は必要とされる」
メアリー:「そして、それを語る責任も」
(メアリーが真剣な表情で付け加える)
メアリー:「恐怖を単なる娯楽で終わらせず、何かを考えさせる。それが作家の使命では?」
ラヴクラフト:「理想論だ」
(ラヴクラフトが皮肉っぽく言う)
ラヴクラフト:「しかし...否定はしない。少なくとも、我々の作品が現代でも読まれているということは、何かしらの価値があったということだ」
(4人はしばし沈黙し、それぞれの思いに浸る)
ポー:「ところで、YouTubeというのをもっと詳しく知りたいのだが」
(ポーが急に思い出したように言う)
ポー:「動画で恐怖を語る...面白そうだ」
八雲:「私も興味があります。現代の語り部がどのように怪談を伝えているのか」
メアリー:「でも、画面越しでは、語り手の『気』が伝わらないのでは?」
ラヴクラフト:「そもそも『気』など非科学的だ」
(ラヴクラフトが否定するが、興味はあるようだ)
ラヴクラフト:「しかし...映像技術がどこまで恐怖を表現できるか、学術的興味はある」
八雲:「では、今度みんなで見てみましょうか」
(八雲が提案する)
八雲:「現代の怪談がどのようなものか、実際に体験してみるのも面白いかもしれません」
ポー:「賛成だ!」
(ポーが即座に同意する)
ポー:「批評するにせよ、まず知らなければ」
メアリー:「建設的ですわね」
(メアリーも微笑む)
メアリー:「時代は変わっても、恐怖を愛する心は変わらない。それを確認できるかもしれません」
ラヴクラフト:「...まあ、付き合おう」
(ラヴクラフトも渋々同意する)
ラヴクラフト:「ただし、私の基準は厳しいぞ」
(4人は和やかに笑い合う。時代を超えた怪談作家たちの、奇妙で温かい友情が、休憩室に満ちていた)
(窓の外では、いつの間にか夕暮れが迫り、長い影が伸びている。まるで、新たな怪談が始まる時間を告げるかのように...)




