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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

何歳まで座敷童子って名乗って良いんですかね。(笑)

作者: 麦パン

 私、座敷童子(ざしきわらし)

みんなが想像するような座敷童子は市松人形のようなおかっぱな髪型で着物を着て、手毬をついているようなイメージがあると思う。でも、私は特別身長が高かった。もちろん黒髪美少女であることを念頭に置いてね。

そんな可愛い私は古い日本家屋の中で家を守ってきた。

もちろん、穏やかな生活環境を守るために害虫やら害獣やら変な人間をばったばったやっつけるわけですよ。

でもさ。限界ってあるじゃない? 

私、妖怪な訳だし、天災なんか起きたら家なんか守れやしませんて。

地面が揺れたら成すすべなないし、台風で屋根が飛んでいった時は絶句したね。

ボロボロになった古巣を眺め、静かに涙したあの時の私を誰か慰めて欲しい。


 それとさ、ネットでしか知らないけど座敷童子っていうのはさ、幸運を呼び込むとか色々言われてるじゃない?

そんな期待しないでもらっていいですか。

妖怪ですよ。

なんか、こう恐ろしい妖怪という怪異ですよ。

現代って怖い。過度に妖怪の力を求めすぎてる。舐めるなよ座敷童子のポテンシャルを。

幸運も付与しようとすればできるけど、宝くじの五等が当たったり、ギザ十が見つかったりするぐらいだし。(ギザギザな十円硬貨。最近見ないね)

はい。そんなこんなで愚痴を言ってきたわけですけども。

私が一番気になること。

それは……。

何歳まで座敷童子って名乗っていいんですかね。(笑)

もう、お酒バンバン飲んでますよ。











 ――初夏。とあるアパートの一室にて。

さて、座敷童子に季節は関係ない。

そんな風に考えるバカはこの姿を見て欲しい。

床と同化し、溶けている私の姿を。

キャラもののTシャツと短パンでゴロゴロ寝転がっている座敷童子を刮目せよ!


「……座敷童子って溶けるのね」

「あちぃ~、アイス頂戴~」

「なるほど。乞食でもあったか」


しげしげと眺め、道端の死にかけのセミをつつくように頬を突かれる私。

やめろ。痛くはないがなんか恥ずかしい。

この少女は昔の日本家屋の古巣からの付き合いだ。

……嘘である。

その古巣の何代かわからんが子孫である。

私と同じ様なサラサラの黒い髪を腰まで伸ばした可憐な女子高生だ。

今は土曜の休日。バイト前に暇な私にかまってくれる超絶良い子。守ってあげたい。

たしか名前を……、苔むしたなんちゃら子って名前だったか。


「ま、妖怪からしたらどうでもいいや。んじゃ、ビールが欲しい」

「……今、失礼な事考えなかった?」

「んや、別に。それよりどっちか欲しい!」

「ネットで大量に買った銀のやつ? それなら自分で立ちな」

「私にこの安全地帯から離れろというのか?」

「なら、その扇風機没収。私がこの先独占します」

「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか、それだけは。ご勘弁を」


プライドなど無い。涼しさの前にそんなもの捨てるしかなかった。

五体投地。見事までの謝罪スタイル。

そのままスライドするように冷蔵庫に直行。

立ち上がれば日光が当たってしまう。

そうなれば吸血鬼のように灰になる……訳では無いが、暑い。当たりたくない。

キモっと尊厳破壊の言葉を吐かれてもめげずに目的の物を確保。

冷凍庫から取り出したるはキンキンに凍ったオアシス的アイス。


「あ、あがががががががが」

「ありゃ、当たりか」

「ほがががが?」

「ふむ、説明しよう。それは小豆んバーと呼ばれる伝説のアイスなのだよ座敷ちゃん」


なんだその伝説。私よりも偉い伝説なのか? クソ硬いぞこのアイス。甘いけど。

この鉄みたいな硬さ……まさか!


「ふっ、気づいたようだね。その硬さはモース硬度10を誇るほどの逸材。ま、ダイヤモンドぐらいの硬さよね。さらにその中でも一箱十本入りのうち一本だけ当たりがあるのよ。一見さんお断りの超高密度に分子を圧縮させ作り上げたものがそれさ」

「ばりぼり。つまり、それが人間の限界か」

「しまった、こいつ妖怪だったわ」


 忘れてくれるな。そして、舐めてくれるなよ?

妖怪の顎の力はそのもーすなんちゃらよりも硬い!

バキッ。


「あ」

「いま、凄い音したね」


 はい。調子に乗りました。歯が欠けました。人間のアイス怖い。

なんで皆普通に食えるの? 馬鹿じゃね?


「さて、そろそろ行ってきます」

「もう、そんな時間なの?」

「今日は早番みたい。じゃ、戸締まりよろしく~」

「ふぁ~い」


 時刻は午前7時。

バタン、と閉じられた扉の向こうではカンカンと階段を降りていく音が聞こえる。

言われた通り鍵を締め、戸締まり完了。ふぃー。仕事の早い妖怪ですぜ、私は。

そして、しばしの一人の時間。

外は燦々と太陽がこんにちわ状態。ミンミンとセミが大合唱の騒音状態。

人間ってのは仕事をしなくちゃいけないのが大変そうだ。


「その点、座敷童子って楽よね。いるだけで幸福にしちゃうんだもの。才能ってやつ?」


 自慢げに笑うが誰も居ない。観葉植物くんはいつも黙って聞いていてれる。優しい。


「さて、なら日課をしますか、と」


 引き籠もり妖怪の日課。

それはパソコンの前に陣取り、扇風機の強風を直に浴び、ネットの海をサーフィンすることだ。

おっと、勘違いしないで欲しい。君たちは思い違いをしているはずだ。

妖怪がなぜネットをするのかって? そう思っているはずだ。

ばっっか! 私達妖怪も生きてんだ! どっかのしげるん先生みたいな暗い世界観じゃ娯楽も何もねぇやい!


「さて、『心は凪。余は晴天なり』っと。……なんであの子こんなパスワードにしたの?」


 かなり謎である。私が幼少期より関わってきたから影響を受けているのか?

あの子は昔から大変だった。妖怪以外も見えすぎるから守るのも一苦労だったな。懐かしい。


「んー? おいおいおいおい! 『座敷童子が酒を飲むわけねぇだろ』だって? ふざけんな! 飲ませろ!」


 半年前から私はブログというものを始めてみた。

主に日常生活を座敷童子が暮らしていたらどうなのかというのを日記形式で執筆している。

嘘だと言われても仕方ない。本物なのに皆には見えないのだもの。

いまでは平均10人ぐらい閲覧を貰ってる。

見られると結構嬉しいもので此処最近ハマっている。

でも、このコメントだけは許せねぇ。

今、何歳だ? 酒を飲めるのは二十歳になってからだったよな最近だと。

――まぁ、考えることは良そう。

人間の法律で当てはめたら何十回二十歳という齢を積み重ねてるかわかったもんじゃない。

あぁ、怖い怖い。


「えっと、『座敷童子は年齢可変自由な可愛い美少女系妖怪ですよ』っと。ふぃ~」


 成し遂げた。コメントには必ず返信しているこの私偉い。ひどいアンチは通報定期、と。

美少女だと疑問を持たれたら見せてやりたい。この御姿を。妖怪だからみんなには見えなけどさ。

私はクローゼット横の全身鏡に悩殺ポーズを見せつける。

黒い髪を腰まで伸ばしたボンキュッボンなナイススタイルなこの姿をね!


「……私もあの子みたいに巨乳で生まれたかったな」


 スカスカ。あの子が持つ下着を胸に合わせてみるがストンと落ちる。

ふざけるなよあの家系。なんで全員巨乳なんだよ。遺伝子最強か?

私なんか背だけ伸びた胸のない八尺様みたいなもんだぞ!


「って誰が虚乳やねん!」


ばしっと一人ではしゃぐ。ほらみろ、観葉植物くんは笑ってるぞ。笑えよ。な?


「……暇だな」


 しばらくネットを彷徨って動画の都市伝説系の動画を見てひとしきり肝試しをしたがあまり寒くもならなかった。

そうなると飽きが来て、眠たくなる。

なにかしなくちゃいけないこともあるはずなんだけど、なんだったかな。

……?

はっ!


「あの子、弁当忘れてる!」


 するべきことではなかったと思うがふと顔を上げると、台所の上に可愛らしいピンクの弁当袋が鎮座されていた。

どうすべきか。

まぁ、最悪どっかで食べるでしょ。人間は食べる所に事欠かないしね。


「なら、どうしよっかな~。鳴いてるセミの種類と数でも数えようかなぁ。――あれ、もしかして財布も?」


 おいおい超ドジっ子じゃないですか、やだぁ。

え? 弁当も財布も無いならどうやって生きていくの?

ま、まぁここから歩いて数十分って言ってたから大丈夫。

最近はスマホ決済とかもあるらしいし、大丈夫、大丈夫。

届けになんて行かなくて問題は無いさ。


「うん。わかってた。正直ね。スマホも忘れてるっと。読めてましたよこの展開。この座敷童子ちゃんはね」


 はぁ。まじ? 忘れちゃいかない三点を忘れちゃうか。これ、届けに行かなきゃだめか?

外こんなに暑いのに? 家を守るのが仕事の自宅警備員の座敷童子ちゃんが?


「舐めちゃ困りますよ! 人間のことなんて私知ったこっちゃないですからな!」











 はい。嘘です。人間ご飯が食べれないと普通に死んじゃいます。届けに行かねばならぬのだ。


「ぜぇ、ぜぇ!」


 歩きという無駄な行為で半時間を浪費。

時刻は午前10時半ほど。昼休憩はきっと12時ぐらいだろう。全然間に合うね。

その後急いで駐輪所からチャリを借りて(拝借とも言う。妖怪だから許してね)全力で漕ぎ進める。

進めるのだが。


「なんだっ、この坂! 登れねぇ!」


 妖怪はフィジカルが強いなんてフィクションですよ。

もう足がガクブル。動きやしねぇ。傾斜何度だ? 90度はあるだろ。ふざけんな。

施工者出てこい! 平らにしてやらぁ!


「しょうがない。押していくか……」


 長い、長い坂道を汗水垂らし登り切ると、目的地が陽炎に包まれながら見えてくる。


「にしても、喫茶店ってのはどうしてこんな立地に建てるのか」


 丘の坂を登った先にあったのは小洒落た喫茶店。

SNSでバズリそうでバズらない絶妙な塩梅のお店だ。偏見かな。

ともかく、この中でウェイターだったか、働いてるあの子がいるはずだ。


「おじゃましまーす。うぶっ!」


 座敷童子は影が薄い。だからドアにぶつかるのだろうか。鼻ぶつけた。全然痛い、ふらふらする。

それにいつまで経っても眼の前の自動ドアは反応してくれない。いや、妖怪だからか?

ていうか、こんなにおしゃれなら手動の引きドアにしておけよ! 


「なら、裏口周るか」


直後、ふわっと立ち眩みがする。


「やばっ、なんか限界、かも……」


 ぷつんと意識が、途切れた。











 私の守護霊ともいうのかそれとも代々祖先から引き継がれた守り神的存在なのか。

ともかく一般家庭である邸宅に座敷童子がいるのは私の日常だった。

遊び相手にも喋り相手にもなってくれたがすごく背が高かった。

いまでは同じくらいの160センチにはなったけど子どもの時の私からすればすごく大きかった。


 座敷童子が見えると言った初めの頃は子どもの時、特有のかまって欲しい嘘だと思われていた。

母の家系にそういう存在がいると知っていたらしく父を説得し、両親は信じてくれた。

だが、父方の祖母がこういうのスピリチュアルなものが嫌いだったらしい。

中学生の頃、祖母の妖怪嫌いというか反スピリチュアル精神が顕著に現れた。

用もないの家に来ては私を蔑み、悪口と陰口を吹聴し、私物を隠したり、無くしたり、売ったりもされた。

隠れてやるもので両親も周りもてんで気づきもしなかった。


 私が引き籠もり、暗い顔をしていると座敷童子が私の頭を撫でてくれた。それをいまでもくっきり覚えている。

その翌日、祖母が急にやせ細り、貯金が無くなっていったと聞いた時はスッキリした。

きっと、これは私の家に住まう座敷童子がやったことだ。感謝を伝えても当人は素知らぬフリをするのだが。


 振り返るとなんか複雑だった。

昔からいる姉のような存在が私の代わりに怒って、復讐したみたいな感じだったから。

できるなら私の手で意趣返しをしたかったが、あいにくそれも叶わず祖母は昨年亡くなってしまった。

祖母の遺産相続人は私になっており、そのお金であのアパートの一室を借りている。

私立の学費やら云々も捻出している。が、働くことは楽しいのでバイトをしている。そういう訳だ。


「あの、店員さん?」

「すみません。……アイスコーヒーになります。注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「えぇ」


 コトっと音を立て机に置き、伝票を置く。

戸惑ったように首肯するお客さんを確認して、カウンターに戻る。

……あまりバイト中に考え事はいけないな。

でも、考えてしまうものは仕方ない。

今も家の座敷童子は家で暇しているのだろうか。

紆余曲折あって離れた私立高校に通わせてもらってる私にあの子は、座敷童子は憑いてきた。

理由はわからないが、守らねばとか言っていた。やはり守護霊的なものなのか。

個人的には昔からいる親戚のお姉ちゃんみたいな感じなので嫌な気などしないのだがね。


「京子ちゃん~。そろそろお昼休憩入ってね~」

「あ、はーい」


 休憩室から禿頭のマスターとすれ違いざまに肩を叩かれる。

びくっと思わず反応してしまった。女子校特有の男性経験の無さが招く生理現象だ。

すまぬマスター。いや、二メートル近くある巨漢だからかな。どちらにせよ心のなかで謝罪する。


「驚かせてごめんね。なんか裏口から物音がしたから動物かなにかだと思うけど、近頃犯罪なんかも多いからね。なんかあれば言うんだよ」

「あ、ありがとうございます。――休憩入りまーす」


 キッチン・ホールに声をかける。

……まぁ、マスターと私と高校の先輩しか居ない小さな喫茶店なんだけど一応言っておかねば。


「さて、今日はカレーだぜ」


 昨晩から仕込んだカレー。二つの密閉容器にカレーとご飯を詰めて冷凍。

保冷機能のある弁当袋の中には保冷剤があり効率の良い冷却。食中毒も安心なスタイル。

素晴らしい。


「……あれ、弁当が、ない?」


 記憶を巡らす。座敷童子と談笑をしていてわすれていた。これも夏の暑さのせいか。

夏には魔物が住むとも言うしそれが悪いのかもしれない。


「まぁ、コンビニでなんか買うか……。――財布無い? いやいや、スマホ決済があるしね。うん。スマホもない!?」


 『どうしたのー?』とマスターの声が響くが『なんでもないです』と返答する。

大声を上げてしまっていたらしい。

いや、それはそれで困った。こうなればマスターに言うか。


「ごめんなさいマスター。財布もスマホも弁当箱も忘れてしまって。一旦帰ってもいいですか?」

「うーん。そうだね。平日だし、まだぜんぜん大丈夫だよ。行っておいで」

「ありがとうございます!」


 綺麗にお辞儀をして、制服のエプロンだけ更衣室で脱ぎ捨て裏口のドアノブをひねる。

がちゃがちゃ。

ん? 開かねぇ。なんで。


「女子高生パワー!」


 と小声で力を振り絞るとなんとかドアが開いた。

立て付けかドアの老朽化か。理由は定かではない。まぁ、開いたなら急いで帰ろう。

皆困っちゃうしな。


「って、えぇえええええ!?」

「きゅ~」


 ドアが開かなかったのは老朽化でもなんでもなかった。

まさか、座敷童子がドアストッパーになっているとは。


「んなそんな事を悠長に考えてる場合か私! 大丈夫!?」

「忘れちゃいけねぇぜ。弁当箱、財布、スマホなんてよぉ」

「そんなの取りに帰れるから大丈夫だよ!」

「へへ、人間はさ、食べないと死んじゃうんだ。だから、だから……」

「童子ちゃん……? 童子ちゃん!」


 意識を手放す座敷童子の肩を揺する。だが、意識が戻ることはない。

弁当箱とスマホと財布。それらを急いで裏口近くの植木鉢の影に隠し、家に引き返す。


「大丈夫、大丈夫だよ。人間は結構強いんだから」


 座敷童子を背負うととても軽かった。背丈の割になんでだろう。お陰で運びやすいけど。

背中で唸りながら彼女はただこう言っていた。

行かないで、と。











 私は昔から日本家屋に住んでる座敷童子。

背丈だけ異様に伸びて、魔女の子だなんだと殺されたのかなんだったのか。

忘れちゃった。

けど、今座敷童子に妖怪になってる。だから恨み辛みがあったのだろう。

そんな私の唯一忘れられない記憶。

それがあの子と重なる。

他の昔の記憶はぼんやりしてるけどそれだけは鮮明に思い出せる。


 大きな、大きな戦争があった。

空を空爆機が飛び回り、私の古巣である日本家屋だけは生き延びた。

それが幸運ではなく、不運だということにこの時私を含め誰も気づかなかった。


 空襲から見を守る防空壕と呼ばれるものは簡易的なものだ。

地面を掘ったり、岩盤の山肌を掘削して作ったり、洞窟をそのまま利用したりして、爆風から身を守るだけのもの。

だが、そこは避難場所であって家ではない。

安心して暮らすことなどできないのだ。

だから、衣食住の住を求めたのだろう。

村の中でも比較的大きな日本家屋の古巣には老若男女問わず様々な村人が借り暮らしを始めた。

それが数ヶ月過ぎた時、備蓄していた食料であり当時貴重だった米が盗まれた。

たちまち疑心暗鬼でピリついた空気が場を支配した。

もちろん他の人に見えない私は犯人は誰かをしっかり目撃していた。

でも、この頃の私は物に触ることもできなくて犯人を検挙することも殴ることもできなかった。

この虚しさとやるせなさったら無かった。

そして犯行が頻繁に繰り返された後、家主の娘ならやりかねない。

そんな噂が広がってしまった。いや、犯人達が広げたのだ。

あれよあれよと彼女が犯人にされた。多数決は民意となり、総意になってしまった。

極限状態の戦時の最中だ。

誰も冷静ではなかった。正気ではなかったのだ。


 ……私は結局あの子を守れなかった。

窃盗犯である借りぐらしの村の女と養子にきた共犯者の嫁が彼女を座敷牢に繋いだ。

私の反抗も凶弾も彼らには届かなかった。

養護する村人も彼女が投獄されて食材が盗まれなくなったからすっかり犯人と決めつけてしまった。

見事に犯人達の策略にハマったのだ。

ご飯はもらえず、湿気で生じる雨粒だけが生命製の彼女はみるみる痩せていった。

私は何度も話しかけた。元気づけようとした。ご飯だって持ってこようとした。

全部それは徒労に終わる。妖怪としての力が足りないせいなのかそうかわからない。

でも、このまま彼女を放って置くことはできなかった

何もできなくてごめんね。と。

ひたすらに、謝った。

座敷童子が涙を零そうとも、声を荒げてもこの声は届かなかった。


 刻一刻と命は削られてゆく。

糞尿まみれのその中でさらに体調を悪化させる。

その最後。

彼女の命の灯火が消えかけるその刹那だ。


「……いつも、ありがとう」


 そう消え入るような言葉が聞こえた気がした。

気のせいかな。見えないはずだよね。聞こえてないはずだよね。

私は妖怪だから。

死んでるはずなのに。

死んだらきっとどこかで会えるはずなのに。

ちゃんと話を交わしたかったから。

馬鹿な話でもして笑い合いたかったから。

こう、願わずには居られなかったんだ。


「どうか、行かないで」


骨と皮だけの小さな少女の手を握ろうとする。

でも、掴めやしない。触れることさえできなかった。

こうして、彼女の命は儚く散った。

そこから何が起こったのか私が何をしたのか思い出せない。

どす黒い感情が心の中で蠢いた。

それだけははっきり覚えている。


 言えることはこの古巣の家系だけは豊かになったということだ。

犯人と養子は急死し、村人がこの家系に何も言えることが無くなったということだけだ。

それは畏怖かもしれないし、あるいは私が――。

よそう。この事を知ったらあの子は悲しむ。私は陽気な座敷童子だから。


 ……でも、だからかな。

あの子と喋れると気づいた時。

すごく嬉しかったんだ。

楽しかったんだ。

だから、心配なんだ。

ご飯が食べれないと人間は死んじゃうんだ。

どうか、どうか元気で過ごして。

そして、どうか、どうか。いつまでも生きていて欲しいんだ。



 どうか、向こう側に行かないで。











「んぁ、ここは天国か?」


 妖怪は死んだらどうなるのか。そもそも死ぬのか。まぁ、地獄ではないでしょ。きっと。

それに意識がはっきりしてきた。知ってる天井だ。ふかふかベッドに寝かされている。

掛け時計には15時過ぎを示している。太陽が少し西に傾いている。結構時間経ってるな。

でもおかしい。ここはアパートの一室。あの子の家だ。

私、弁当を届けにいってあの子のバイト先で倒れて。

あれ? なんで?


「あ、起きた! 大丈夫! なんか消えかかってたし、うなされてたし、泣いてたよ!」

「うん。私は大丈夫。っていうかバイトは?」

「早退させてもらった。家族が心配だから」

「ふ~~~ん。そうなんだ。ふ~~~~~ん」

「なに?」

「いや、べっつにぃ~」


 おいおいおいおいおい可愛いぞこいつ。照れてやがりますぜ、奥さん。

事の顛末を聞けばこうだ。

私が忘れ物を届けに行って、倒れて休憩中に忘れ物気づいたこの子が私を見つけて家に返してくれた。と、そういうことだね。

私、貧弱すぎない!?


「というより、座敷童子って本当に家を守ってるんだね。離れると力が弱まるとか?」

「あー、なるほど。それであの急な坂も登れなかったのか」

「え? あの坂登ったの?」

「え?」

「回り道でもっとなだらか所あるよ」

「骨折り損、だと?」


 悲しい。せっかく頑張ったのに。

それより知見が広がった。そうか、家から出たくないじゃなくて、家から出ると死にかけるのか。

なんで自分自身がそんな事を知らないのか。

これじゃ座敷童子じゃなくて、自称座敷童子になっちゃうじゃん。


「それに、あの自転車私も借りたけど、大変だったんだから。私、犯人扱いされたんだから」

「犯人……。――うぅ、ごめんよぉ」

「きゃぁ! なんで泣いてるの! 抱きついてくるな! 暑いじゃん!」

「だって、だって!」


 彼女は知らない。私の過去なんて。話しても無いからね。

でもそれでいいんだ。私が彼女と話せる。触れ合える。それだけで嬉しいんだ。


「それでふと思ったんだけどさ」

「おうよ。ちなみに食費は払えないぜ。妖怪だし」

「そうじゃないよ。もしかして、私の名前って知らない?」

「ぴゅ~♪」

「誤魔化し方古くない?」


 グサッ。心に刺さる。やめろ。私は太古の妖怪ぞ。年齢はご法度だぜ。

でも、確かにそうだ。この子の名前を私は知らない。

いや、覚えたくないというのが正解か。

会えなくなった時、悲しいから。


「はぁ。座敷ちゃんがどんな事をかんがえてるかわからないけど、表情である程度は読み取れるんだよ? 今、過去のこと振り返ってるでしょ? 夢でもうなされてたし」

「うっ」


 表情筋を引き締めるが今更遅いらしい。私の思考なんてバレバレらしい。

だから、もうこの際言っちゃおう。私が昔のあの子と君を重ね合わせてることを。

たどたどしくも、ゆっくりじっくり過去を吐露する。

それをいつものように茶化すこと無く真っ直ぐ目を見て聞いてくれる。

こっちが恥ずかしがって、話しづらくなって、泣きそうになって途中で話を遮っても。

黙って、聞いてくれた。この子はとても優しい子だということを再認識させられた。


「――なんだ。そんな単純なことだったのね」

「単純ってなんだよぉ。結構赤裸々だったんですけど」

「うん。わかってる。私はその子の気持ちはわからない。けど、少なくともお礼を言ってたんでしょう? 嬉しかったんだと思うよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ、きっとね」


 涙ぐむのを隠してか二人揃ってで窓の外を見やる。

夕暮れに空が染まり、ひぐらしが鳴く。

時間は昔からずっと続いていく。きっとそれはこれからも。

胸に手を当て想いを馳せる。でも、今はもうそんなに悲しくない。不思議だ。


「ま、懐かしむのは勝手だし、重ね合わせるのも勝手だけど名前を覚えていたくないのは少し酷くない?」

「むぅ。なら教えてよ。そして私の記憶から消えること無いぐらい鮮烈なインパクトのあるやつをくださいな」

「前から思ってたけど座敷童子が横文字使うのってどうなの?」

「うるせぇやい。妖怪差別はいいから早う。早う」


 敬老というものを知らない現代っ子。あとで説教せねば。

催促する私に仕方ないなぁとつぶやきながらも名乗り口上をやってくれるらしい。ひゅー。流石だぜ。

彼女はしばらくうんうん悩み、夕焼け差し込む西日の窓を背に立ち上がる。


「――私の名は戸家 京子( こけ   きょうこ)! 座敷ちゃんの一番の友だちだよ!」


 腰に手を当て、にししと八重歯を見せて朗らかに笑う黒髪美少女にさすがにキュンと来てしまう。

反則じゃない。

ちょっと涙出てきちゃった。

追いピースするな。可愛いが限界突破するだろうが。


「……京子。京子かぁ」


 名前を呟くたびに胸に染み入るようなそんな感覚がする。

妖怪特有なもんか人間もそうなのかわからない。

でも、悪くない。

悪くないや。


「どう? 忘れられないでしょ?」

「う~ん。これはいい巨乳だ」

「どこを記憶した、おい」


 胸元を細腕で隠し、顔を赤らめる京子を私はケラケラ笑う。

そんな私を彼女は刺すような瞳で睨んでくる。


「なんだよ」

「そういえばまだ聞きたいことあったんだよね」

「なんだよ、もう過去の話も出尽くしたぜ?」

「そこじゃないよ」


 含み笑うように京子はその足取りを軽く、エプロンを腰に巻き付けながら夕飯の支度のため台所に向かう。


「……座敷童子って何歳まで名乗っていいの?」

「おいおいそりゃ禁忌でしょ!」


 きゃーと逃げる彼女を追いかけ、また一日が過ぎる。

何気ない一日。

でも、私はこの子の名前を、存在を、生涯忘れることはないだろう。

それとこれだけは言っておかなければならない。譲れない座敷童子としての矜持をね。


「――知らないのか、座敷童子は何歳でも名乗っていいんだぜ? なんだって妖怪なんだからさ!」

「なにそれ、意味わかんない!」

「ひひひ! 私もわからん! それより酒だ、銀のやつ持っこーい!」

「はいはい、冷えてるやつね」

「うっひょー!」


 ひとしきり笑い合い、夕食を囲む。今日は唐揚げだ。

楽しい日々が夜にじんわり、ゆっくり溶けてゆくのだった。

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