連鎖する悪意
今回は短めです
「で、また犯人はピュニシオン兵だったの?」
「犯人をまだ捕らえられていませんので何とも……」
フィリアの問いに、ウェルリウスがバツの悪そうな声で答える。
雑貨屋襲撃の翌日、フィリアは再びレイフィードの執務室にいた。現状での情報を整理、共有するためであったが、昨晩再び襲撃事件が起きたことで部屋の空気は少し張り詰め、重たいものになっている。
「ただ、現場に居合わせた者の話では犯人たちの言葉にピュニシオン訛りがあったと」
ピュニシオンはルフトの隣国であるため、使用言語は同じである。ただし、微妙に発音が異なるものもあり、ルフト側からすればそれは訛りとして捉えられるのだ。
とはいえ、ピュニシオンは比較的ルフトの発音との差異が少ない方であるのだが。
「グラティアの件も含めてたった三日で……流石に異常だな」
テーブルを挟んで向かい側に座るコンラートが唸り声を上げる。
彼の言う通り、三日で三件も事件を起こすのは何か目的があったとしても普通ではない。それはフィリアも同じ考えだった。
「犯人は私たちがある程度、ピュニシオン兵を手引きした人間を絞り込んでることを知らないはずよね」
「あぁ。そもそも絞り込んだのも一件目の事件が起きる前だからな」
「タイミングがズレていればピュニシオン兵と例の三人をすぐに結びつけることもなかったでしょうし」
コンラートは髭を撫でながら「確かにな」と頷く。
そう、一件目のタイミングは犯人にとっては運が悪かったと言うほかない。しかし、二件目以降に関しては明らかに事を急いている。何か急いだ理由があると考える方が自然だった。
「現状、実行犯たちを手引した者のメリットが見えてこないな」
レイフィードが両袖机に肘をつきながら、手元の資料に視線を落として呟く。
「そういえばフィリア、襲われた店と三人の融資との関係は調べたのか?」
「昨日、城に戻ってすぐにね。二件目の融資元は三人のうちの一人、ロタネフ男爵で三件目がアルマク子爵。一件目は公爵令嬢だったから今回の件とは関係なさそうね」
「三人のうち二人の融資先が襲撃されたとなると無関係とも言い切れなさそうだが……現状何とも言えんなぁ」
フィリアがレイフィードの問いにお手上げのジェスチャーをしながら答えると、コンラートも唸るように溜息を吐きながらソファに座り直した。
目下怪しいとされている三人は融資先が多く、リュレス通りに融資を受けて店を開いた者に絞っても、四割は三人のいずれかに融資を受けている。
そもそも、一度目の人生に存在した銀行の融資とは違い、この世界の貴族側が融資を行うメリットはあまりない。確かに利息収入や信用創造という点においては銀行と同じくだが、確実な返済という点においては疑問が残るからだ。その証拠に平民が興した事業の経営破綻率は六割近い。
それでも貴族たちが融資を行うのは、基本的には国の発展のため。つまりはノブレスオブリージュという貴族の義務を果たすという意識の強さ故である。
「やはり次のパーティーでそれとなく探りを入れるしかなさそうだな」
レイフィードが椅子の背にもたれかかり、椅子の軋む音が鳴る。彼の表情はやはりどこか疲労の色が濃く、思考力が落ちているようにも見えた。この一件にかかりきりのフィリアと違い、彼はこの国の長として様々な案件を処理しなければならないのだから、その疲労も当然のことだろう。
「とはいえ、それまでただ待ってるのは性に合わないわ」
「何をするつもりだ?」
「聞き込みでも襲われた店の再調査でも、やれることをね」
そういった捜査方法があることはドラマや漫画で見たことがある。ただ、それがどういった思考の下で行われているのかは知らないため、無駄足になる可能性の方が高い。それでもじっとしているよりはマシだとフィリアは思った。
「そんな衛兵のようなことまでできるのか」
「その衛兵を動かせないんだから仕方ないでしょ」
身体を伸ばしながらフィリアが答えると、コンラートが「そういえば」とフィリアに訝しげな視線を向けた。
「フィリア嬢、あのダリオという男に妙な肩書を名乗らなかったか?」
「あぁ……皇帝直属調査室所属、特別監察官補だったかしら」
「それ、一時的に本物にしてやろう」
先ほどの視線を一変させ、何かを企むような表情を浮かべ笑うコンラートに、フィリアは疑問符を浮かべる。
「つまり、ある程度の権力を与えてやると言ってるんだ」
「なるほど。私の行動制限の範囲を変えてくれるってことね?」
コンラートの言葉の意図に気付いたフィリアは彼と同種の笑みで返す。
現状の護衛という立場でフィリアが捜査を進めようとすると、彼女は護衛としての制限下でしか動くことができない。このままでは星術の行使一つとっても、先日のような問題が起きかねないのだ。
つまりそこで、フィリアの権力を一時的に皇帝直属調査室所属の特別監察官補としてのものに上書きすることで、その制限を捜査に適したものへと調整してくれる、ということだろう。
「陛下もそれで問題ないだろう?」
「あぁ。今のまま好き放題されると方々から苦情が来そうだしな」
わざとらしく肩を竦めてみせるレイフィードに、フィリアは「気にしないでいいって言ったくせに……」と内心で不満を漏らす。
「ただ、それでも戦闘行為には制限はつくからな。やりすぎないでくれよ?」
「はいはい。襲われでもしない限り大人しくしてるわよ」
ニヤニヤという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべるレイフィードに、フィリアは溜息混じりに顔をしかめて返した。
こうしていると、彼が年齢だけ見ればまだ若いということを思い出す。彼はまだ二十一の青年なのだ。日本であればまだ大学生の年齢の彼に少しだけ同情心のようなものが湧いてくる。
「とりあえず二件目の雑貨屋――ノクテラの調査からね」
「一人で行ってもらうことになるが気をつけろよ」
調査という性質上、セリルを連れて行くわけにはいかないということを考慮した上での心配なのだろうが、それに対しフィリアは鼻で小さく笑ってみせた。
「ありがとう、って言った方がいいのかしら」
「ははは。お前に心配は無用だったな」
皮肉を正しく理解したらしく、楽しげな声を上げるレイフィード。それを聞いたフィリアも、今度は皮肉ではない微笑みを浮かべる。
勢いよく立ち上がり、フィリアは「じゃあ、行ってくるわ」とそのまま部屋を後にした。




