第1話【オレと海月、オレとサブロー】 その8「サブローの過去」
バキッ!バキッ!バキッ!
木を蹴り砕く音が聞こえる。
「イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!イ゛イ゛ッ!」
同時に、バケモノの耳障りな呻き声も聞こえる。
この2種類の異音が重なって聞こえる理由は単純、サブローが桜の木を素体としたインソムジャーを蹴り続けているからだ。
「ど、どうなってるんですか!?E・トゥルシーさん!」
「なぜ、あんなガキがフェアリーティアーズ並の力を持っているんですか!?」
「知らないわよ!!」
部下の男2人が投げかける質問を、上司のE・トゥルシーが一蹴する。
「そもそも、こんな危ないヤツがウヨウヨいる世界なら、予め『世界偵察局』の方で弾いてくれてるハズなのよ!なのにこんな…」
その一方で、インソムジャーの腕をへし折ったロムがサブローに声をかける。
「おーいサブロー!そのデカブツはお前に任せて良いのかー?」
だが、向こうから返ってきた返答は…
「おらッ!痛えかッ!あんッ!?オレを舐めた罪ッ!、しっかり悔いながらッ!、痛みの中死んでいけやオラァッ!」
という暴言だけであった。
「あーらら、どうやら痛めつけプレイにお熱な様子だねコリャ」
やれやれと言いたげに首を振るロム。彼の言う通り、サブローは敵を痛めつけるために蹴りの威力を抑えてるに違いない。木が素体なんだから、アイツが本気で蹴り続けてたらもう壊れてるハズだ。
「んじゃ、オレ達は別の相手を探しますか」
そう言ってロムはE・トゥルシーに視線を向ける。
「ヒッ!」
E・トゥルシーの短い悲鳴を耳にし、フェアリーティアーズの3人も同じ方向に目を向けた。これで3対4(もちろんオレは含めないぞ!)、コチラが優勢である。
「くっ…!撤退よ、貴方達!」
と言って、E・トゥルシーは部下と共にさっさと姿を消してしまった。
「おらぁ!オレを人質扱いした愚かさ、身をもって知れやオラァ!」
コチラの状況に気付いているのか否か、サブローは未だにインソムジャーを蹴り続けている。
「もう!また棚田君がジャマで浄化技が撃てないよ!」
ファインが不満を漏らすと、
「もう、彼ごと撃ってしまいましょうか?どうせ無事でしょう」
とドロップが恐ろしい提案を口にした。
「お~、こっわ」
「ちょっと、そんなのダメだよ雪花ちゃん!」
ロムが素直な感想を漏らし、ミラクルがドロップに注意する。
「ねえ、皆」
オレは4人の注目を集める。
「少しの間で良いから、サブローにストレス発散させてやってくれないか?トドメを刺されない程度の所でオレがアイツを止めるから」
「まあ、その方が良いでしょ」
とロムが答え、
「また彼に襲われても困りますからね」
そうドロップが続けた。
「ありがとう。昨日ほど怒り狂ってるワケでも無さそうだし、オレがストップかけたら、アイツはちゃんと止めてくれるから」
オレは確信を持って、そう答えた。
「…ね、ねえ、塔岡君」
不安そうな顔でサブローの方をチラ見しつつ、ファインが声をかけてくる。
「塔岡君って、よくあんな怖い人と一緒にいられるよね?」
「う~ん…。オレはあんまし、そう感じないんだけどね?」
「ファイン、昨日から棚田君のことが怖くて仕方ないよ…」
そう言う彼女の体は微かに震えていた。
「一回人質扱いされただけで、あんなに怒り狂うなんて…。サッカー部の試合を応援してた時は、あんな人だなんて知らなかったよ」
「ああ、アイツはサッカーやってる時はフツーだからね。気付かなくても仕方ないかも」
「ねえ、なんで棚田君って、アソコまで強さに拘ってるの?ファイン達と戦ったのも『自分の強さを確かめたいから』なんでしょ?」
「それは私も気になっていました」
ドロップがファインに同調する。
「あんなに意固地になって強さに拘る姿勢は、申し訳ありませんが異常者にしか見えません。一体どんな理由があって…」
「プッ、異常者だってよ!」
ロムが「異常者」という単語に反応して吹き出している。
まあ、ファインとドロップが「サブローが強さに拘る理由」を知りたがるのは当然だろう。2人は昨日、ソレが原因で痛めつけられたワケなんだし。
だがその疑問に答えるには、アイツの過去について触れなくてはならない。言っちゃっても大丈夫だろうか?
ちょっと考えた上でオレは、大丈夫だと結論付けた。サブローから「内緒にしてくれ」と頼まれた覚えは無い。それに、あんなに目立った言動を続けてるせいで周りから不審がられているのも、ドロップとファインからの印象が最悪なのも、全部アイツの責任だ。インソムニアから世界を守るには、オレ達6人がある程度団結できる状態なのが望ましいだろう。いつまでもアイツが畏怖される存在のままであってはならないのだ。
故に、オレはサブローの過去を話すことを決意した。別に取り立てて悲惨な過去ってワケでも無いし、コレを聞いて2人がアイツを許してくれるとは思えない。だが、少しはアイツを見る目が変わってくるのではないか。そう考えて、オレは口を開く。
「アイツが強さに拘るヒントはね、アイツの名前にあるんだよ」
「「名前?」」
「お、新情報じゃーん」
あ、そうか、ロムにもこの話はしてなかったか。まあいいや。
「アイツ『三郎』って名前だろ。この名前からして皆、アイツの上に2人、兄か姉がいると思ってるんじゃないかな?」
「え?違うのですか?」
ドロップが目を丸くする。
「まあ『違う』って表現は正しくないかな。正しくは過去形で2人『いた』だね。つまり、アイツの上の2人は、とっくの昔に亡くなっているんだよ」
「「……!」」
驚きからか、それとも聞いてはいけない話に踏み込んでしまった気まずさからか、ドロップとファインが己の口をふさぐ。どちらにせよ、ここまで来たなら最後まで聞いて貰おう。
「サブローが0歳の時、交通事故で亡くなったんだ。親戚の車でドライブに行ってる最中の事故でね。アイツとは歳が5つ以上離れていたらしくて、2人だけでドライブに連れてってもらって、その最中に…って話だよ」
「はぁん、アイツの言う『強くなくちゃ生きてくことすら許されない』ってのは、そういう意味だったのか」
ロムが一人、うんうんと頷く。そう、そういう意味だったんすよ。
「アイツがこの事実を知ったのは小学2年の時でね。自分の上にいたハズの存在が簡単に死んでしまった事実に、アイツ震えていたよ」
「それで、生きるために強くなろうと…」
「そう、アイツが強さに拘り始めたのはその時から。それからどんどん強くなっていって、今のアイツに繋がってるんだよ。お年頃の中二病が合わさっちゃって、今は性格が最悪になっちゃってるんだけど…」
「何だか、聞いてはいけない話に触れてしまったようですね…」
ドロップが重苦しい口調で言った。
「そうだね…、ゴメン!塔岡君!」
同じく罪悪感を抱いたらしいファインが謝ってきた。
「おいおい、謝る相手を間違えてやしないかい?」
ロムが鋭い指摘をする。
「う…、そ、そうかも…」
「いや、2人が罪悪感を持つ必要は無いと思うよ?切っ掛けを作った責任は、全部サブローにあるんだし」
オレは正直な思いを口にするが、そうは言いつつもやはり、サブローに対するアフターフォローも必要だろうと思い至る。
「でも、もし悪いと思ったんなら、この話を他の人に話すのは止めてあげて欲しいな。昨日2人を傷つけた罰って意味も含めて、オレはこの話をしたワケだけど、他の人には文字通り関係ない話だからね。例えアイツが他人から嫌われていても、それはアイツの自己責任ってことで、今の話をして周りの同情を誘うようなことはしないで欲しいんだ」
オレのお願いに、ドロップとファインは素直に頷いた。




