表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

ラウンド2:恐怖の源泉

(スタジオの照明がさらに落とされ、中央のテーブルに置かれた水晶玉が妖しく光り始める。壁の影が生き物のように蠢き、どこからか水滴の落ちる音が響いてくる)


あすか:「第2ラウンドに入りましょう。今度はより根源的な問いです」


(あすかがクロノスを操作すると、画面に人類の進化の歴史と、各時代の恐怖の象徴が映し出される)


あすか:「そもそも、人はなぜ恐怖を感じるのでしょうか?恐怖の源泉について、みなさんの考えを聞かせてください」


(一瞬の沈黙。4人の作家たちは、それぞれ深い思索の表情を浮かべる)


ポー:「答えは明白だ」


(ポーが断言する。その声には暗い確信がこもっている)


ポー:「恐怖の源は『死』だ。すべての恐怖は死への恐れに帰結する」


(ポーは立ち上がり、蝋燭の炎に手をかざす)


ポー:「この炎が消えるように、我々の生命もいつか消える。その必然性、その不可避性こそが、あらゆる恐怖の根底にある」


メアリー:「ポーさん、あなたはいつも死ばかり」


(メアリーが静かに、しかし力強く反論する)


メアリー:「私は『未知』こそが恐怖の源だと思います。死が恐ろしいのも、それが未知だからではありませんか?」


(メアリーは水晶玉を見つめながら続ける)


メアリー:「フランケンシュタインの怪物が恐ろしいのは、それが未知の生命だからです。科学で生命を創造するという、誰も経験したことのない領域に踏み込んだから」


ラヴクラフト:「シェリー夫人の意見に賛成だ」


(ラヴクラフトが珍しく同意を示す)


ラヴクラフト:「しかし私はさらに言おう。単なる未知ではない。人類の知識の限界、宇宙における人間の無意味さを知ることこそ、究極の恐怖だ」


(ラヴクラフトの目が熱を帯びる)


ラヴクラフト:「深海の底、宇宙の彼方、次元の狭間...そこに潜む存在を知った時、人は自分がいかにちっぽけで無力な存在かを思い知る」


八雲:「みなさんは知的すぎます」


(八雲が穏やかに、しかし確信を持って語り始める)


八雲:「日本には『業』という概念があります。過去の行いが現在に祟る。この因果応報の恐怖は、もっと素朴で、それゆえに根深いものです」


(八雲は目を閉じて続ける)


八雲:「松江で聞いた話があります。ある商人が、貧しい女性を騙して金を奪い、その女性は絶望して井戸に身を投げた。それから毎晩、商人の枕元に濡れた女が立つようになった...」


ポー:「罪悪感による幻覚だ」


(ポーが即座に分析する)


ポー:「私の『告げ口心臓』と同じ構造だ。罪を犯した者が、自らの良心に苛まれる」


八雲:「いいえ、ポーさん。これは単なる心理的な問題ではありません」


(八雲が首を振る)


八雲:「日本人にとって、霊的な存在は実在するのです。西洋的な合理主義では説明できない、もっと原始的な恐怖があるのです」


メアリー:「原始的というより、文化的な違いでは?」


(メアリーが知的な好奇心を示す)


メアリー:「でも、八雲さんの言う『業』の概念は興味深いですわ。つまり、恐怖の源泉は『責任』なのかもしれません」


ラヴクラフト:「責任?」


(ラヴクラフトが眉をひそめる)


ラヴクラフト:「宇宙的な視点から見れば、人間の責任など塵芥に等しい」


メアリー:「また宇宙ですか」


(メアリーが苛立ちを見せる)


メアリー:「ラヴクラフトさん、あなたは人間の感情を軽視しすぎです。恐怖は感情なのです。そして感情は、責任や罪悪感と深く結びついています」


あすか:「興味深い議論ですね」


(あすかがクロノスを操作し、新たなデータを表示する)


あすか:「クロノスのデータによると、現代では『孤独』や『承認されないこと』への恐怖が増えているようですが...」


ポー:「孤独!」


(ポーの目が輝く)


ポー:「まさに私の専門分野だ。『アッシャー家の崩壊』の主人公ロデリックの孤独な狂気。妹との病的な関係。外界から隔絶された館での恐怖...」


(ポーは興奮して語り続ける)


ポー:「孤独は人を内側から蝕む。自分の思考だけが響く静寂の中で、人は必然的に狂気へと向かう」


メアリー:「現代的ですわね」


(メアリーが皮肉混じりに微笑む)


メアリー:「私の時代にもSNSがあったら、フランケンシュタインの怪物はもっと違う形で社会に復讐したかもしれません。承認欲求が満たされない恐怖...」


ラヴクラフト:「くだらない」


(ラヴクラフトが吐き捨てるように言う)


ラヴクラフト:「承認など求めること自体が愚かだ。宇宙は人間を承認などしない」


八雲:「でも、人は社会的な生き物です」


(八雲が優しく諭す)


八雲:「日本には『村八分』という言葉があります。共同体から排除される恐怖。これは死に匹敵する恐怖として機能してきました」


あすか:「なるほど、恐怖の源泉も時代とともに変化するということですね」


(あすかが話題を深める)


あすか:「では、もっと根源的な質問をさせてください。恐怖という感情は、人類にとってどんな役割を果たしてきたのでしょうか?」


ラヴクラフト:「進化論的に言えば、生存のためだ」


(ラヴクラフトが学者らしく説明する)


ラヴクラフト:「暗闇を恐れるのは、そこに捕食者が潜んでいたから。高所を恐れるのは、落下が死を意味したから。恐怖は警告システムだ」


ポー:「しかし、我々が扱う恐怖はもっと複雑だ」


(ポーが反論する)


ポー:「私が描く恐怖は、むしろ自己破壊的だ。『大鴉』の語り手のように、恐怖に魅了され、それに向かって進んでいく」


メアリー:「それは倒錯ですわ」


(メアリーが冷たく言う)


メアリー:「健全な恐怖は、危険を避けるためのもの。でも、あなたの描く恐怖は...」


ポー:「芸術だ!」


(ポーが激昂する)


ポー:「恐怖を芸術にまで昇華させる。それが作家の使命ではないか!」


八雲:「恐怖には別の側面もあります」


(八雲が静かに割って入る)


八雲:「日本では、恐怖は『畏怖』と結びついています。恐れることで、自然や神々への敬意を保つ。恐怖は謙虚さを教えるのです」


あすか:「つまり、恐怖には教育的な側面もあると?」


八雲:「その通りです。怪談は子供たちに道徳を教える手段でもありました。悪いことをすれば祟られる、という教訓です」


ラヴクラフト:「原始的な迷信だ」


(ラヴクラフトが否定的に首を振る)


ラヴクラフト:「現代において、恐怖の役割は変わった。もはや生存のためではなく、実存的な問いかけのためにある」


メアリー:「それには同意しますわ」


(メアリーが意外にもラヴクラフトに同調する)


メアリー:「私のフランケンシュタインも、単なる怪物の話ではありません。人間とは何か、創造とは何か、という問いかけなのです」


ポー:「恐怖は鏡だ」


(ポーが哲学的に語る)


ポー:「恐怖を通じて、我々は自分の内面と向き合う。普段は隠している闇の部分と」


あすか:「皆さんの意見を聞いていると、恐怖には多層的な意味があるようですね」


(あすかがまとめようとする)


あすか:「生存のための警告、道徳的な教訓、芸術的表現、そして哲学的な問いかけ...」


八雲:「そして、忘れてはならないのは」


(八雲が付け加える)


八雲:「恐怖は人と人を結びつける力も持っています。怪談を語り合うことで、共同体の絆が深まる」


ポー:「それは日本的な発想だ」


(ポーが皮肉っぽく言う)


ポー:「私にとって恐怖は、むしろ人を孤立させるものだ」


メアリー:「でも、読者と作家は恐怖を通じて繋がりますわ」


(メアリーが鋭く指摘する)


メアリー:「ポーさん、あなたの作品が今も読まれているのは、読者があなたの恐怖に共感するからでしょう?」


(ポーが一瞬言葉に詰まる)


ラヴクラフト:「共感という言葉は不適切だ」


(ラヴクラフトが割って入る)


ラヴクラフト:「我々が共有するのは、人間の限界を認識する恐怖だ。それは共感というより、共通の宿命だ」


あすか:「では、少し具体的な話をしましょう」


(あすかが新たな質問を投げかける)


あすか:「皆さんが実際に恐怖を感じた体験はありますか?それが作品にどう影響しましたか?」


(一瞬の沈黙。それぞれが過去を振り返る)


八雲:「松江での体験が忘れられません」


(八雲が遠い目をして語り始める)


八雲:「ある夜、古い武家屋敷に泊まった時のことです。障子の向こうに、確かに人影が見えた。しかし、襖を開けても誰もいない...」


(八雲の声が震える)


八雲:「その時感じた、説明のつかない存在感。あれこそが、私が日本の怪談に魅了された原点です」


ポー:「私の人生そのものが恐怖だった」


(ポーが暗い声で語る)


ポー:「母を2歳で失い、養父に愛されず、愛する妻も結核で失った。死は常に私のそばにあった」


(ポーの目に涙が光る)


ポー:「ヴァージニアが血を吐いた夜...あの赤い血の色は、今も私の悪夢に現れる」


メアリー:「私も死に囲まれて生きてきました」


(メアリーが静かに告白する)


メアリー:「母は私を産んですぐに亡くなり、最初の子供も生後まもなく死にました。パーシーも水難事故で...」


(メアリーは一瞬目を閉じる)


メアリー:「でも、最も恐ろしかったのは、バイロン邸での、あの嵐の夜です。皆で怪談を語り合った夜...私の頭に浮かんだ、生命を持つ死体のビジョン」


ラヴクラフト:「私の恐怖はもっと抽象的だ」


(ラヴクラフトが語り始める)


ラヴクラフト:「子供の頃、望遠鏡で初めて土星を見た時の衝撃。あの距離、あの巨大さ、そして地球の小ささ...」


(ラヴクラフトの声が熱を帯びる)


ラヴクラフト:「それ以来、私は宇宙の広大さに恐怖を感じるようになった。人類がいかに無意味な存在か、という真実に」


あすか:「皆さん、それぞれに深い体験をお持ちなのですね」


(あすかが共感を示す)


あすか:「その体験が、作品にどう反映されたのでしょうか?」


八雲:「体験をそのまま書くのではありません」


(八雲が説明する)


八雲:「体験から得た『感覚』を、物語に織り込むのです。あの夜感じた、説明のつかない気配を、読者にも感じてもらいたい」


ポー:「私は逆だ」


(ポーが反論する)


ポー:「体験を極限まで増幅させる。現実の恐怖を、芸術的な恐怖に変換する」


メアリー:「私は体験を普遍化しようとしました」


(メアリーが知的に語る)


メアリー:「個人的な喪失の体験を、創造と責任という普遍的なテーマに昇華させたのです」


ラヴクラフト:「体験は出発点に過ぎない」


(ラヴクラフトがまとめる)


ラヴクラフト:「重要なのは、その体験から導き出される宇宙的な真理だ」


あすか:「なるほど...恐怖の源泉は個人的でありながら、それを普遍的な物語に変える...それが作家の仕事なのですね」


(蝋燭の炎が激しく揺れ、一瞬スタジオが暗闇に包まれる)


ポー:「見たか!」


(ポーが叫ぶ)


ポー:「闇こそが恐怖の源泉だ!光が消えた瞬間、我々は原始の恐怖に立ち返る」


八雲:「いえ、ポーさん」


(八雲が静かに否定する)


八雲:「恐怖は闇にあるのではありません。闇と光の境界、見えるものと見えないものの間にあるのです」


メアリー:「哲学的ですわね」


(メアリーが感心する)


メアリー:「でも、現代の恐怖はもっと明るい場所にもあります。実験室や手術室のような、明るく清潔な場所にも」


ラヴクラフト:「場所など関係ない」


(ラヴクラフトが断言する)


ラヴクラフト:「恐怖は認識の中にある。真実を知った瞬間に生まれる」


あすか:「議論が深まってきましたね」


(あすかがクロノスを確認する)


あすか:「最後に、一つ質問させてください。恐怖は必要なものでしょうか?もし恐怖がない世界があったとしたら?」


(全員が考え込む)


八雲:「恐怖は必要です」


(八雲が確信を持って答える)


八雲:「恐怖は人に謙虚さを教え、見えない世界への敬意を保たせます。恐怖がなければ、人は傲慢になるでしょう」


ポー:「芸術のためにも必要だ」


(ポーが熱く語る)


ポー:「恐怖は最も純粋な感情の一つだ。カタルシスをもたらし、魂を浄化する」


メアリー:「警告としても必要ですわ」


(メアリーが付け加える)


メアリー:「科学の進歩に対する警告、権力の濫用に対する警告...恐怖は良心の声でもあります」


ラヴクラフト:「恐怖は真実だ」


(ラヴクラフトが締めくくる)


ラヴクラフト:「恐怖をなくすことは、真実から目を背けることだ。それは究極の自己欺瞞だ」


あすか:「つまり、恐怖は人間性の本質的な部分である、ということですね」


(あすかが深く頷く)


あすか:「死への恐れ、未知への恐れ、責任への恐れ、そして真実への恐れ...すべてが絡み合って、人間の恐怖を形作っている」


(水晶玉が再び妖しく光り、4人の作家たちの顔に複雑な影を落とす)


(どこかで風が吹き、蝋燭の炎が一斉に傾く。まるで、見えない存在が通り過ぎたかのように)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ