第2話【青の魔法少女 ティアードロップ】 その2「生徒会メンバー」
この日はずっと色々なことを考えていたせいで、授業に集中出来なかった。あの後もちょくちょく未来来の様子を確認していたのだが、変な行動は見て取れなかったし、彼女のカバンにぶら下がってるタヌキは微動だにしないままだ。
そんな風にして過ごしていたら放課後になってしまった。今日の放課後は生徒会の会議があるのだ。オレは生徒会室に向かう。
俺の通う宜野ヶ丘市立第一中学校、通称「宜野一」は全校生徒の数が900人に及ぶマンモス校である。その生徒達の代表でもある生徒会は会長、副会長、書記、庶務の4人体制だ。オレはその中で庶務を務めている。
「それでは時間になりましたので、会議を始めます。進行は不在の会長に代わりまして私、海月が行います」
今日の会議進行を担当する生徒会副会長、海月雪花が宣言する。知っての通り、彼女はオレのクラスメイトで、オレと同じく学級委員も兼任している。
「今日の議題は、明日行われる『宜野ヶ丘こども文化センター』での生徒会ボランティアの活動内容の確認です」
「時間は15時30分から18時まで。17時には定時の体操でお手本係をするんでした…よね?」
オドオドとした口調で確認するのは生徒会の書記、八百万八千代だ。長い前髪のせいで彼女の目元はいつも確認しづらい。紫がかった黒髪のボブカットと、太い黒縁の眼鏡が原因で大人しい印象を受ける。というか実際に大人しい性格で、他の生徒会メンバー3人と違ってハキハキとした口調で話すことは出来ないが、議事録の正確性や字を書くスピード等、書記としての能力は申し分ない。
そしてもう一人。今この場にいない生徒会会長の名前は、天ノ原天君。君付けしてるのでは無く「天君」という名前で、3年生の男子生徒だ。何故不在なのかというと、彼は今、鎖鎌の世界大会に出場しておりブラジルにいるからだ。「鎖鎌の世界大会」という言葉に聞き馴染みの無い人が殆どだと思うが、天ノ原会長は鎖鎌界で「神童」と呼ばれるほどの秀才なのだ。鎖鎌を手にした会長に勝てる人間はいないだろう。故に「校内最強の男」と呼ばれており、その圧倒的な強さをもって、我が校の生徒のトップに立っているのだ。
天ノ原会長が世界大会で優勝するのは確実だろう。だから彼は大会が開かれている5月いっぱい、ブラジルから帰って来られない。その間は副会長である海月が会長の役割を勤める。
「…塔岡庶務?塔岡庶務!?」
「あ、は、はい!!」
海月の呼びかけでオレは我に返る。いかんいかん。授業中の放心は後で勉強すれば幾らでも取り返せるが、生徒会の活動はそうもいかない。責任重大なのだ、注意しなくては…。
「申し訳ございません。少し放心してしまって…」
「塔岡庶務にしては珍しいですね?どうしました?」
八百万書記がオレに問いかける。
「すみません、昨日あまり眠れなくて…」
「体調管理はしっかりしてくださいね。明日は子供達を相手にするのですから」
海月がオレに注意する。
「はい、気をつけます」
素直に謝ってはみるのだが、「オレの立場になってみろよ」と思わず言いたくなる気持ちも無いわけじゃ無い。この世のモノとも思えぬモノを見て、命の危機に直面して、その上で異性の裸を目撃して…。ココまでのことが重なったとき、この品行方正な海月は正気を保っていられるかな?…いられそう、かもしれないな。
「明日のボランティア、天ノ原会長がいないので男子は塔岡庶務だけです。もしかしたら子供達が、会長がやっていたような『持ち上げ遊び』をリクエストするかもしれません」
「え?それはちょっとオレには、文字通り荷が重いです」
オレは正直に言う。「持ち上げ遊び」とは、背の小さい子供が背の高い大人の腕にぶら下がって、持ち上げて貰ったり、そのままグルグル回って貰ったりといった、よくあるアレのことだ。
力のある会長なら、子供が数人ぶら下がる程度は空のビニール袋を持っているのと変わらないだろう。だがオレにとっては違う。オレは10キロ以上のモノを持つことが出来ないくらい非力なのだ。この女子かと見紛うほどの細腕に、重労働を期待してはいけない。
「無理をしてくれ、とは言いません。ただ、子供達のリクエストには出来る範囲で応えてほしいですし、断るときも、優しい口調で丁寧に、を心掛けてください」
海月が優しくオレに言う。
「はい、善処します…」
どうしよう、イッキに明日が不安になってきた。
生徒会の会議が終わって学校を出たときには、時刻はもう17時になっていた。今日はあの「インソムニア」とかいうバケモノを操る集団は来ないのだろうか?まあ来ないに超したことは無いし、そもそもヤツらが定時で来るのかさえハッキリしていない。
いつ来るのか分からない相手に戦々恐々とするより、今日の自分を見直した方が良さそうだ。
今日は一日中考え事をしてしまい、授業にも会議にも集中出来ず終い。良くなかったと反省している。「あんなことがあったんだから仕方ないだろ!」と言い訳して、いつまでも今日のような態度をとっているようでは生徒会メンバー失格だ。
ではどうするべきか?答えは簡単だ。魔法少女やインソムニア以外の事柄に考えを巡らせれば良い。例えば明日のボランティア活動についてとか…
「……ってソレが出来ないから一日考え込んでたんじゃないか!」
昨日の出来事のインパクトが強すぎて、考える対象を変えられないでいるのだ。アレに匹敵するインパクトを持つモノなんて、そうそうは…
「あ、あったわ」
ありました。オレの目の前には昨日立ち寄ったコンビニがあった。
そう、昨日買ったキャラメルプリンアイスバーだ。アレは本当に美味しかった。あの美味しさならば、魔法少女関連のインパクトを打ち消せる。打ち消せさえすれば、明日からの学校での活動にも身が入るというものだ。
「いらっしゃいませ~」
オレはコンビニに入り買い物カゴを手にするとアイスコーナーに向かった。
「1,2,3…」
数を数えながらキャラメルプリンアイスバーを買い物カゴに入れる。10本もあれば十分だろう。1本190円だから、合計1900円か…。まあカードゲームとかを少し我慢すれば大丈夫だな。
「ありがとうございました~」
オレは昨日と同じように、包装のビニールをコンビニのゴミ箱に捨て、アイスバーを食べながら帰り道を歩く。
「うまいな~、うまいな~、うまいな~」
至高の甘さに脳内が支配される。昨日、このアイスを食べている最中にインソムニアと初めて遭遇したこと等は、全て忘れ去ってしまった。作戦成功だな!
「カズノリ!何なの!?そのアイスの量は!!家の冷蔵庫はアンタだけのモノじゃないのよ!」
成功どころか大失敗だったことに気付いたのは帰った後のことだった。母さんの言う通り、こんなに沢山のアイスバーを家の冷蔵庫に入れておくことなんて出来ない。
「アイスのストックは3本まで!明日は燃やせるゴミの日だから、それを超える量はその時に捨ててしまうわよ!」
金を無駄にしないためには、明日家を出るまでにキャラメルプリンアイスバーを6本食べきらなきゃならないってコトか。これはキツそうだ…。