第1話【オレと海月、オレとサブロー】 その3「相棒が魔法少女になっても」
昨日サブローにミラクルを馬鹿にされて激昂したドロップの姿を、オレは思い出す。
友達を貶されたことに激怒した海月が、「オレは友達を貶されても平気」発言に困惑するのは当然か。
「いや、オレは海月と違って『友達を悪く言われるのは許せない!』って激昂するほど熱い人間じゃ無いし。それに、アイツらが他人から悪く言われるのは、アイツらの自業自得だと思ってるから。あの2人って色々な意味で問題児だし…」
「そ、そうですか…」
「オレが驚いたのは、海月がロムを信用してないことについてだよ。サブローが信用できないのは色々と納得出来るんだけど…。ほら、未来来と有原はロムを好きになってるみたいだし…」
「確かに、希さんと三佳さんは和野君を慕っているようですね」
ここでオレは漸く、海月が未来来と有原のことを下の名前で呼んでいることに気が付いた。同じフェアリーティアーズの仲間として、海月と2人の間には既に強い絆が生まれているのだろう。
「でも、私は彼を信用するのは危険だと思っています」
海月はそう言い切った。
「元々、和野君も私達フェアリーティアーズと戦うつもりだったのでしょう?もし昨日のじゃんけんに勝っていたのが彼だったならば、彼自身の手で私達は苦しめられていたはずです。希さんと三佳さんは、その部分を失念しているのでしょう」
「ああ、なるほど…」
確かに、ソコを突かれると反論できない。ロムがフェアリーティアーズとの戦いを望んでいたことは事実だ。それも「アニメだとモブキャラに過ぎないクラスの男子が、魔法少女をボコったらどういう空気になるか気になる」という意味不明な理由で…。
「それに和野君には、自分が楽しいと思えることを優先する傾向がありますね?」
「ああ、うん。ソレがアイツの行動基準だからね」
「その行動基準、私達の戦いにおいてかなり危険なモノではありませんか?もし彼が、『インソムニアに味方すること』に対して楽しみを見出したとしたならば、私達を裏切ることも考えられます」
「えぇ!?か、考えすぎ…じゃないかな?」
「どうでしょう?例えばの話ですが、敵から『他の色々な平行世界に連れて行ってあげる代わりに協力しろ』と迫られたら、彼はまだ見ぬ世界への好奇心から協力してしまうのではないでしょうか?」
「そ、それは…」
ロムがオレ達を裏切り、インソムニア側につくなんて事があるだろうか?少し考えてみる。アイツの性格を考慮してみると、無いとは…いや、やはり有り得ないだろう。アイツは確かに自分の楽しみを優先する節があるが、だからといって他大勢を蔑ろにするようなヤツでは無い。この世界がインソムニアに侵略されることを、アイツが認めるとは思えない。
「いや、やっぱり考えすぎだよ、海月。アイツは自分の好奇心を優先して他多数を見捨てるような男じゃ無い」
「私達フェアリーティアーズを傷つけようとしたのに、ですか?」
「それは…」
やっぱりソコを突かれると反論がキツい。が、反論しないワケにもいかない。
「それは相手が魔法少女だから、だったんじゃないかな?またアニメの話を持ち出すことになって申し訳ないんだけど、アニメの魔法少女は敵に多少ボコられてもピンピンしてることが多いから、アイツも戦って大丈夫だと考えたんじゃないか?世界中の人間を自分の享楽に巻き込むのとは、話のスケールが違う…と思うよ?」
「……。ああ、やっぱり、そう…ですね、ごめんなさい」
幾らか時間を置いた後、ぎこちない口調で海月が謝ってきた。
「いくら自分が信用してない人物とは言え、今の様な他人の信頼関係を壊しかねない話をするのは間違っていました」
海月はそう言って深々と頭を下げた。
「い、いや、オレの方こそロムを信用して貰うためとは言え、『海月達3人くらいなら傷つけても大丈夫』みたいな言い方をしてしまって、申し訳ない」
そう言ってオレもまた深々と頭を下げるのだった。
「あの、私が和野君を信用していないという話、聞かなかったことには出来ないでしょうか?」
「えっと、いやあ、それは厳しいかな…」
オレは正直に返答する。忘れられる自信も無いのに易々と「はい」と答えるのは危ないと考えたからだ。ネガーフィールド内で動けるのは、あの6人だけなのだ。
「分かりました。ではせめて、希さんと三佳さんには今の話を内緒にしていただけますと…」
「そのくらいなら大丈夫だよ」
「ありがとうございます。ハァ…、今日の私は駄目ですね…」
海月はウンザリとした顔で首を振る。
「いくら本心と雖も、塔岡君の友達を貶すに飽き足らず、他人の信頼関係を壊しかねない発言をしてしまうとは。正義の魔法少女失格です…」
己の頭を抱える彼女を見て、これ以上ロムの話を続けるのは止めた方が良い、とオレの本能が訴えてくる。何か別の話題を切り出そう。
「えっと…、海月はその『正義』って言葉に結構こだわってるみたいだね?」
「ええ、そうですね」
「フェアリーティアーズになったのも…、インソムニアの連中と戦っていくのもやっぱり、その『正義』のためなのかな?」
オレは前から気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「その通りです。この世界の人間と話し合いをする姿勢すら見せず、一方的に侵略を進める向こうのやり方は断じて許せません。この世界を守るため、自ら命を賭して戦う。それが私の『正義』なのです」
そう言い切る海月の姿は、とてもかっこよかった。
オレが彼女の立場だったとしたならば、世界のために自分の命を捧げる決心なんて出来やしなかっただろう。意気地無しだの何だのと言われても知ったこっちゃない。ともかくオレには、そんな覚悟は持ち合わせていない。
だからこそ彼女の、正義にひたすら忠実な姿勢はかっこいいし、美しい。そして、とても魅力的だ。
そんな在り来たりな感想を、オレは言葉にして伝えてみる。少しでも彼女の戦う力になれば良いと思ったからだ。
「スゴくかっこいいよ、海月。お世辞じゃ無くて、ホントにそう思うんだ。オレにそんな覚悟は出来ないから、今まで通り見ていることしか出来ないけど…」
「あまり自分を卑下しないで下さい。塔岡君が見ていてくれるだけでも、私はとても勇気を貰えますから。それに、また棚田君が襲いかかってきた時は、貴方が止めてくれるのでしょう?」
「ああ、それは約束するよ。今度は、もっと早く止めるから」
「ふふ、約束ですよ」
海月が微笑んだのを見て、オレは改めて安心する。彼女が魔法少女になって、インソムニアと戦う宿命を背負うことになって、サブローがティアードロップになった彼女に襲いかかって、アイツを止めるのが遅くなって…。色んな出来事が重なったせいで、海月と今までの関係に戻れないことを覚悟していたのだ。
が、それは杞憂だったようだ。今のやり取りが出来ているということは、オレと彼女との関係性は変わってないということで、海月は今まで通り、オレの相棒と呼べる存在のままだった。
「さあ、もうすぐ授業が始まります。教室へ向かいましょう」
海月の言葉に頷き、オレは生徒会室を後にするのだった。
だが、一つだけ懸念点が残っていた。それは、オレが彼女の裸をみてしまったということ、そしてソレを隠しているということだ。打ち明けることが難しく、隠し通すも茨の道であろうこの秘密が、後でとんでもない爆弾に変化したりしないよう、オレは気をつけなければならない。




