第3話【裏切りは優しく囁く】 その3「ロムからのお誘い」
「ろ、ロム…」
「話を聞いていたのですか?」
オレの後ろから海月が顔を出した。
「そうしたかったんだけどねぇ。扉越しだったから正確に聞こえたワケじゃないのよ。とりあえず、お前らが2人きりの状態で風紀を乱してるワケじゃ無いってコトは分かったぜ」
「風紀を乱す、とは一体どういう…」
「いや海月、今の言葉に反応する必要無いから」
オレは海月の言葉を遮った。
「生徒会室に乗り込んで話を聞きたかったところなんだけど…、『関係者以外立ち入り禁止』の文言を破ったコトがバレると、あの妖怪鎖鎌男がうるせえからなぁ」
「妖怪鎖鎌男って、天ノ原会長のコトかよ…」
改めて説明すると、天ノ原会長とはウチの生徒会会長「天ノ原天君」のことだ。彼は今、ブラジルで開催されている鎖鎌の世界大会に出場しているため、6月まで帰ってこない。
「会長にそんな失礼な呼び方をする人は、和野君だけですよ?」
「その的外れな指摘、さては知らないな?妖怪鎖鎌男ってのはオレが考えた呼び方じゃないぞ。会長を憎んでる連中が考えた蔑称だよ」
「その蔑称で会長を呼んだということは、和野君も会長を憎んでるという認識で宜しいですか?」
海月がロムを睨みつける。コイツのことだから、どうせ「呼び方が面白かったから」って理由で呼んだだけなのだろうが、今のは疑われても仕方あるまい。
「いやいや、オレは全然憎んでないけどな!ただ『妖怪鎖鎌男』って字面が面白かったから呼んだだけよ」
やっぱりな。
「でも、校内最強の生徒会長を影で憎んでるヤツが結構いるって事実は知っといた方が良いと思うぞ?」
「はいはい。んで、何しに来たんだ?ただオレらの話を盗み聞きしに来たのか?」
「ノンノン、そんな姑息なことだけをしに来たワケじゃないよ。一つ、提案があってねぇ」
そうしてロムの口から聞かされた提案は、少々意外なモノだった。
「今日の放課後オレん家で、例の6人で話し合いをしたいと思ってさ。もちろん、ポンイーソーも一緒にね」
ロムの言葉を聞いたオレは、咄嗟に海月の方を振り向く。彼女がどう返事をするかが気になったからだ。
「それは、世界平和のため…ですか?」
「モチロンそうさ」
海月のオブラートに包んだ質問に対し、ロムが肯定の返事をする。
「週末の一件を踏まえて、オレとしても訊きたいコトが出てきたんでね。それに、このままじゃマズいんじゃないかと思ってるコトもある。オレの親は夜まで帰ってこないから、それまで色々話をしたり、皆で親睦を深めることも出来るんじゃ無いかと思ったんだけど、どうでっしゃろ?」
海月はロムのことを信用していない。そんな相手からの「家に来ないか」という誘い…。乗り気にはならないだろう。
「良いでしょう。今日は生徒会の活動もありませんからね」
だが、意外にも海月は了承の返事をしたのだった。
「お、良いねぇ。オレん家の場所はカズが知ってるから、放課後に5人と1匹で来てくれや」
と言いたいことだけ言って、ロムはどこかへと行ってしまった…。
オレはどうしても海月の内心を確かめたくなり、軽く確認を入れてみることにした。
「良いのか海月?ロムのこと…」
「信用していない、という考えに変わりはありませんよ」
海月は去って行くロムの後ろ姿を見ながら、小声で答えた。
「ただ、希さんと三佳さんは喜んで誘いに乗るでしょうから、私だけ行かないわけにもいきません。それに…」
そこまで言って、彼女は俺の顔に視線を向ける。
「塔岡君が一緒ですから、問題ありません。貴方は信頼出来る人ですから」
「お、オレが?」
「はい」
オレは狼狽えてしまう。いや確かに、海月はオレのことを信頼してくれているだろう、という自負は会ったし、オレも海月のことは信頼してるのだが、こうして面と向かって言われると何だか恥ずかしい。オレで本当に大丈夫なのか、海月は…?
「何か問題でも?」
そんな風に狼狽えてるオレの様子を見て、海月が眉をひそめる。マズイマズイ、変な心配をさせてはいけない!
「い、いや、何も問題は無いよ!ただ、何かそうやって改めて『信頼してます』とか言われると、ちょっと恥ずかしいかな、なんて…」
「恥ずかしがることは無いじゃありませんか。私と貴方の間柄なんですから」
海月は平然と言葉を返す。そ、そうだよな…。何も恥ずかしがることは無い、か…。
「そ、そうだね…」
と答えて終わるのは何か足りない気がする…、あ!一つ付け忘れてるじゃないか。
「も、モチロン!オレも海月のことは信頼してるからな?」
「ふふ、ありがとうございます」
そう言って微笑む彼女を見て、オレは何故だかドキッとしてしまうのだった。
オレ達の通う宜野ヶ丘市立第一中学校はマンモス校で、全校生徒900人を擁している。校舎も大勢の生徒が快適に過ごせる造りになっており、駅前のショッピングセンターに引けを取らない大きさである。故に、校内には人通りが少ない箇所も多々存在し、生徒は各々マイスペースを見つけてプライベートな時間を過ごしてるワケである。
カツアゲ等の問題行為を働く生徒も中には存在するので、生徒会では出来る範囲でそういった場所を認知し、定期的な見回りも行っている。
そんなワケだから、オレも校内の人通りの少ない箇所は熟知している。昼休み、オレとロムは人がなるべく来ない所へサブローを連れ出した。週末に行われた実験内容と未来来の秘密を教えるためである。
「…そんなカンジだったワケよ」
「そうか」
サブローはオレ達の報告を怒るでも無く、腕組みをしたまま最後まで聞いていた。
「別に誘わなくて良かっただろ?お前がアソコにいたら絶対怒っただろうからな」
ロムの問いかけにサブローが頷く。
「ブチギレ不可避だな。その頃オレはマスクド・フォービドゥンの試合を見てたから、ジャマをしなかったのは正解だ」
マスクド・フォービドゥンとは、サブローお気に入りのプロレスラーである。バラエティ番組でお笑い芸人に罰を与える役でよく出てくるので、プロレスに詳しく無いオレでも知っている。サブロー曰く「生ける伝説のマスクマン」らしく、彼の試合から技を盗んで、己の強さに磨きをかけているのだそうだ。
「あー、未来来に食らわせた延髄斬りもソコから来てるんだったな」
「そうだ」
「まあ、その延髄斬りに関して怒らなかったのも、そういった秘密があったからなワケよ」
「はぁん、オレはてっきり未来来がマヌケなだけだと思ってたんだがな」
「お前なぁ、ヒドいぞその言い方は」
一方的な被害者である魔法少女をマヌケ呼ばわりするサブローにオレは抗議の声をかけてみるが、
「フン」
この声がコイツに刺さらないことは知っている。もう、立場上やってるだけの形式的な抗議である。
「ままま、そんなカンジでね。未来来をまた誘うと約束しちゃったワケだし、さっそく今日の放課後、オレの家で6人集まって親睦を深めようとしてるのよ」
「今朝の提案、そういう意図があったのか?」
ロムがああいった真剣な約束については破るような男で無いことは理解していたが、こうも早く実行に移したのは少し意外だった。まあ、約束を守るコトだけが目的で無いのは余裕で察せられるのだが…。
「カズ君、左様。つーワケでサブロー、お前も来いよ!今日は部活も休みだからな!!」
「来なきゃならんか、ソレ?」
気怠そうに問いかけるサブローだが、
「お菓子もジュースもたくさん用意しとくぞ」
「フン、仕方ねーな」
ロムの安いエサに釣られアッサリ了承した。
一応言っとくと、サブローはチョロい人間では決して無い。彼の中では9割方行く方向に心が決まっていて、「行かなきゃならんか?」という質問も、先のオレと同じく形式的な抗議だったのである。長い付き合いだから、その辺は分かる。
「んじゃあ決定だな!オレは先帰って準備してるから、魔法少女のエスコート頼むぜ!!」
こうしてオレ達はロムの誘いに乗ることになった。ロムの真の目的は分からんが、6人の親睦を深めたいという目的もあるのは事実だろう。この目的を達成するべく、オレは皆を導いていかなければならない。




