第1話【ピンクの魔法少女 ティアーミラクル】 その5「変身!?」
無気力状態となって通りに倒れ込む人々。皆を救える人間は自分だけ…。現状を理解したオレは呆然とする。
この現状を作り出している「ネガーフィールド」を止めるにはどうすれば良いか?そんなのは決まってる。作動させた本人であるハータックに止めて貰う他無い。RPGじゃあるまいし、大元から離れた場所に解除スイッチがあるハズも無い。だがハータックの側には「車両通行止め」の道路標識から生み出された、高さ5メートルほどのバケモノがいる。あんなのに襲われたら間違いなく死んでしまう。話し合いで何とかするのは…無理だろうなぁ。バケモノを生み出す力を持ったヤツが、オレみたいなヒョロガリの嘆願を聞くワケが無い。
じゃあ知らんぷりして家まで帰るか?と訊かれたらオレはNOと答える。そんな無責任な行動を取ることはオレには出来ない。
「助けを呼ぶしか無いか…?」
ロムとサブローの顔が思い浮かぶ。2人は今、学校のグラウンドで部活に励んでいるハズだ。アイツらならあのバケモノを何とかしてくれるのでは無いか?そう思ったのだが…、行動に移せなかった。
あの超人的な身体能力を持った2人が他の人と同じように倒れ伏している姿を見てしまったなら、オレは今度こそ絶望してしまうだろう。そんなハズは無いと思いながらも、どうしても確認する勇気が持てなかった。
だったらもう…
「自分で…何とかするしかない!!」
そう決心した。頭ユルユルなトリコロールトリオ(3人の髪色から今しがた命名)のことだ。うまく誤魔化して「ネガーフィールド」を止めさせることが出来ないワケじゃ無いかもしれない。
勇気が霧散しないうちに、オレは現場まで足を進める。土下座か?土下座だな。スライディング土下座だ。おだてて、おべっか使って、何とか解除まで持ち込むのだ。この状況ではプライドなんて無用の長物だ。
そう考えながら、あと角を一つ曲がればバケモノが眼に入るという所まで来た時のことだった。
「やっぱり現われたね!『インソムニア』!!」
誰かの大声が聞こえた。この声、トリコロールトリオじゃない。だが聞き覚えのある声だ。
「み、未来来…?」
聞こえた大声は、今日ウチのクラスに来た転校生「未来来希」の声で間違いなかった。
「うっわスゲー!!パイセンの言った通り!!」
イナーティの興奮した声が聞こえた。オレは通りの角から様子をコッソリ窺う。まだオレが戻ってきたことはバレて無いハズだ。
「言ったろ?このまま『インソムジャー』出しときゃあ、『フェアリーティアーズ』の方から現われるってよぉ」
「さっすがパイセン!!」
後輩2人にドヤ顔するハータック。ヤツの側には例のバケモノ、そしてそのバケモノから2メートルほど離れた場所に転校生の未来来が立っていた。
「ヤツら、もう『ネガーフィールド』と『インソムジャー』を出してる!」
「オイラ達がいることがバレてたポン?」
聞いたことの無い声が耳に入る。未来来の周りを観察して、その主が判明した。
体長40センチほどのタヌキのぬいぐるみ…としか表現のしようが無い。動物園で売られてるリアルな造形のタヌキじゃなくて、女子が可愛がるために作られたデフォルメ状態のタヌキのぬいぐるみが彼女の側でフワフワと浮きながら喋っている。異様な光景だが、オレはもうその程度じゃ驚かなくなってしまった。
「そうじゃねえよ。ついさっきまで人がいてな。ソイツを追っ払うためにちょっとね」
「力を持たない一般人にインソムジャーを!?」
「いやいや、んな乱暴なことしねーって。ビビらせてやろうと思っただけさ。実際にコイツを見せたらフツーに逃げてったし」
「善い人ぶって!ネガーフィールドで皆から『ネガバイタル』吸ってる時点で悪人だよ!」
叫ぶ未来来に対し、ハータックは口笛を吹きながら余裕の表情だ。
「ヒュー、キビシーねぇお嬢ちゃん」
「キビシーっつーか、ナマイキー」
「やっちゃえ!パイセン!」
「来るポン!希、変身ポン!!」
ぬいぐるみが叫んだ。
変身…だと?
「うん、ポンちゃん!」
そう応じて未来来はカバンから、ピンク色の丸い宝石が付いたブローチを取り出した。
最後の自慢になるが、オレは視力が良い。裸眼で2.0以上ある。オレのいる場所から現場までは100メートルほどの距離があったが、様子をしっかり観察することが出来た。
そしてこの後すぐ、オレは自分の視力に感謝することになる。
「オープン・アイズ・メタモルフォーゼ!!」
そのかけ声と同時に、宝石から強烈な光が彼女に向かって照射される。光に包まれた未来来の体が宙に浮く。そしてなんと、彼女の着ている制服が音も無く破け始めたではないか!破けた服の破片は光源である宝石に吸い込まれていく。当然、制服の下に着ている下着が露わになり、その下着までもが破けていく!え?え?良いんすか?良いんすか!?こんなの見ちゃって良いんですか!?
人は天国に行くために生きている、と誰かが言ってた気がする。オレは行けたよ…。同級生の女子の裸を見てしまった。未来来が全裸になっている。成長途中なのか、成長しきった後なのか、膨らみかけの胸。綺麗なヘソ。そして鼠径部から…これ以上は書けないが、ともかく、彼女は全裸だった。
だがもちろん、これで終わりでは無かった。服の破片を全て吸い尽くした宝石から、ピンク色の光の帯が伸びてくる。帯は未来来の体に巻き付いていく。帯が出終わり、彼女の体をギュッと縛ったかと思った次の瞬間、上半身の帯はフリルの付いた上着に、下半身の帯はコンモリしたボリューミーなスカートに、足の帯は白のハイソックスとハイヒールにそれぞれ変化した。
それだけじゃ無い。彼女のピンク色の髪色が更に鮮やかな色に変化し、ツインテールのボリュームも倍ほどになる。ここでブローチは光を照射し終わり、首元にあるリボンの結び目に収まった。
宙に浮いていた彼女が地面にスタンと着地する。
「来る!絶対来る!希望に満ちた未来を守り抜く笑顔の魔法少女!ティアーミラクル!!」
姿を変えた未来来が名乗りを上げた。ピンクを基調とした服装に身を包んだ彼女の姿はまさしく…
「ま、魔法少女…」
思わず俺の口から言葉が漏れる。アニメでしか見たことの無い架空の存在、先程までそう思っていた魔法少女の実物が今、オレの目の前にいた。そして、その変身シーンまで見てしまった!
「い、いかん!鎮まれ、鎮まれ…」
誰が見てるワケでも無いのに、オレはズボンを抑える。いや、無理っすわ。鎮まれとか、無理っすわ。思春期の中学生男子には刺激が強すぎるって!
「現われたなぁ『フェアリーティアーズ』!個体名は『ティアーミラクル』で良いのかな?」
変身シーンをオレより間近で見ていたであろうハータックは平然としていた。大人の余裕ってヤツか?経験の差ってヤツかオイ!?
「そうだよ!私の名前はティアーミラクル!インソムニア、あなた達の好きなようにはさせない!」
「オーケーオーケー、その調子だ。ビクつかれてるとやりずれぇからな。お前を倒して、上に良い報告が出来るよう頑張るんだぜ!!」
「絶対勝つポン!ティアーミラクル!!」
「「パイセン!ゴーゴー!!」」
こうしてティアーミラクルとハータックの、戦いの火蓋が切られた。