第1話【ピンクの魔法少女 ティアーミラクル】 その2「転校生」
先生が教室に来るまであと僅か。席に着いたオレは心を落ち着かせ、私モードから公モードに頭を切り替える。クラス会のような公の場では、「いつものオレ」を捨て、「代表生徒の僕」になる。この切り替えが重要なのだ。
「皆さん、おはようございます」
先生が教室に入ってきた。モードチェンジは済んでいる。準備万端だ。
「GWは楽しんで過ごせましたか?またいつもの学校生活が始まります。気持ちを切り替えていきましょう」
そんなお決まりの言葉を生徒に投げかける先生。しかし、そこはぶっちゃけどうでもいい。クラスの生徒は今、転校生にしか興味を持って無いのだから。
先生もその辺は心得ているようで、早速本題の話を始める。
「さて、知っている人がほとんどだと思いますが、今日からこのクラスに新しい仲間が増えます。皆さん仲良くしてくださいね?」
待ちに待った言葉を聞いた生徒達が歓声が上げる。煽動してるのは案の定ロムだ。頼むからそれ以上余計なことはしないでくれよ。
「それでは未来来さん、入ってきてください」
転校生が教室の入り口から黒板の前まで歩いてきた。
お、中々可愛い子だ。濃いピンク色の髪をツインテールにしており、パッチリした瞳の色もピンク色だ。女子向けアニメの主人公って大体こんなカンジだよなぁ…。ともかく男女問わず一定数の人気は得られるだろう、と偉そうな評価を頭の中で下してみる。
その間に先生が転校生の名前を黒板に書いていく。「未来来 希」、それが転校生の名前だった。「未来来」と書いて「ミラクル」と読む。珍しい苗字だなぁと思う。最も、オレの苗字も珍しいので人のことは言えないのだが。
「未来来さん、自己紹介をお願いします」
「はい!今日からこのクラスに入る、未来来希です!皆さんといっぱいいーっぱい、仲良くしたいです!よろしくお願いします!!」
そう言って勢いよく頭を下げる転校生。快活そうな性格もまた、女子向けアニメの主人公そのものだ。
「よっ!良いぞぉ転校生!!」
そう言ってロムが転校生を煽る。少しは自重してくれ…。変なヤツだと思われたらどうするんだ?
「塔岡君、海月さん、前へどうぞ」
おっと、ロムのことを考えている場合じゃ無かった。オレには歓迎会の進行役という大事なミッションが課せられているのだ。歓迎会は1時間目の授業を潰して行われる。先生の計らいに感謝だ。オレと海月は前に出て、転校生の横に並ぶ。
「では、後の進行は任せますね」
「「はい」」
進行役のバトンが先生からオレと海月に引き継がれた。
「それでは、ここからの進行は学級委員である僕、塔岡一典と海月雪花がさせていただきます」
オレは教室にいる全員に向かって声を張り上げる。
とは言っても大声で怒鳴ったワケでは無い。オレの声は男子中学生にしては高い方だ。声変わりをしてもその特徴は失われず、他の男子には難しい今流行な高音域の歌も平気で歌える。この声はクラス会を進行する際にも「大声を出さずとも皆に声を届けることが出来る」という面で役立っていた。
「まず最初にクラスの皆で自己紹介をしましょう。では僕から…」
オレは転校生に顔を向ける。
「塔岡一典です。このクラスの学級委員をしています。新しい環境で不安なことも多いと思いますが、何かあったらいつでも相談して下さい。よろしくお願いします」
「塔岡君だね。どうぞよろしく!」
頭を下げるオレに対して転校生の未来来が言葉を返す。オレの次は海月だ。
「塔岡君と同じく、学級委員をしています。海月雪花です。もし男子である塔岡君に話しにくい事があったら、私に気軽に声をかけて下さい。精一杯サポートいたします。よろしくお願いします」
「はい!よろしくね、海月ちゃん!」
うーん、ナイスサポートだ。女子の相談に乗る役は女子がするのが適切だろう。
学級委員の自己紹介が終わったので、オレと海月はクラスメイトに顔を向ける。
「続いて他の皆さんにも自己紹介をして貰います。有原さんからどうぞ」
「ハーイ!」
海月の呼びかけに、出席番号1番の女子が元気良く応じる。
「有原三佳だよ!部活はチア部に入ってるんだ!よろしくネ!」
転校生に負けないくらいの明るさで自己紹介する有原三佳。お手本のような自己紹介だ。彼女が出席番号1番なのは運が良い。これがサブローとかなら目も当てられない。
自己紹介の通り、有原三佳はチアリーディング部の女の子だ。首元まで伸ばした金髪は、クラスの中でも良く目立つ。快活な性格で、チア部での応援も元気いっぱいに行うため、運動部の男子からの人気が高いらしい。まあ、オレは運動部に入ってるワケじゃないから詳しくは知らんけど。
有原に続いて、出席番号順に自己紹介が続いていく。俺のクラスには転校生を含めて30人の生徒がいる。懸念点の一人である棚田三郎は丁度真ん中辺り。ヤツの番が来た。
「棚田三郎、サッカー部だ。以上」
投げやりな感じは否めないものの、とりあえず普通の自己紹介をしてくれたので、内心ホッとした。
「あ、えっと…」
「ハイ!ありがとうございました。では次の千葉愛子さん、どうぞ」
オレは急いで次の女子生徒に番を渡す。変に長引かせてサブローが失言をしてからでは遅い。
その後も自己紹介は順調に進んでいく。出席番号の最後はもう一人の懸念点、和野宏武だ。アイツが最後なのは運が悪い。
「ヘイ・ヤー!!和野宏武、見参!遠慮無く『ロム』と呼んでくれ!部活はサッカー部で、一番興味が無いテレビ番組は囲碁の解説番組だ!ハイ、ヨロシクゥ!!」
変な挨拶&変な内容&無駄なハイテンション、悪目立ちする最悪のトリプルコンボだ。部活はともかく何なんだ「一番興味が無いテレビ番組」って!それこそ誰も興味無えわ!
「あっはは、面白いねロム君!よろしくね!」
…だが転校生からは好印象だ。お世辞ではなく、本当に波長が合っているらしい。ならば良いか。
「はい、皆さんありがとうございました」
全員分の自己紹介が済んだので次のプログラムに移る。
「それでは、転校生についてもっと知るためにこの場で色々質問してみましょう」
「え?あの…」
「大丈夫ですよ、答えたくない質問でしたら正直に言ってください」
戸惑う転校生に海月がすかさずフォローを入れる。
「あ、はい。分かりました」
転校生が了承してくれたので安心した。年頃の女子だから答えたくないことも多いのはこちらも理解している。だが、オレ達クラスメイト側からしても転校生について知りたいことが山積みだ。この質問コーナーは親睦を深める意味でとても重要なのだ。
さて、海月がフォローを入れたのだからオレも入れねばなるまい。
「皆さんも、調子に乗って変な質問はしないように。いいですね!」
クラスメイト、特にロムに向けて注意喚起する。
「では質問のある方は手を挙げて下さい」
クラスのあちこちから手が上がる。当然のようにロムも挙手をした。
「では、有原さんから出席番号順にどうぞ」
海月が有原を指名する。そ、それはマズい!その順番ではロムが最後になってしまう。きっとろくな質問じゃないハズだ。
「前はどこの学校に通ってたの?」
そんなオレの焦りなどつゆ知らず、有原が質問を投げかける。
「え、えーと…、その質問には答えられないかな…。ごめんね!」
転校生が困り声で答えた。以前の学校名を言えないってことか?少し引っかかるが、本人が嫌なら無理強いは出来ない。いじめられていたとかの事情があるなら、以前の学校について思い出すのは辛いだろう。
転校生は次の「好きな食べ物は何ですか?」の質問には
「甘いものが大好きです!」
と答えた。他にも勉強が苦手なこと、今年の目標は皆と仲良くすること、モットーは「いつも笑顔」であることなどを答えてくれた。
一方で「親の職業は?」「尊敬する人は?」の質問には答えてくれなかった。
そして最後、ロムの番が来てしまった。
「はい、和野君…」
オレは恐る恐る指名する。ヤツの口から出た質問は…
「(8x+12y)+(3x-4y)=?」
「いやソレ、オレがこの前数学で間違えた問題じゃねえか!!」
思わず「公モード」をかなぐり捨ててツッコミを入れてしまった。
忘れもしない、あれはGW直前の日。5時間目の数学の時間にこの問題を答えるよう指名されたオレは、給食後ウトウトしていたせいで間違った解答を黒板に書いてしまったのだ。自慢じゃ無いが…、いやゴメン自慢だが、オレは勉強が出来る方だ。そんなオレの珍しい誤答にクラスはどよめき、ロムは大笑いしていた。
そして現在、クラスが笑いに包まれている。あいつめ、よくもこんな身内ネタを…。こんなの転校生が置いてきぼりに
「アハハハハハハ!!!」
…ならずに、転校生も大笑いしていた。
「アハハハ…、二人とも仲良いね!いいなぁ」
転校生が涙をぬぐいながらオレの方を見てくるので
「ど、どうも…」
と答えざるを得なかった。
結果として歓迎会は大成功。MVPは間違いなくロムだろう。心配の種としてマークしていたハズの彼に、オレは救われたのだった。