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第2話【未来来希の謎】 その3「同じ約束を君とも」

 翌朝もオレは登校してすぐに生徒会室へ向かった。目安箱の確認、というのは表向きの理由だ。本当の理由は…、


「おはようございます、塔岡君」


モチロン海月と会うためだ。教室で会うのじゃダメなのだ。この生徒会室で、2人きりで会うのが望ましい。フェアリーティアーズの話題をするには、無関係の人間が大勢いる2年2組の教室では都合が悪いのだ。


「おはよう、海月」


「今日は何か、目安箱に投書は入ってましたか?」


「いいや、入ってなかったよ」


 そう言ってオレは、海月に(から)の箱を見せる。モチロン、表向きの理由もシッカリこなしている。オレは生徒会メンバーだからな。


「良いことです。投書が無いということは、生徒の皆さんが問題なく学校生活を送れている証拠なのですから」


「そうだね…」


 窓の外に広がる青い空に目を向けて、オレは言葉を続ける。


「この世界の人間が本当の意味で、何も問題なく生活を送れてるってワケじゃないんだけどな…」


「インソムニアのことですね」


 海月が生徒会室の外を確認した上で、オレに近寄ってくる。


「昨日も現われましたからね…。今日も来るのでしょうか?」


「どうだろうね?実際、海月がフェアリーティアーズになってから、アイツらは毎日来てるのか?」


「いえ、大体2日に一度くらいのペースで来るようです」


 そうなのか。アニメだと週に一度の襲撃なのだが…、いやいや、アニメに当てはめちゃダメだろう。


「向こうに学校の授業は関係ありませんからね。厄介(やっかい)なことです…」


「学校の授業と言えば…」


 オレは昨日の国語の授業を思い出しながら、海月に質問を投げかける。


「インソムニアの連中が現われたってコト、海月はどうして分かったの?授業中に何かシグナルがあったようには見えなかったけど?」


「ああ、それに関してはポンちゃんさん…、塔岡君達の言うポンイーソーさんから連絡があったんです」


 オレ達が使う「ポンイーソー」というあだ名にすら「さん」付けとは…。徹底しているなあ。


「ポンイーソーから連絡?」


「はい。私達フェアリーティアーズには、ポンちゃんさんからテレパシーで情報が送られてくるんです」


「ということは、ポンイーソーはインソムニアが来た時、すぐ分かるんだね」


「そのようです」


 うーん、流石(さすが)は魔法少女のマスコット。便利な役目を何でもこなしてくれるなあ。


「じゃあ、生徒上層部会議の日に途中退席したのも…?」


「はい。同じようにしてインソムニアとの戦いに出向いていたのです。実は、三佳さんがフェアリーティアーズの仲間だと知ったのも、あの日でした」


「あぁ、なるほど、やっぱりね」


「やっぱり…?」


「サブローと戦った時、有原…ファインと上手く連携できてたのも、事前に共闘したことが有ったからなんだなぁって」


 あの日、オレとサブローは、フェアリーティアーズのメンバーが3人いることに驚いていた。それぞれ有原、海月がフェアリーティアーズだということを知らなかったからだ。

 でも、グランドでインソムニアと相対(あいたい)していた当の2人は、お互いが仲間(フェアリーティアーズ)であることに特段驚いた様子を見せていなかった。あれ以前に顔見せが済んでいたのであれば、その点も納得が出来る。


「ええ。と言っても、あそこまで必死になって共闘したのは、あの日が初めてでしたよ。上層部会議の日は3人揃っていたので、そこまで苦戦したわけではありませんでした」


「インソムジャーとサブローじゃ、強さも段違いだろうしねぇ」


「棚田君と言えば、一つ気になっていた事があるのですが、よろしいですか?」


「何かな?」


「昨日、棚田君が強さに(こだわ)る理由を教えていただきましたが、彼が塔岡君の制止に従ってくれるのにも、何か理由があるのですか?」


 オレの顔を真っ直ぐ見つめながら、海月が問いかける。


「どうして、そう思ったの?」


「確証が有ったワケでは無いのですが、アレほどの強さを持っている今の棚田君が、昔からの仲という理由だけで貴方の制止を素直に聞くものかと、少し不思議に思ったのです」


 流石は海月だ、鋭い。

 確かに昨日、サブローが強さに拘る理由については語ったが、幼い頃に2人で交わした約束については話をしなかった。「お前のブレーキになってやる代わりにオレを守れ」だなんて自分勝手で子供っぽい約束を持ちかけたことを話すのは、何だか恥ずかしかったからだ。

 しかし今、この場に2人しかいない状況ならば話しても良いかと思う。ロムがいたなら「この先おちょくられるかも」という理由で口を(つぐ)んだだろうが、海月なら大丈夫だ。


「お察しの通りだよ。アイツがオレのストップを素直に聞くのにも理由はある。でも、この話は他の人に秘密にしておいて欲しいんだけど良いかな?」


「逆に良いんでしょうか?そんな話を聞いてしまっても…」


「海月になら話しても良いかなと思うんだ。ロムだったら無理だけど…」


「フフフ、なるほど…」


 海月はクスリと笑い、


「分かりました。ココだけの秘密といたしましょう」


と約束してくれた。

 オレは、サブローに強くなるよう(すす)めたことから始め、2人で交わした約束について一部始終を語って聞かせた。


「…棚田君が強さに拘る理由は、塔岡君を守る為でもあったのですね」


 それが、話を聞き終わった海月が最初に発した言葉だった。


「うん。まあでも、だからと言って海月達を傷つけて良い理由にはならないんだけどね…」


「それはその通りです」


 そう断言した海月だったが、


「ただ、棚田君は私が思っていたより悪人では無いのかもしれません…」


とサブローを評した。


「海月…」


「思えば、私は少し、棚田君に強く当たりすぎたのかもしれませんね…」


 意外な言葉が飛び出した。海月がサブローとの付き合い方を改めようとしているのか?


「それはつまり、今後サブローの暴言に対して一々突っかかったりしない…ってコト?」


「はい…と言いたい所ですが…」


 海月が難しい顔をする。


「ああ…、やはり無理でしょうね、それは。彼の発言は度が過ぎたモノが多いですし…」


「だろうね。アイツの暴言を全部スルーってのは、海月には難しいと思うよ」


 オレは正直な感想を伝える。確かに海月の、自分の正義を貫こうとする姿勢を厄介だと思ったことは今までもあったし、直して欲しいと思ったこともあった。でも、サブローの暴言が度を過ぎているのも、また事実である。


「やはり、そう思いますか?」


「うん。でも、そう思ったってことは、具体的に『あの時はマズかったなぁ』って瞬間でもあったの?」


「思えば…、希さんの歓迎会が終わった後の言い争いは、流石にマズかったかもしれません」


「ああ、あの時ね。確かにあそこでサブローに突っかかる必要性は薄かったかもね。歓迎会は(とどこお)りなく終われたワケだし…」


「はい。ですから、あの様な無駄な言い争いは避け、棚田君が本当に許さされざる言動をした時にだけ指摘するよう心掛けたいのですが…」


「自信が無い、と?」


「はい…。何分(なにぶん)、私は許せないと思ったことはその場で指摘しないと気が済まない性分(しょうぶん)ですから」


 海月がここまで自信が無さそうな態度を見せるのは珍しい。品行方正な彼女も人間関係で悩むことがあるのだなぁ、と何だか新鮮な気持ちになる。

 と同時に、彼女を相棒と思っている人間として、何か力になってやらねばとも思う。オレは、先程話したサブローとの約束を思い出していた。


「じゃあさ、オレがブレーキになってあげるよ」


「え?」


「海月がサブローに言い過ぎちゃった時は、オレが止めてあげるから、なんて…」


 自分で言い出しておきながら、恥ずかしくなって最後に言い(よど)んでしまう。何故(なぜ)、子供っぽいと思ってた約束の焼き増しをしてんだオレは…?


「フフフフフ…」


 ほらぁ、海月が笑ってるじゃないか!こんな子供っぽい約束なんて嫌に決まって…


「では私も、塔岡君を守ってあげますね」


「え?」


「そういう約束だったのでしょう、棚田君とは。なら、私も同じです」


の、乗ってくれるのか、海月!?


「インソムニアとの戦いで塔岡君が傷付くことの無いよう、私が貴方を守ります」


「あ、ああ、うん!そうしてくれると嬉しい、かな。オレは戦えないからさ」


 驚きの気持ちでイッパイだったが、海月の気持ちを無下(むげ)にしないよう、オレは平静を(よそお)って言葉を返した。


「では約束です」


「ああ、約束だ」


「フフ、フフフフフ」


「ハハ、ハハハハハ」


 こそばゆいカンジが(たまら)らない。子供っぽいと思っていたサブローとの約束を、海月とも同じように交わせたことが、恥ずかしくも嬉しく思えたのだった。

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