第2話【未来来希の謎】 その11「塔岡一典の推理」
未来来は「怒りの感情が無い世界」の出身。それが、オレの導き出した答えだった。
「えっと…」
未来来が返す言葉に迷う中、海月と有原は当然、困惑のリアクションを見せた。
「希さんの住んでいた世界が…、『怒りの感情が無い世界』…?」
「そ、そんな世界なんてあるの!?」
「三佳さん、平行世界は数え切れない数あるそうです。感情をエネルギーに出来る世界や、ポンちゃんさんみたいな姿の人間がいる世界もあるのですから、怒りの感情が無い世界が存在しても不思議ではありません」
「た、確かにそうかもだけど…」
「気持ちは分かります。希さんがそんな世界の出身だとは…」
二人が戸惑う一方、未来来を怒らせる実験の首謀者たるロムは、
「おお、自信満々な態度に相応しい見事な推理!オレと同じ結論に辿り着くなんて流石だよ」
と感心した様子を見せた。
「オレと同じ、って…」
そう言って、海月がロムの方を振り向く。
「和野君も希さんの世界を、そうだと…?」
「おう!未来来のサブローやインソムニアに対する反応から、オレはそう仮説を立てたのよ。んで、ソレを証明するために今日、行動に移したってワケ」
そう言ってロムは、今日の未来来との行動を、海月と有原に順を追って説明した。
「…んで、ソコでインソムニアが現われたってスンポーよ」
「その実験に、塔岡君も参加してたんですか?」
海月がオレに視線を向けてくる。おおう、そのジト目、なんだかクセになっちゃう…ってそうじゃない!このままじゃ彼女からの信頼を失ってしまう!なんとか弁明せねば…。
「海月、カズはオレが無理矢理呼び出したんだ。責めねえでやってくれよ」
オレがアタフタしてた所で、ロムが真実を海月に伝えてくれた。
「そうなんですか、塔岡君?」
「ああ、うん。オレも今週の復習を家でしてたんだけど、ロムに呼び出されてね」
「そう考えるとオレ、ポンイーソーと立場は一緒だな!」
「ちょっとロム!自分の実験に巻き込むためにカズノリを呼び出したお前と、世界を救うために雪花達を呼び出したオイラを一緒にしないで欲しいポン!」
「ハッハッハ、悪い悪い」
抗議をするポンイーソーを、ロムは軽く受け流す。
「オレと未来来しかいない場で実験をしても何の意味も無いだろう?ポンイーソーは別世界の出身だしな。オレの実験の成果を示すにはどうしても、この世界出身の第三者が必要だったんだよ」
ロムが海月に目を向ける。
「海月、お前を呼んだら実験に間違いなく反対してただろ?」
「無論です」
海月の答えを聞いたロムは、今度は有原に目を向ける。
「有原、お前も友達の未来来を怒らせる実験になんて協力したくないだろ?」
「それは…、確かにそうかもだけどぉ」
有原が口惜しそうに言葉を返す。ロムと一緒に休日は過ごしたいけど、友達である未来来を怒らせる実験に協力はしたくない。そんな相反する思いが、彼女を悶々とさせているのだろう。
「で、サブローはお前らも知っての通り短気なヤツだ。オレの実験に協力する姿勢は見せるだろうが、退屈なトランプ談義や花札談義をガマン出来るとは思えねぇ。そう考えると、残された選択肢はカズしか無かったんだよ」
「そうでしたか…」
海月は納得した様子で、ジト目の視線をオレから外した。オレはホッと胸をなで下ろす。
こういう時、ちゃんとフォローしてくれるのがロムの男らしい所なんだよな。…まあ、「全ての元凶コイツじゃん」って言われたらフォローは出来ないが。
「で、わざわざ実験をしたのは、未来来の中に元々『怒り』の概念が存在しないって前提で動いてたからなんだよ」
「なるほど…」
海月が頷いた。「怒り」の無い世界に生まれた人間の中には「怒り」の概念そのものが無い。そんな人間に「君に怒りの感情はあるの?」と尋ねても理解して貰えない。そんなロジックを「ぽめみ」の話をわざわざ出さずとも、彼女は理解出来るのだ。
「和野君が実験を行った理由は分かりました。いや、正確には分からないのですが…」
海月の言いたいことは分かる。実験を行わなければ未来来に怒りの感情が無いことを確かめられないとしても、実際に行動に移すかは別問題だからだ。彼女がロムの立場なら迷わず、実験を行わない道を選ぶだろう。
「とりあえず話を進めるためにも、そこについては今、不問としましょう。ですが、そもそも何故、希さんの世界に怒りの概念が存在しないという結論になったのですか?」
「そうだよ!希ちゃんだけが特別怒らない人だったって話でも良いはずなのに…」
この質問は予想できていた。オレは用意していた説明を始める。
「その結論に至ったのには、2つの大きな材料があったんだ」
そう言ってオレは人差し指を立てる。
「まず1つ目は、ポジバイタルとネガバイタルについてだよ」
「えっと…、三佳達フェアリーティアーズが使ってるのがポジバイタルで、インソムニアが使ってるのがネガバイタルでしょ?」
「うん。そのことを踏まえて、オレ達が抱く色々な感情が、どちらに属するかが問題なんだ」
「ああ、なるほど…」
「ええ!?雪花ちゃん、今の話で分かったの?」
有原が海月に驚きの視線を向ける。
「ええ。でも、説明は塔岡君に任せましょう。私と違って彼は事前に説明の準備もしていたでしょうし…」
そうパスを出してくれたので、ありがたく説明を続けさせて貰う。
「ここで問題になるのはモチロン、怒りの感情だよ。怒りの感情がポジバイタルとネガバイタルのどちらに属するか…」
「ネガバイタルなんじゃないの?」
そう返す有原に、ロムが哀れみの視線を向ける。
「だったら有原、サブローに未来来をバカにされた後で2人が急激に強くなったのはどうしてかな?」
「あっ…!」
「答えは、怒りの感情がポジバイタルに属するから、なんだよ」
そうオレは結論づけた。ロムから提示された喜怒哀楽の分類問題の答えがコレなのだ。
「『怒り』って言葉自体には良いイメージが湧かないかもだけど、考え方によっては『相手に反撃したくなる感情エネルギー』と捉えるコトも出来るでしょ?サブローに怒りを抱いた時の感覚を思い出してみて?」
先の戦いでロムに対して怒りの感情を抱いた時の感覚を思い出しながら、海月と有原に問いかけてみる。
「…確かに、そうですね」
「三佳達、希ちゃんを馬鹿にした棚田君にやり返そうと必死だったもんね」
2人の賛同を得られた所で、オレは説明を続ける。
「ネガバイタルが不安とか絶望とか、後ろ向きな感情エネルギーなのだとすると、怒りの感情は前向きなポジバイタルになるんだよ」
ここまで説明した上でオレは再度人差し指を立てた。
「ここまでのコトを踏まえて、もう1つ。大きな材料となったのが未来来の言った『とある言葉』だったんだ」
「私の?」
今まで黙って話を聞いていた未来来が反応する。彼女にしてみれば今オレ達がしてる話は「怒りの感情を持つ世界の住人が同胞を納得させるための話」だから、無闇に割って入ろうとしなかったのだろう。
「フェアリーティアーズについてオレ達男子が説明を受けてた時、未来来は『私達の世界にはフェアリーティアーズの素質がある人間が少なかった』って言ってたよね?」
「うん。ポンちゃんからそう聞いてたから…」
「カズ、その点に関しては間違ってないポンよ」
ポンイーソーが太鼓判を押してくれた所で、オレは結論を下す。
「何故、未来来の生まれた世界でフェアリーティアーズの素質がある人間が少なかったのか?答えは、ポジバイタルの一つである怒りの感情が無い世界だから。コレが、オレが導き出した答えの全てだよ」




