第3話【裏切りは優しく囁く】 その9「インソムハート」
「理由、ですって?」
イナーティの言葉にドロップが反応する。
「その通り!これを見よ!!」
そう叫んでC・ハータックは懐から「インソムジャーを生み出す物体」を取り出した。
「フン、いつものデカブツを生み出すイガイガじゃねえか」
「イガイガじゃあ無いっ!『インソムハート』ってんだ。覚えときな、サブロー少年!」
「へぇ、『インソムハート』ね。やっぱ『ポンイーソー』といい、ちゃんとした名前を知れると会話がスムーズになって良いわぁ」
「ちょっと!オイラをインソムハートと同列にしないで欲しいポン!」
ハータックの持つインソムハートをまじまじと観察するロムに対し、ポンイーソーが抗議する。
「別に何でも良い。どうせデカブツを出したところでオレらには敵わねぇんだ」
「棚田君の言う通り!私達は負けないよ!!」
いや、何かが変だ!サブローとミラクルは気付いてない様子だが、今まで見て来たインソムハートとは何かが違うぞ!オレは改めて、ハータックの持つインソムハートを観察する。
「海月、気付いてるよな?」
「ええ、彼が自信満々なのは恐らくそういうコトでしょうね」
頭脳担当2人の会話とほぼ同時に、オレも違和感の正体に気付いた!
「あ!いつものヤツより大きい!」
発見した答えが思わず声に出てしまった。いつものインソムハートはミカンくらいの大きさなのだが、今日のアイツが持ってるのはリンゴくらいの大きさをしてるじゃないか!
「正解だ!良く気付いたな、少年!」
C・ハータックがオレを指差して褒め称えた。
「いつものより大きいから何だってんだよ」
「おいおいサブローよ。相手のあの自信、油断しない方が良いぜ?」
恐れを知らないサブローにロムが警告すると、
「その通りだロム少年!インソムハートが普段より大きいコトが何を意味するのか、今から見せてやろう!」
そう宣言してC・ハータックは、インソムハートをロープウェイに押しつけた!
「カモン、インソムジャー!」
「まさか、ロープウェイをインソムジャーに!?」
「その通り!このLサイズのインソムハートを使えば、Mサイズでは不可能な大きいモノでも、インソムジャーにすることが出来るのさ!」
その宣言通り、ロープウェイの形はそのままに、腕と足が生え、屋根からは醜悪な顔が生えたインソムジャーが誕生してしまった!
「ちょちょちょ、どういうことポンイーソー?インソムジャーに出来るモノって制限が有ったの?」
ロムがポンイーソーに尋ねる。
「あるポン。インソムジャーを生み出すインソムハートにはサイズがあって、ヤツらが今まで使ってたMサイズだと、以前の桜の木くらいの大きさが限界なんだポン」
そうだったのか!あの日、E・トゥルシーがインソムジャーの素体に選んだ木が小さな個体だったのは、テキトーに選んでたワケじゃなくて、あのサイズが限界だったからなのか!
「それに、ネガーフィールドの効果範囲は侵略尖兵の扱うインソムハートの大きさに比例するポン!Lサイズだとおよそ半径2キロメートルに範囲が広がるポン」
「マジかよ!?初耳なんだが?」
インソムハートの大きさは、敵の侵略の本気度を示すバロメーターってコトか!
「説明タイムは済んだかな?え~っと、ポンイーソー、だったっけ?」
「好きに呼べば良いポン」
そう言ってポンイーソーがC・ハータックと対峙する。
「C・ハータック、ダメ元で一つ訊かせてポン!まだ侵略が初期段階の状態でLサイズを持ち込むだなんて、聞いたことが無いポン!一体何があったポン!?」
「そこら辺は色々事情があってね」
困惑するポンイーソーにC・ハータックが言葉を返す。
「ま、一つ教えられることがあるとするなら、ウチの支部長はロムとサブローの2人を脅威と見なしたってコトさ!Lサイズの運用を許可するくらいになぁ!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛」
ヤツの言葉に合わせるようにして、ロープウェイのインソムジャーがうなり声を上げる。
「聞いたかよサブロー、何だか嬉しいねぇ?」
「知らねえよ。どっち道、叩き潰すだけだ」
「そうだね!ドロップ、ファイン、行くよ!」
「はい!」
「オーッ!!」
5人が戦闘体勢に入る。頑張ってくれ、オレの分まで!
「良い度胸だ!行けぇ!インソムジャー!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
C・ハータックの号令と共に、インソムジャーが足を伸ばした!
プラーン。
「…え?」
そう、その様子は正に「プラーン」という擬態語が相応しいだろう。
「は?」
「あ?」
「ハァ?」
「えっと…」
インソムジャーと化したロープウェイの中にいるトリコロールトリオが、そしてオレ達が、同時に言葉を失った。
「いやいや、ウソでしょ?ねえ…」
あのロムでさえも、そのマヌケな姿に言葉を失っている。
何が起きたかと言うと、だ。インソムジャーがオレ達に蹴りを入れようしたのだが、足が届かずロープにぶら下がった状態でプラーンと揺れるだけで終わってしまったのである。
今にして思えば、ロープから外した状態のカゴを怪物化させれば良かったものを、ロープにぶら下がった状態のまま怪物化させたものだから、動きに大幅な制限が課せられてしまっているのだ。その様子はまるで、洗濯紐に首から吊されたぬいぐるみのようであった。
「お、おい!頑張れインソムジャー!何とかしてこのロープを外すんだ!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
C・ハータックの命に従い、インソムジャーは自身をロープから外そうと試みる。だが健闘空しく、そのデカい図体はプラーンプラーンと揺れるだけなのであった。
「どうなってんだよぉ!?ロープ外すくらいワケ無えハズだろ!?」
苛立ちを見せるハータックの横から、イナーティが外へと飛び降りた。彼女は宙に浮きながら、インソムジャーとロープの接続部分を確かめる。
その後、山頂へと続くロープを確認したイナーティの顔が真っ青になった。
「パイセン、大変っす!コレ、ロープの途中までインソムジャー化してるせいで、体が取り外せなくなってるっすよ!!」
「何だってぇ!?」
「何々、一体何が起こったの!?」
ロムがイナーティに声をかける。
「いくら敵同士とは言え、ソッチだけで話を進めるのは非常識でしょう!?オレ達にも何があったのか分かるように説明しなさいな!!」
「あー、えっと、分かりやすく言うとすっと…」
ロムの言葉に釣られたイナーティが説明をしてくれる。
「ロープが中途半端にインソムジャー化してるせいで、体の一部になってて取り外しが利かなくなってるんすよ!ロープが元のままなら取り外しもヨユーだったんすけど…。あと、ロープ全体がインソムジャーになってんなら、ソレはソレでロープを伸ばしてお前達を攻撃したりも出来んすけど、如何せんインソムハートの効力がロープの途中までしか及ばなかったせいで…」
はぁん、なるほど。いくらLサイズのインソムハートであっても、標高500メートルの山の山頂まで続く長いロープ全体を怪物化させることは出来なかったというワケか。
「え?つまりパイセンが素体選びをミスった…ってコト!?」
「バッ!リカちん、ストレートに言い過ぎっしょ!?」
「うわあ、どうしよう!?支部長から『変な使い方するな』って釘を刺されてたのにぃ!!」
C・ハータックが狼狽える。事情は知らんが、ソッチのミスを庇う道理はオレ達には無い。ご愁傷様でした。
「くっだらねえ。興が冷めたぜ」
サブローはインソムジャーに背を向けてしまった。
「な、何にせよ、コレはチャンスです!」
「そうだね!とっとと浄化しちゃおう!」
「インソムハートが強力な分、一人の浄化技じゃ足りないかもだポン!3人同時に放つポン!」
お、フェアリーティアーズが浄化技を放つつもりだ。やれやれ、すぐに終わって良かった…。
とオレが思った時だった!
「バッカモーーーーーーーーーン!!!!」
突如、派出所を破壊しかねないような大声が響き渡った。
「ロ、ロム君!?」
ファインの言葉通り、突如叫んだ犯人はロムだった。




