第3話【裏切りは優しく囁く】 その2「待ち構えていたモノ」
「い、良いのか?海月…」
海月の判決を聞いたオレは、思わずそう聞き返す。
「あの日、塔岡君と和野君が帰宅した後で、希さんから話を伺いました」
そうだったのか。あの日、オレとロムは仲良く女子トークをしてる3人を残して、先に帰宅していたのだった。
「私は希さんが心の底では傷付いているのではないかと思い、探りを入れてみたのですが、そんなことはありませんでした」
「そ、そうなのか?」
「和野君と楽しく散歩出来た、トランプや花札の遊びを教えて貰ったと上機嫌でしたよ。パクチーに関しても『アレは食べれなかったけど良い思い出になった』と」
「でも、そこら辺も全部、ロムの実験だったワケで…」
「曰く『実験されてると聞かされた時はビックリしたけど、私は怒りの感情がよく分からないから、何を実験されてたのかもよく分からなかった』とのことです。どうも、希さんの怒りの感情が希薄なのは事実な様ですね…」
「じ、じゃあ、海月はオレを許してくれるのか?」
オレが思いきって尋ねてみると
「被害者であるハズの希さんが気にしてないのですから、私が塔岡君を責める理由はありません」
海月は微笑みながら、そう答えてくれた
「先に言った通り、実験に付き合ったこと自体は善行では無いでしょうが、塔岡君にも『友達付き合い』というモノがあるでしょう?」
「あ、ああ…」
「そんな友達付き合いですらも全て正しくあれ、とまでは私も言いません。そもそも肝心の実験内容も、友達に仕掛ける細やかなイタズラレベルでしかありませんでしたし…。そして何より、希さんは和野君が『また誘ってやる』と約束してくれたことを嬉しく思っていましたから」
「アイツ、ホントに慕われてんだな」
「私としては、あまり望ましいとは思ってないのですがね…」
「えっ」
思わず驚きの声が漏れてしまう。海月がロムを好ましく思ってないのは知っていたし、「またお前を誘ってやる」発言を信用してないであろうとも思っていたが、この流れで唐突に彼女個人の否定的見解が出てくるとは思ってなかったからだ。
「あっ!す、すみません…!思わず本音が…」
海月が珍しく動揺している。本音が無意識にポロリしてしまったのは間違いなさそうだ。
「すみません塔岡君、今のは聞かなかったことにして貰えないでしょうか?」
「あ、そ、そんなに気にしないでイイよ!前も言ったけど、オレはロムが悪く言われてたとしても、それは自業自得だと思ってるからさ」
「塔岡君はそれで良くても、私としては良くないのです!生徒会メンバーとしても、学級委員としても…」
「別に公の場で言っちゃったワケじゃ無いんだから…」
「とりあえず!今のは聞かなかったことにしてもらって、お互いにチャラということにしましょう!」
「そうだね、それが良いね」
オレは海月の言葉に賛同する。オレも罪悪感を引きずらなくて済むし、好都合だ。
「すみませんでした。どうも、塔岡君の前では自分の本音がつい口から出てしまうみたいで…」
「信頼されてる証だと受け取っておくよ。ところでさ…」
話に区切りを付ける意味も含め、オレは気になっていたことを海月に尋ねてみることにする。
「海月も嫌いなの?パクチー」
「あっ!そ、ソレは…」
海月が動揺しているのを見て、遅まきながら触れてはいけないことだったと気付いた。
「あ、ご、ゴメン!聞いちゃいけないことだったよな?」
思えばあの時、インソムジャーのパクチー攻撃を食らい苦しんでいた彼女から「見ないで下さい」と懇願されたではないか!何故蒸し返すようなことを言ってしまったのか…。相手の弱みを敢えて持ち出してからかうとか、そういう間柄では無いのだ、オレと海月は!
「い、いえ、私の方こそ、あの日は不甲斐ない姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした!」
海月が頭を下げた。
「どうもパクチーのような、強烈な香草類は苦手なのです…」
「ああ、オレもそうだよ。紫蘇とか大の苦手だしね」
「塔岡君もそうなのですか?」
「ああ、うん」
オレと苦手なモノが一緒だと知った海月の顔がほころんだ。
「良かったです。塔岡君が幻滅していたらどうしようかと…」
「いやいや、そんくらいで幻滅するほど他人に厳しくないよ、オレは…」
ここはもう一つ、オレの嫌いな食べ物でも暴露して場を和ませるか。
「オレさ、雲丹もダメなんだよね。あの独特の味がどうも…」
「あ、私は雲丹は嫌いじゃ無いんですが…」
「あ、ああ、そう…」
要らない話だったかもしれないな。
「あの、私からも一つお訊きして良いですか?」
しらけてしまった場を戻したいが為か、海月から質問が投げかけられる。
「和野君が希さんを怒らせる実験をした、ということはつまり、彼は希さんに対して違和感を最初から持っていた、ということですよね。どの位まで、そこから推理を進めていたのでしょうか?」
「逆に訊きたかったんだけど、海月はその、今まで違和感に気付かなかったの?未来来が全然怒らないことについてさ」
「違和感が無かった、と言ってしまえば嘘になります」
平静を取り戻した海月が答えた。
「ただ、私や三佳さんは、希さんを友達だと思ってますから、フィルターがかかってしまっていたのです」
「フィルター?」
「希さんは良い人だ、という無意識の思い込みです。あ、いえ、希さんが良い人なのは間違いないのですが、私が言いたかったのは『希さんは理不尽に暴力を振るわれても許してしまうほど良い人』という過剰な持ち上げをしてしまったということです」
「じゃあ、そのフィルターが外れたのは?」
「やはり…、アソコで和野君に指摘された時ですね」
思い返すようにして海月が言った。
「棚田君からの暴力までは無理矢理納得出来ても、インソムニアへの対応に関しては納得が出来ません。己の故郷を侵略されて此方に来ているというのに、あんな態度を取れるなんて…。言われてみればおかしな話でした。指摘されるまで気付かなかったのが不思議なほどです」
「いや、実はオレもさ、ロムに指摘されるまで、ソコの違和感に気付けなかったんだよね」
まあオレの場合は実の所、「ピンク色の魔法少女は敵組織に対してああ接するもの」という馬鹿げたフィルターがかかってたのが原因なのだが、そこまでは伝える気にならなかった。
「先の質問に戻りますが、和野君はどこまで気付いていたんでしょうか?」
「最後に『未来来にも僅かな怒りの感情がある』と判明した時に驚いてたけど、そこ以外は全部お見通しだったと思うよ」
あの日のロムの発言を思い出しつつ、オレは海月の疑問に答える。
「あの日はオレに解答役を譲ってくれたけど、本来ならロムが、あの場面でオレの言ってたコトを全て話してたんだと思う。アイツの頭の中では、実験を開始する前からあのロジックが出来上がってて、実験は自説を確かなモノにするため行われてたんだよ」
「最初から分かってた、ということは、希さんが彼にしか見せてない一面でもあったのでしょうか?
「多分、そんなことは無いと思う。サブローに延髄斬りされても怒らなかった件と、インソムニアに対する態度、この2つの違和感を切っ掛けに推理をしていったんだ」
ロムがサブローに対して放った言葉を、オレは不意に思い出した。
「お前らとオレの見ていたモノには大差が無い。『未来来には怒りの感情が無いんじゃないか』という発想が、お前らに無くてオレには有ったってだけの話なんだよ。…とかロムなら言うんだろうね」
「和野君はやはり…、一筋縄ではいかない厄介な人間ですね…」
「ああ…」
なるほど、そう来るかあ。海月はロムに対する猜疑心を、より強くしてしまったようだな。
そう思いつつ、オレは時計を見る。朝のHR開始まで10分を切ってるな。そろそろ、教室に向かった方が良い。理科の時間みたいに、ロムに茶化されるのもシャクだしな。
「海月、そろそろ教室に戻らないか?」
「あっ、もうこんな時間ですか。そうですね、戻りましょう」
その返事を受けてオレが生徒会室の扉を開くと、そこにヤツがいた。
「おお、やっぱいたか!カズ、それに海月もな!」
ウワサをすれば何とやら。ロムが生徒会室の前で待ち構えていたのだ。




