第2.5話【黄の魔法少女 ティアーファイン】 その2「フリーズ」
サブローが怒りに満ちた眼でオレを睨みつける。
「こんなふざけたことを企むヤツが、お前の他にいるわけねえだろ!」
「いや、マジだよ、マジ!本当に何も知らないんだって!!」
「じゃあさっきのフザケたセリフは何だ!?」
「あれはつい、いつものノリで…、ホラ!オレっていつもあんなカンジだろ!?」
「チッ!話にならねえ!」
そう吐き捨て、サブローは思い切り息を吸い込み、
「おぉいっ!!!!テメエらいい加減にしろぉ!!!!」
と控え室を破壊しかねない勢いの大声を出した…が、誰も反応する者はいなかった。
これは…、予想以上にマズい状態になってるのかもしれねえな!あんな大声を近くで出されたら、何らかの反応を示すのが生理的に普通のハズだ。なのにココまで反応が薄いとなると、事態は冗談抜きで深刻だと言って間違いあるまい。もうテレビ番組のドッキリとか、そういう次元では無いのだ。
「チッ!どいつもこいつも…」
そんな異常事態になってるとは、サブローは全く思ってないらしい。もう少し物を考えて…
「おい母ノ暮!お前までロムの言いなりになってんじゃねえよ!!」
おいおい!嘘だろ!?サブローが母ノ暮のスネを蹴りつけやがった!脚はサッカー部の命だろうが…いや、サブローにしてはアレでも優しさを見せたつもりなのだろう。他の部員なら脚が真っ二つにへし折れてるだろうからな。オレらと同レベルの肉体を持つ母ノ暮なら安心だ。
「ほう、無視とは良い度胸だ!」
そう言ってサブローは母ノ暮の脚を蹴り続けるが、依然として反応は無い。
「おい、そろそろ止まれって!!」
流石に止めにゃならんと思い、サブローを後ろから羽交い締めにする。
「離しやがれっ!!」
「落ち着けって!!お前がここまで大暴れしといて無反応だなんて、どう考えても異常だろ!?オレのせいにするのは無理があるって!!」
オレの必死の訴えを聞いて、サブローの動きが止まった。然しものコイツも、異常な状況だと気付いたらしい。
「とりあえずオレのせいじゃない!信じてくれ!!」
「じゃあこの状況は何だ!?説明してみろ!!」
「んなこと知らねぇよっ!!」
オレはそう叫んで、サブローから手を離す。そして自分のカバンから筆記用具とメモ帳を取り出し、スマホで「119」にかけようとする。
「くそっ、スマホが通じない!?とりあえず、外に出て助けを呼ぶぞ!!」
オレはサブローの返事を待たずに駈け出した。
「待てよロム!助けを呼ぶなんてザコみてえなマネを本気で…」
「オレらは医者か!?違うだろ!?オレ達は何の医学知識も無い、普通の中学生なんだ。皆が身体に深刻な異常をきたしているなら、フザケてる場合じゃ無いだろ!」
「チッ!お人好しが…」
「とりあえず皆の状態が分からない以上、オレ達はオレ達の出来る…コト……ヲ………」
フリーズ。オレの思考回路は外に出た瞬間、止まってしまった。
「おいロム!?まさかお前まで…?」
狼狽えるサブローに何と説明すべきか、咄嗟に思い浮かばない。とりあえずオレは、サブローの手を引き、外へと連れ出した。
「……、は…?」
サブローもオレと同じようにフリーズしてしまった。
オレらがフリーズするのも無理は無い。空一面が見たことも無い、不気味な紫色一色に染まっていたからだ!!
「………」
「………」
無言で立ちすくむ2人。だが、いつまでもこうしてるワケにもいかない。何か、何か言葉を発しなくては!
「……、オ、オレじゃ無いからな?」
「わ、分かってるよ、んなこたぁ…」
サブローの声が震えていた。こんな様子のコイツを見たのは初めてだ。
とりあえず、一旦深呼吸だ。オレは大きく息を吸い、大きく吐き出した。
「お前、よく深呼吸なんか出来るな?毒が撒かれてたらどうする?」
サブローが妙に冷静だ。
「いや、サブローよ。毒が撒かれてたなら、オレもお前もとっくにオダブツだろうよ。違うよ、毒なんかじゃ無い。これは…」
もっとオレ達の常識を越えた現象だ、と言葉を続けようとした時だった!
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
オレは見てしまった。「オレ達の常識を越えた現象」そのものを!!
「う、うわムグっ…!!」
叫び声を出しかけたサブローの口を思い切り塞ぐ!オレも叫びたいのは山々だったが、アイツに見つかるワケにはいかない!!
オレは小声でサブローに注意を促す。
「大声を出すな!」
非現実的な状況に置かれた影響からか、サブローは素直に頷いた。それだけ、この状況が異常だったのだ。サブローは一時的に中二病が治っていたのだろう。
ともかく、オレはサブローを連れて、控え室のある建物の陰へと隠れる。
「な、何だよ、ありゃぁ…」
そんな質問にオレが答えられるハズも無かった。
オレ達が見たのは、全長5メートルはあろう巨大なバケモノだった!オレ達から4,50メートルほど離れた場所で、耳障りな咆哮をあげていたのだ。
「分からねえ。だから、一旦落ち着くんだ。落ち着いて相手を観察すれば、何か分かるかもしれない」
「お、おう…」
オレは目を閉じ、静かに深呼吸する。1回、2回、3回…、よし、こんなもんか。
一旦心を落ち着けたオレは、建物の裏から顔を覗かせて、バケモノの観察を始めた。
そのバケモノの姿を何と表現したら良いのか…。とりあえず、見たカンジそのままに伝えるとしよう。運動部が外で試合を行う際、手っ取り早く栄養補給するためのアイテム「レモンのハチミツ漬け」ってありますよね…。食品保存容器に入ったアレのことですよ、アレ。その、レモンのハチミツ漬けが入った食品保存容器が、蓋をされた状態で何十倍もの大きさにデカくなって、縦になった状態で手足が生えており、醜悪な顔が付いている。そんなカンジのバケモノだった。勘弁して下さいね、これ以上の説明のしようが無いんだから。
「行け!インソムジャー、ティアーミラクルを蹴散らせ!!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
ここでオレは、バケモノの近くで赤い髪の男が宙に浮いていることに気が付いた。男の近くでは青髪と白髪の女が、同じく宙に浮いた状態で控えている。
あの男の命令にバケモノが従っているのを見るに、アイツらがバケモノの親分なんだろう。で、その「レモンのハチミツ漬け入り食品保存容器」のバケモノの名前は「インソムジャー」というんだろうな。
「これ以上、このサッカーグランドで好きにはさせないよ!」
そしてまた、別の人物の声が聞こえた。ソイツの外見が、これまた普通では無かった。ピンクを基調としたヘンテコリンな服装に、鮮やかなピンク色の頭髪。女性の服についてオレは詳しくないから何と表現すべきか悩ましい所だが、一言で表すなら「ピンクの魔法少女」だろう。アイツはいったい何者なんだ!?
「ミラクル・シャイニングアロー!!」
そう魔法少女が叫んで、手にした武器から光の矢を放つ。どうやら、あの「インソムジャー」だかってバケモノと戦ってるらしいな。
「いったい何が起こってやがる…?」
オレの下にしゃがんだ状態で様子を覗き見していたサブローが疑問を口にする。
「オレに聞いて答えが出ると思うか?」
「いや、思わねえな」
流石にもう、サブローもオレのことを頼りにはしてないらしい。あんだけ分からん分からん連呼してりゃ当然か。
だが、こういう態度を取られるとソレはソレで気にくわない。何とか信頼を取り戻したくなってくる。サブローにキッチリとした答えを出すためにも、ここは要観察だ。オレは再び、バケモノと魔法少女が戦っているサッカーグランドに目をこらす。
すると、グランドの脇にもう一人の人影を発見することが出来た。ソイツは、チアリーディング部の女子達が周りに倒れ込む中、ポンポンを手にして立ちすくんでいた。
「あれは、有原か…?」
思わず言葉を漏らす。
低身長巨乳のトランジスタグラマーかつ金髪のソイツは間違いなく、オレのクラスの女子生徒、有原三佳だった。




