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オープニング

(スタジオは薄暗く、数本の蝋燭だけが揺らめいている。古びた洋館の書斎を模したセットには、世界各国の不気味な仮面や呪物が飾られ、時折どこからか軋む音が聞こえる。中央のコの字型テーブルは黒檀調で重厚感があり、その上には古書や羽根ペン、そして奇妙な水晶玉が置かれている)


(突如、舞台中央に青白い光が差し込み、その中からゴシック調の黒いドレスに身を包んだあすかが現れる。首元には銀の十字架、手には銀色に輝くタブレット「クロノス」を持っている)


あすか:「みなさま、ようこそ『歴史バトルロワイヤル』へ。私は物語の声を聞く案内人、あすかです」


(あすかが歩み出すと、その足音が静寂の中で不気味に響く)


あすか:「今宵は特別な夜...満月が雲に隠れ、風が不吉な唄を奏でる夜。人間の最も原始的な感情『恐怖』について、時空を超えた巨匠たちと語り合います」


(クロノスを優雅に操作すると、画面に世界各地の怪談にまつわる映像が浮かび上がる)


あすか:「恐怖とは何でしょうか?」


(蝋燭の炎が一瞬激しく揺れる)


あすか:「暗闇の中で感じる、名状しがたい気配...」


(どこかで扉が軋む音)


あすか:「理由もなく背筋を走る悪寒...」


(水晶玉の中に一瞬、不気味な影が映る)


あすか:「それとも、自分という存在の根底が揺らぐ瞬間でしょうか?」


(あすかが微笑む。その笑顔は美しくも、どこか謎めいている)


あすか:「今夜は、世界中を震撼させた4人の怪談の巨匠たちに、その答えを聞いてみましょう。まず最初にお呼びするのは...」


(クロノスを操作すると、舞台の右側に光の渦が現れる)


あすか:「明治の日本で、東西の架け橋となり、日本の魂とも言える怪談を世界に紹介した作家。『雪女』『耳なし芳一』『ろくろ首』...今なお語り継がれる名作を残した、小泉八雲さん!」


(スターゲートから、紋付袴姿の小泉八雲がゆっくりと現れる。左目は義眼のため光を反射せず、それが彼に独特の雰囲気を与えている)


八雲:「おや...これは...」


(八雲は周囲を見回し、感嘆の息を漏らす)


八雲:「まるで、私が松江で体験した、あの古い武家屋敷のような...いえ、もっと深い、時間そのものが澱んだような空間ですね」


あすか:「ようこそ、八雲さん。お久しぶりです、と言うべきでしょうか」


八雲:「ふふ、時間という概念が意味を成さない場所のようですから、『お久しぶり』も『はじめまして』も同じことかもしれませんね」


(八雲は静かに席に着く)


八雲:「それにしても、この蝋燭の炎...日本の提灯の灯りを思い出します。揺らめく光こそが、最も雄弁に恐怖を語るのです」


あすか:「さすが八雲さん、もう恐怖の本質に触れていらっしゃる。では、次の方をお呼びしましょう」


(新たなスターゲートが開く。今度は赤みを帯びた不吉な光)


あすか:「19世紀アメリカが生んだ、闇の詩人。人間心理の最も暗い深淵を覗き込み、理性と狂気の境界線上で踊り続けた作家。『黒猫』『アッシャー家の崩壊』『赤死病の仮面』の生みの親、エドガー・アラン・ポーさん!」


(黒いフロックコートに身を包んだポーが、やや前かがみの姿勢で現れる。その顔は青白く、目の下には深いクマがある)


ポー:「なんと...なんということだ...」


(ポーは震える手で額を押さえる)


ポー:「死してなお、このような場に呼び出されるとは。実に皮肉で...」


(突然、鋭い眼光であすかを見据える)


ポー:「実に素晴らしい!」


(ポーは劇的な身振りで周囲を見回す)


ポー:「この雰囲気!この荘厳なる頽廃!まるで私の『リジーア』に登場する、あの呪われた修道院のようだ」


八雲:「ポーさん、お会いできて光栄です。あなたの作品は、私も愛読していました」


ポー:「ほう、東洋の地でも私の作品が...」


(ポーは八雲に近づき、その義眼をじっと見つめる)


ポー:「その左目...興味深い。見えないものを見る目、というわけですか」


八雲:「ええ、失った目の代わりに、別のものが見えるようになったと、私は信じています」


ポー:「失うことで得るもの...実に詩的だ」


(ポーは自分の席に着くが、落ち着きなく指で机を叩き始める)


あすか:「お二人の対話、もう哲学的な深みが感じられますね。では、三人目の巨匠をお呼びしましょう」


(今度は緑がかった、どこか病的な光のスターゲートが開く)


あすか:「20世紀初頭、人類の想像力の限界を打ち破った作家。宇宙的恐怖という新たなジャンルを創造し、クトゥルフ神話で世界中のクリエイターに影響を与え続ける、H.P.ラヴクラフトさん!」


(痩せ型で背の高い、やや猫背のラヴクラフトが現れる。古風な三つ揃いのスーツを着ているが、どこか時代に取り残されたような雰囲気がある)


ラヴクラフト:「ふむ...ふむ...」


(ラヴクラフトは慎重に、まるで罠を警戒するかのように歩を進める)


ラヴクラフト:「この空間自体が、人類の理解を超えた存在の創造物のようだ。ユークリッド幾何学に従わない建築...時間の流れの異常...」


(突然立ち止まり、天井を見上げる)


ラヴクラフト:「あの影の動き...規則性があるようで、ない。まるで、私が夢に見た古代都市ルルイエのようだ」


ポー:「おお、ラヴクラフト君!君の宇宙的恐怖論は読ませてもらった。なかなか独創的だが...」


(ポーが皮肉な笑みを浮かべる)


ポー:「少々、人間味に欠けるのではないかね?」


ラヴクラフト:「人間味、ですか。ポーさん、失礼ながら、あなたは人間に囚われすぎている」


(ラヴクラフトは眼鏡を直しながら続ける)


ラヴクラフト:「宇宙の広大さの前では、人間の感情など塵埃に等しい。真の恐怖は、その事実を認識した時に訪れるのです」


八雲:「興味深い視点ですね、ラヴクラフトさん。しかし、私は人間の感情にこそ、普遍的な真実があると信じています」


ラヴクラフト:「ハーン氏、あなたは東洋の神秘主義に影響されすぎている」


(ラヴクラフトが席に着く際、椅子の肘掛けを神経質に確認する)


あすか:「早くも議論が白熱してきましたね。では、最後の一人をお呼びしましょう」


(純白の、しかしどこか冷たい光を放つスターゲートが開く)


あすか:「19世紀初頭、若干18歳にして不朽の名作を生み出した天才作家。科学の時代に新たな恐怖を提示し、SF小説の母とも呼ばれる、メアリー・シェリーさん!」


(気品ある19世紀のドレスに身を包んだメアリーが、堂々とした足取りで現れる。その表情は毅然としており、知性が感じられる)


メアリー:「まあ...」


(メアリーは一同を見渡し、わずかに眉を上げる)


メアリー:「紳士方ばかりの集まりに、女性は私一人ですのね」


(彼女は優雅に、しかし有無を言わせぬ雰囲気で中央の席に向かう)


メアリー:「でも、それも慣れたことですわ。バイロン卿との怪談競作の夜も、私以外は皆、男性でしたから」


ポー:「シェリー夫人!あなたの『フランケンシュタイン』は、まさに新時代の恐怖の幕開けでした」


メアリー:「お褒めいただいて光栄ですわ、ポーさん。でも『夫人』ではなく『シェリーさん』とお呼びください。私は一人の作家として、ここにいるのですから」


(鋭い視線でポーを見据える)


ラヴクラフト:「シェリーさんの科学的想像力には敬服します。しかし、感傷的な要素が...」


メアリー:「感傷的?」


(メアリーは冷ややかに微笑む)


メアリー:「ラヴクラフトさん、あなたこそ、人間の感情を理解していないのではなくて?創造の喜びと恐怖、親と子の絆、それらを『感傷的』の一言で片付けるなんて」


八雲:「みなさん、まだ席にも着いていないのに、もう議論が始まっていますね」


(八雲が穏やかに仲裁する)


八雲:「それこそが、このような集まりの醍醐味でしょう。異なる文化、異なる時代の視点が交錯する」


(全員が席に着く。メアリーは背筋を伸ばし、ポーは落ち着きなく指を動かし、ラヴクラフトは周囲を観察し続け、八雲は静かに目を閉じている)


あすか:「素晴らしい!もうすでに、恐怖についての異なる哲学が見え隠れしています。では、本格的な議論に入る前に、みなさんに『怪談』というテーマをどう受け止められたか、お聞きしたいと思います」


(クロノスを操作し、全員を見渡す)


あすか:「八雲さんから、お願いできますか?」


八雲:「はい。私にとって怪談は、その土地の魂を映す鏡です」


(八雲はゆっくりと、味わうように言葉を紡ぐ)


八雲:「日本で私が出会った物語たちは、西洋とはまったく異なる恐怖の形を教えてくれました。たとえば、雪女の話。彼女は恐ろしい存在でありながら、どこか哀しく、美しい。この『もののあはれ』と恐怖の融合は、西洋にはない独特のものです」


ポー:「ふん、感傷的な恐怖か」


(ポーが身を乗り出す)


ポー:「私にとって恐怖とは、もっと純粋で、容赦のないものだ。恐怖こそが人間の本質を暴く。理性の仮面の下に潜む狂気、それが私の追求したものだ」


(ポーは拳で机を打つ)


ポー:「『黒猫』の主人公を見たまえ!彼は理性的な人間だった。しかし、内なる狂気に蝕まれ、愛する者を殺し、壁に塗り込める。これこそが人間の真実だ!」


ラヴクラフト:「ポーさん、あなたもまた人間中心的すぎる」


(ラヴクラフトが眼鏡を光らせる)


ラヴクラフト:「諸君は人間の感情や狂気を語るが、真の恐怖は人類など塵に等しい宇宙の無関心さにある。私の描く古き神々は、人間など認識すらしない。蟻が人間を理解できないように、我々も彼らを理解できない。この絶対的な無力感こそが、究極の恐怖なのだ」


メアリー:「まあ、男性の皆さんは、随分と極端ですのね」


(メアリーが涼しい顔で口を開く)


メアリー:「破壊と狂気と虚無...確かに恐ろしいでしょう。でも、私にとって恐怖とは、もっと身近で、もっと責任を伴うものです」


(彼女は全員を見渡す)


メアリー:「創造の恐怖です。新しい生命を生み出し、それに対して責任を負うことの恐ろしさ。フランケンシュタイン博士は、まさにその恐怖から逃げた。そして、その代償を払うことになった」


八雲:「なるほど...創造と責任。それは確かに、現代にも通じる普遍的なテーマですね」


ポー:「しかし、シェリーさん。あなたの怪物は結局、復讐に走った。それは私の描く狂気と、どう違うのかね?」


メアリー:「大きく違いますわ、ポーさん」


(メアリーの声に力がこもる)


メアリー:「怪物は狂ったのではありません。愛されなかったから、愛することを学べなかったのです。これは狂気ではなく、悲劇です」


ラヴクラフト:「感動的な解釈だが、所詮は人間の感情の範疇だ」


(ラヴクラフトが肩をすくめる)


ラヴクラフト:「宇宙の深淵から見れば、愛も憎しみも等しく無意味だ」


八雲:「ラヴクラフトさん、あなたは宇宙の視点を語りますが、我々は人間として生きている。人間の視点を捨てては、物語は成立しません」


ポー:「その通りだ!物語は人間のためにある。人間の恐怖、人間の狂気、人間の美...」


(ポーが熱弁を振るう)


あすか:「素晴らしい議論です!」


(あすかが感嘆の声を上げる)


あすか:「すでに恐怖についての4つの異なる哲学が提示されました。八雲さんの『もののあはれと恐怖の融合』、ポーさんの『狂気としての恐怖』、ラヴクラフトさんの『宇宙的無関心の恐怖』、そしてメアリーさんの『創造と責任の恐怖』」


(クロノスが淡く光る)


あすか:「これから、これらの視点がどのように交錯し、深まっていくのか...とても楽しみです。では、最初のラウンドに入りましょう。テーマは『恐怖の文化的差異』です」


(蝋燭の炎が一斉に揺らめき、影が踊る。4人の巨匠たちは、それぞれの信念を胸に、本格的な議論への準備を整える)


(場面転換の間、どこからか風鈴のような、しかしどこか不吉な音が響き渡る)

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