第2話【未来来希の謎】 その4「ロムの実験」
結局この日は、インソムニアとの戦いは起こらなかった。少なくともオレの知る限りでは、だが…。もし夜中にアイツらが攻めてきたとすれば、家でくつろいでいるオレに知る余地は無い。
そう考えると、フェアリーティアーズに心が安まるヒマは無いのではないか?世界を守るために身を捧げている3人に幸有れ!…と思いつつ、風呂上がりのキャラメルプリンアイスバーを頬張りながら金曜の夜は更けていった。
そして翌日。学校が休みの日、オレは1週間で学習した範囲を復習する時間を設けている。今週学習したのは、国語が故事成語、理科が気象について…。オレは教科書とノートを見直しつつ、重要なワードを頭に叩き込む。
そんなオレの邪魔をするかのように、スマホの呼び出し音が鳴り響く。着信相手はロムだった。
「もしもし?」
勉強の邪魔をされたことに若干の苛立ちを覚えつつ、電話に出てみる。
「もしもし?オレオレ!オレだけど…」
「お前が交通事故起こしたとしても、金は払ってやらんぞ」
「セリフを先取りすんなよぉ、そしてケチンボ!」
ふて腐れたフリをしたロムの声が、電話越しから聞こえてきた。
「なんか用か?」
「オレの実験に付き合うために、宜野ヶ丘台公園に来てくれ!」
「何だよ藪から棒に…」
と言うか普通「オレの実験に付き合ってくれ!」だろ!なんでオレが行く前提で場所まで伝えてんだコイツ…。
「未来来希に関する実験だ。これでイグノーベル賞は間違いなしだぜぇ~!」
「…なあ、それって行かなきゃダメなんか?」
「カズの方こそ、今やることでも有るのか?」
「勉強中だよ!今週習ったことを復習してんの」
「復習なんて空しいだけだってばよ!」
「『ふくしゅう』違いだろ!」
「いや、実際空しくね?テスト前に一夜漬けすりゃ良いんだからさ」
「お前と一緒にするなよ…」
以前、オレは勉強が出来る方だと自慢したことが有ったと思う。この件に関して嘘は一切言ってないのだが、実は魔法少女の秘密を知る6人の中に、オレより勉強が出来る人間が2人いる。…まあ、もう察しは付いてると思うが、海月とロムである。
オレの学校に同学年の生徒は300人いるのだが(宜野ヶ丘市立第一中学校は全校生徒が900人いるマンモス校だ)、3月に行われた年度末試験でオレは18位だった。これでも全体の10%以内に入る上澄みなのだが、海月は堂々の3位、ロムは8位だったのである。
海月は毎日しっかり勉強するタイプなのに対し、ロムは真逆でテスト前に一夜漬けして覚えるタイプなのだ。それでこの成績というのは羨ましい限りである。
…そう言えば未来来は、テストは大丈夫なのだろうか?彼女は単なる転校生では無い。この世界とは別の世界から来た人間なのだ。彼女の元の世界とオレらの世界にどれだけの差異があるのか詳しくは知らないが、学校で教わる内容が一緒だなんてコトはあるまい。
でもまあ、そこら辺は海月が教えるだろうから心配する必要は無いのだろうか。…と言うか、勉強が本分のこの世界の中学生と違って、未来来の本分はインソムニアの撃退なのでは?その為にこの世界にやって来たワケだし、テストがダメダメでも問題は無いんじゃなかろうか…。
「…来てやったぞ、ロム」
…そんなことを考えている間に、オレは宜野ヶ丘台公園に到着していた。
「おお!よく来てくれたな、カズ!」
そう。「未来来希に関する実験」の内容が気になり、結局オレはロムの誘いに乗ることにしたのだ。
ロムが何をしでかすか分からん、というのも理由の一つだが、それはそれとして、未来来希という未知の存在に関してもっと色んなことを知りたいと思ったのである。
「サブローも来るんだよな?」
軽い気持ちでロムに確認したのだが、
「いや、アイツは呼んでないぞ」
と返されたので、少しビックリした。
「え?なんで?」
「ホラ、アイツってガマンが出来ないだろ?今回の『実験』には不向きなのよ」
どうやらロムがしようとしている「実験」には忍耐力が必要らしい。…なんかヤな予感がするな。
「同じ理由で海月も呼んでないからな」
「あ~」
ロムの実験内容に少しでも海月の「正義」に反することが有れば、彼女はすぐに異議を唱えるだろう。誘わないのも頷ける。最も、コイツの実験がやり過ぎな場合は、オレも口出しさせて貰うが。
「ガッカリしたか?」
「別にしてねーよ!すぐソッチに持っていこうとするなよ。で、有原を呼んで4人で実験するのか?」
「有原はなぁ、誘うか迷ったけど、ノイズになりそうだから止めにしたんよなぁ」
「えぇ!?」
じ、じゃあ、今日のメンバーはオレとロムと未来来の3人だけ…ってコト!?いや、気まずいだろ!オレが!
「ノイズって…、お前何しようとしてんだ?」
思わず尋ねてしまう。コイツのことだから教えてくれないんだろうなぁ、と思っていたのだが、
「そうだな、事前に教えておくか!カズまでノイズになったら嫌だからな」
と、これまた意外なことにロムは実験の内容を教えてくれた。
「今日行う実験とはズバリ、未来来を怒らせる実験だ!!」
「はぁ!?」
とんでもない内容を聞かされ、開いた口が塞がらなくなってしまう。
「いやいやいや、サイテーだぞお前!!」
「あ~、やっぱりねぇ。そう反応すると思ったわ」
一方のロムは涼しい顔だ。
「いくら何でも悪趣味すぎるぞ!お前が楽しけりゃ良いからって…」
「別にオレだって楽しんでやりたいワケじゃねえよ」
「え?」
ロムが急に真剣な顔つきになったので、オレは返す言葉を失う。
「いいか?この実験はアイツについて知るためにも重要な意味を持つんだ」
「重要な意味?」
「そもそもカズよ。未来来についてお前、何も違和感を持たなかったんか?」
「違和感って…」
急に言われても、という言葉をオレは飲み込む。未来来に違和感を覚えたことは確かにあった。…アレは、サブローと魔法少女が戦った日のことだ。
「その様子だと、心当たりがあるみたいだな?」
オレの顔を見ながら、ロムが問いかける。
「ある。未来来はサブローの身勝手な理由で延髄斬りを食らったっていうのに、全然怒った素振りを見せなかったよな?」
「そう!そこだよ」
ロムは嬉しそうに賛同しつつ、言葉を続ける。
「その違和感からオレは、一つの仮説を思いついた」
そう言ってロムは人差し指をピンと立てる。
「ズバリ、未来来には『怒り』の感情が無いのではないか?」
「ず、ずいぶんと突飛だな…」
「いいや、そんなことは無いさ」
そう言葉を返すロムの顔は、やはり真剣だった。
「じゃあ、別の違和感からアプローチしてみるか?」
「別の違和感って…?」
「未来来の立場になって考えてみろよ。アイツは故郷をインソムニアに侵略されてるんだぜ?それで這這の体でコチラの世界に来たってワケだ。そんな立場でお前、インソムニアに対してあんな態度で接することが出来るかな?」
「あっ…!」
オレは雷に打たれたような衝撃を受けた。
軽い。未来来のインソムニアに対する態度は、彼女の立場を考えるとあまりにも軽すぎるのだ。
「普通、罵詈雑言の恨み言をぶつけたり、半狂乱になって攻撃しそうなモンじゃねえか?それが奴さん、悪は許さないゾ的な態度なワケだ。おかしいと思いませーん?」
「言われてみれば、確かに…」
唖然とするオレの様子を見て、ロムは口元を緩める。
「もちろん、他の可能性も考えられねぇワケじゃねえよ?未来来の世界は穏便にインソムニアの支配下になった、とかな。でも、サブローの件を含めて考えると、やっぱりオレは自分の仮説を捨てきれないのよ」
「それを確かめるために、未来来を怒らせる実験をすると?」
「そういうこっと」
「なるほど…」
と納得しかけた所で、オレはあることに気付く。
「いやそれ、本人に直接訊けば済む話じゃね?」
「じゃあカズ、お前に『ぽめみ』の感情ってある?」
「はぁ!?」
真剣な話から一転、いつものように脈略の無いワードがロムから飛んできて、オレは拍子抜けしてしまう。
「何だよ『ぽめみ』って?」
「そう!それだよ!!」
そう叫んで、ロムはオレを指さす。
「怒りの感情を持たないヤツに『お前って怒りの感情ある?』って訊いても『何ソレ?』って返されて終わりじゃんか」
「なっ、なるほど…」
オレは再度納得しかけて、再度おかしな点に気付く。
「いや待て待て!怒りの感情が無くとも、『怒り』の意味くらい知ってるだろ!」
「あ~、やっぱりねぇ。そこまで想像力は働かないかぁ」
想像力が足りないよ認定されたことに若干イラッとしつつ、オレは言葉を返す。
「想像って何をさ?」
「ハイ!ダメダメッ!!」
そう叫んで、ロムは腕を前でブンブンと振る。
「喋りすぎ、教えすぎ!考える楽しみが無くなっちまうよ!」
「ここまで話進めといてソレかよぉ」
肩を落とすオレの様子を見て、ロムは少し考える素振りをする。
「うーん、まあ、これから実験に付き合ってもらうワケだし、少しヒントをやろう。喜怒哀楽って四字熟語があるよな?あれを2つのカテゴリーに分けると…」
そこまでロムが話した時だった。
「おーい!」
と声が聞こえて、未来来がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。彼女の持ってるカバンにはポンイーソーがぬいぐるみのフリをしてぶら下がっている。
「おっとタイムリミットだ。んじゃ、今日の実験内容はナイショで頼むぞ、カズ」
そう言って未来来を迎えに行こうとしたロムにオレは警告をする。
「おい、何する気か知らんけど、未来来に危害を加えるようなことしたら止めるからな?オレだって一応生徒会メンバー…」
「心配すんなって、悪いようにはせんから」
そう言ってロムはニヤリと笑ったのだった。




