第1話【オレと海月、オレとサブロー】 その2「謝罪するオレと感謝する海月」
遅くなりましたが、章分けをしました。
海月に何と言葉をかけるべきか、オレは咄嗟に判断することが出来なかった。
さっきの口ぶりからして、どうやら海月はオレに会うために生徒会室に来たようだ。オレに一体何の用だろう?
いや、オレが真っ先にすべきことは海月に改めて謝罪することだろうが!昨日の戦いでサブローを止めた時、彼女はまだ意識があった。きっと「何故もっと早くサブローを止めに来なかったのか」と怒っているに違いない。彼女とは今後も学級委員や生徒会の活動を共にしなければならないのだ。関係を悪くするワケにはいかない。
無論、オレからも海月に訊きたい事は山ほどあるが、まずは謝るのだ一典!
「う、海月、昨日はご…」
「塔岡君、昨日はありがとうございました」
「…え?」
謝ろうとした矢先に海月の方から感謝の言葉を伝えられたので、オレは呆然としてしまう。
「お、オレは別に何も…」
「塔岡君は私の命の危機を救ってくれました」
オレの言葉は、再び海月に遮られてしまった。
「塔岡君があそこで棚田君を止めてくれなければ、私は彼に殺されていたかもしれません」
そんな大袈裟な、と言い難い所が厄介だ。
確かに、サブローが海月に抱く憎悪はとんでもないモノだったし、あのまま彼女の変身が解けていたら、一般人に戻った彼女の体をアイツはうっかり踏み潰していたかもしれない。そういう意味では、オレは海月の命を助けたと言っても過言では無いかも知れない。
…って違うだろ!!オレがもっと早くサブローを止めていれば、アイツが海月を踏みつけることにもならなかったのだ。やっぱりオレが謝るべきなのだ!
「オレは感謝されるような事はしてないよ!」
海月に三度言葉を遮られないよう、オレは声を張り上げる。
「逆にオレは、海月に謝らないといけないんだ!オレがもっと早くサブローを止めていれば、海月も有原も、あんなにボロボロになることは無かったんだから!昨日は本当に申し訳ないっ!!」
叫ぶように謝罪の言葉を口にして、オレは深々と頭を下げた。
「顔を上げて下さい。塔岡君」
だが、海月はあくまでオレに優しい言葉を投げかけるのだった。
「自分を責めないで下さい。元々腕っぷしが強く、暴走状態になっていた棚田君を止めることは、友人同士であっても難しいコトだったでしょう。塔岡君が勇気を持って棚田君の制止をしてくれたことに私は感謝しているのです」
ああ、やっぱり彼女は勘違いをしている。オレがサブローを止めるのに「勇気」など必要ないのだから。
「それは違うんだ海月!他の人ならともかく、オレがサブローを止めるのに勇気なんて必要ない。もっと早くに止める事だって、やろうと思えば出来たんだ!」
そう言ってしまってから、オレは己のミスに気がつく。馬鹿かオレは!?いくら罪悪感に苛まれているとは言え、ココまで事実を伝える必要は無かった。こんな事を言ってしまえば当然、次に来る言葉は…
「では何故、そうしなかったのです?」
ほら、こう来るに決まっているではないか!
「それは…」
オレは答えを言い淀んでしまうが、なんとか言葉を繋げる。
「オレは…、勝手な妄想を抱いてたんだ。『魔法少女は最後に必ず勝つ』って妄想をさ…」
海月は視線でオレに続きを促す。
「根拠は、と訊かれたら、馬鹿馬鹿しいけどアニメだよ。魔法少女って、アニメでどんなに強大な敵が出てきても、最後は必ず勝って終わるだろ?だからフェアリーティアーズもそうなんだって、勝手にオレは思ってしまったんだ…」
海月はオレの懺悔を黙って聞いている。
「サブローはオレの友達なんだけど、アイツの最近の態度はオレから見ても酷くなってて…。でも、オレにはアイツを厚生させることが出来なくて…。だから、アイツがフェアリーティアーズと戦い始めた時はチャンスだと思ったんだ。魔法少女は必ず勝つって思っていたから、サブローが相手でも勝ってくれて、それでアイツも頭を冷やしてくれるって…」
そこまで言ってオレは、自分の発言が相手に与えかねない、とんでもない別のニュアンスが存在することに気付く。
「あっ!あの、勘違いしないでくれ!オレはサブローに勝てなかった事を責めてるワケじゃないんだ!今回の非は全面的にオレ達にあるワケだから!だから本当に…」
「もう謝るのは止めて下さい」
とうとう、海月がオレの言葉を遮ってきた。
「私は塔岡君にお礼を言うために生徒会室に来たんです。なのに謝られてばかりでは、逆に私の方が申し訳なく思ってしまうではありませんか。ですから、もう謝るのは止めて下さい」
な、なるほど…。確かに、海月の立場で考えればそう思えてきても不思議じゃ無い。オレが謝ってばかりなのも、逆に自己中と言えるかもしれない。
「そ、そうだね…。オレばっか言いたいこと言ってごめん」
「だからもう謝らないで下さいと言ったじゃありませんか」
「あっ」
「フフフフフ」
海月の笑ってる顔を見て、オレは一安心する。彼女にオレを非難する意図が最初から無かったことを、漸く確信出来たからだ。
オレは心の中で燻っていた罪悪感が洗い流されていく感覚を覚えるのだった。
「でも確かに、昨日の棚田君との戦いから、私も反省しなければならないでしょうね」
笑顔から一転、海月は真面目な顔でそういった。
「え?別に海月が反省するコトなんて…」
「ありますよ。棚田君に負けてしまったことを、私達は深く反省しなければならないでしょう」
「いや、サブローの反省うんぬんはオレが勝手に期待していたコトだから、海月達は何も…」
「私の言う反省とはそのことではありませんよ」
海月はオレの推測を否定した。
「相手に負けてしまったこと自体が反省すべきことなのです。今回は相手が棚田君だから良かったですが、これがもしインソムニアの手練れだとしたら、どうでしょう?」
「ああ、なるほど…」
インソムニアは今まで数々の平行世界を侵略している、とポンイーソーが言っていた。もしかしたらヤツらの傘下には、サブロー並みに強い人間がいるかもしれない。もし、ソイツ相手にフェアリーティアーズが負けてしまったとしたら、確かに「負けちゃいました」では済まないことになる。海月の懸念は的を射ているかもしれない。
「あ、でももし強いヤツがインソムニアにいたとしても、ロムやサブローなら…」
「その考えには賛同いたしかねますね」
オレの考えは海月にピシャリと否定されてしまう。
「私達が負けても他の人が…、なんて考えで戦いを進めて、何か得があるでしょうか?いいえ、逆にそのような考えは油断や慢心を招き、取り返しの付かない敗北に繋がりかねません。『初心の人、二つの矢を持つことなかれ。』です」
「二つの矢…?」
「『徒然草』にある教訓です。初心者は矢を二本持ってはいけない。理由は、二本目の矢を頼りにして一本目の矢を撃つときの心構えが疎かになってしまうから、ということです」
「なるほど…、確かに海月達は魔法少女の初心者…って言い方もオカシイかもだけど、まあ初心者だからねぇ」
「ええ。ですから私達は、棚田君や和野君を頼りにしてはならないのです」
「確かにその通りだったよ、海月」
オレは海月の考え方を全面的に支持する。確かにロムとサブローはフェアリーティアーズより強いかもしれないが、だからといって海月が負けていい理由にはならない。それに何より、勝手な部分が多々ある人間だから、アイツらを頼りにするのは間違っていると言えるだろう。2人の親友であるオレが言うのだから間違いない。
「それに…」
海月はしばらく言い淀んだ後、言葉を続けた。
「塔岡君には申し訳ありませんが、私は棚田君も、それから和野君も、信用してはいませんから」
「えっ!?」
海月の告白は、オレを大いに驚かせた。2人がオレの親友だから驚いたわけでは無い。海月がロムまでも信用していないことに驚いたのだ。
サブローを信用出来ない理由は十分理解出来る。常に周りの人間を見下す態度を取っているアイツの言動の端々から、その心情を推し量ることは、オレくらい付き合いが長くないと難しいだろう。そもそも、サブローに痛めつけられた海月達にとって、アイツが信用ならない人物となるのは当然だ。ここまでは分かる。
だが、ロムすら信用していないとはどういうことだろうか?アイツはサブローと違って、自分の思っていることを良くも悪くもダイレクトに表現する人間だ。それに加えて、昨日の様子を見て分かったことだが、ロムは未来来と有原から好意的に見られているらしい。なぜ海月だけが、ロムを信用していないのだろう?
「ああ、すみません…。やはりこんなこと、言うべきでは無かったですね」
困惑するオレの様子を、海月は別の意味に捉えたらしい。誤解を解かねばな。
「別にアイツらを悪く言うのは構わないよ?」
ロムとサブローはオレの親友だが、2人が他人から悪く言われることを、オレは気にしたりしない。
「え?」
オレの正直な言葉に、今度は海月の方が困惑の声をあげるのだった。




