第3話【洗脳展開無し!! 魔法少女VS中学生男子】 その2「無事な者達」
次の日も、オレは自分の席から海月の姿を眺めていた。
なぁ海月、お前が魔法少女になったあの日以来、オレはお前が気になって仕方ないんだ。お前は知らないかもしれないけど、あの日オレはお前の全てを見ていたんだよ。
フェアリーティアーズのことについて、お前は学校で一言も話してないよな?戦いが終わった後、未来来とトイレに隠れたところを見るに、フェアリーティアーズである事はナイショなんだろう?でも、オレは知っているんだ。
ついでに言うと、オレはお前の裸まで見てしまったんだ。このことを知ったら失望するだろうな。でも白状する気は無い。クラスや生徒会での活動に支障が出たら大変だし、世界がピンチの時にお前が変身することを躊躇するようになっても困る。黙っておくしか無いんだ。こんなオレを許してくれ…
「未来来の次は海月の観察かね、塔岡?」
「ひぁぁ!!??」
背後からくぐもった声をかけられ、オレは現実に引き戻される。
「お、おっす、ロム、サブロー…」
ロムとサブローが後ろにいた。くぐもった声の主はロムだったか。昨日は正面から来てたので、完全に油断していた…。海月を観察していたことがバレてしまったか?
「クラスの学級委員が女子生徒をジロジロ眺めて暇つぶしとはけしからんな塔岡。2年2組10点減点」
「いや、そう言うロムも2年2組の所属だろ。自分のトコ減点してどうすんだよ」
ツッコミを入れて、なんとか誤魔化しを謀る。
一応断っておくが、オレの学校にクラス別の得点制度なんて無い。故に、年度末に校長先生直々の晒し上げが行われることも無い。
「おい、カズノリ…」
サブローがため息を吐きながら、オレに呆れたような表情を向ける。
「流石に今回は擁護出来ねぇぞ。転校生はともかく、あのクソアマはお前との接点モリモリだからな」
「サブロー、お前何言ってんだ?」
そう言葉を返したのは、海月の観察がバレて内心焦っているオレでは無く、まさかのロムであった。
「何って…、『カズノリが今度は海月に惚れ始めた』って言いてぇんだろ、お前は?」
「いや、それは無かろうよ」
意外なことに、ロムはサブローの推理をあっさり否定した。
「まぁ可能性がゼロとは言わんけど、カズが海月を眺めてたのは違う理由だとオレは睨んでるね」
「違う理由だと?」
「いやあ、しかし海月もか。フゥン」
アゴに手を当てて唇を突き出しながら、オレに代わってロムの方が海月を眺め始める。
「おい、どういうコトだ?一人で納得してんじゃねぇぞロム!」
「棚田はまだ分かって無いのかね?情け無い…。2年2組10点減点」
「テメェ…!」
妙にクオリティの高い声マネで煽られて目に見えるようにイライラし始めたサブローを、イラつかせた張本人であるロムが宥める。
「まぁまぁサブローくん、こういう答え合わせには、やるに相応しいタイミングがあるのだよ」
「また意味の分からない事を…」
「焦る必要は無い、時はすぐに来るさ。ククク…」
怪しげに笑うロム。どいつもこいつも中二病拗らせすぎだろ…と、この時は思っていたのだが、彼の言っている事は間違いじゃ無かったと程無くして思い知るのだった。
この日の午前中は美術の授業で、学校から20分程歩いた場所にある「宜野ヶ丘台公園」へとクラス全員で向かうことになった。
かなり広い公園で、学校のグランド2つ分はある…というか実際に敷地の半分はグランドだ。運動部がよくココを借りて練習に励んでいる。もう半分は丘というか芝生が生えている高台のようになっており、沢山の桜の木が植えられている。四月にはお花見スポットだ。南方からはグランド、残り三方からは住宅街が見渡せる。
「題材は何でも構いません。桜の木、グランド、住宅街…好きな題材を描いて下さい」
先生がそう指示した。正直、絵を描くのは余り好きでは無いのだが、さて何を描こうかな?
「グランドはかなり広いな」
題材を悩むオレの横でロムが言う。
「何を分かり切った事を…」
サブローの言う通りだ。この地域に住む人なら一度は来るような場所だし、ましてやロムはサッカー部なのだから尚更だ。
「いやあ、最高の条件だなぁと思ってね」
「ロムはグランドを題材にする気なのか?」
オレがそう尋ねてみると、ロムは周りをキョロキョロと確認し始める。
「…いや、ソイツは都合が悪そうだ。端の方に行くぞ」
そう言ってロムは丘の北東部へ歩いて行く。
「よし、ここなら良いだろう。さ、絵でも描きながら時間を潰そうじゃないか」
「今は美術の時間なんだが?」
相変わらずロムはマイペースだ。だがオレもサブローも描く題材を決めていたワケじゃ無かったので、その場所で住宅街をスケッチすることにした。
…うーむ、眺めが良い分、家の一つ一つが小さくて描写しにくい。実は難しい題材だったんじゃないか?いや、逆に考えるんだ。難しい題材をしっかり描く事が出来れば良い成績が貰えるだろう。学級委員たるもの、チャレンジあるのみだ。
オレは黙々と下書きを進める。ロムとサブローも同じだ。
思い返してみれば、この場面でもロムの様子は変だったと言える。いつもなら事あるごとに話しかけてくるであろうアイツが一言も喋らない。そのくせ、妙にソワソワしてやがる。彼の異変に気付いても良いハズだったのだが、作業に集中してたせいで気づけなかった。
どれくらい時間が経ったのかはハッキリしない。しかし、その異変には即座に気付く事が出来た。
青く澄み切っていたハズの空が急に紫一色となったからだ!
「こ、これはまさか!」
「そのまさか、だろうねぇ」
思わず立ち上がったオレの側から声が聞こえた。
「え!?お前ら無事なのムグググ…」
「あまり大きな声を出すなよ。台無しになるぞ」
オレの口をロムが押さえた。そう、ロムは人々が無気力状態になるハズの「ネガーフィールド」の下でも、オレと同じく無事だったのだ!
それに、無事なのは彼だけじゃなかった
「カズノリ!!」
サブローもこの環境下で平然としていたのだ!
「お前無事ムグググ…」
「だから大声出すなって」
ロムはオレから手を離し、サブローの口を押さえにかかる。オレよりも力がある分、ロムも必死だ。事実、サブローは口を押さえつけられている事を不快に思ったらしく、ロムの手を引き剥がそうとしている。
「サブロー、オレは大丈夫だから、とりあえず黙ってロムの話を聞かないか?」
二人が取っ組み合いの乱闘になったら一大事だ。オレはとりあえずサブローを宥める事にした。
オレの言葉を聞いてサブローが大人しくなったのを確認し、ロムは手を離す。
「テメェなぁロム…」
「悪い悪い、でもこの機会を逃す訳にはいかない。それはお前にとっても同じハズだぜ?サブロー」
そう言ってロムは辺りを見回す。案の定、近くでは他のクラスメイトが倒れ伏していた。
「動けるのはオレ達だけか?」
「フン、ザコ供に相応しい姿だ。そのまま息の根も止まってしまえば、無駄な酸素の消費も減るだろうによ」
オレの言葉に対し、サブローがいつもの調子で言葉を返す。そう、これが彼のスタンダードです。皆さん早く慣れてくださいね。
「いや、動けるのはオレ達だけじゃないハズだぞ」
一方のロムはオレの言葉を否定する。
「そうだった!インソムニアだ!」
「シーッ!声がデカいって」
オレは慌てて自分の口を押さえる。
「あのなぁカズ、このチャンスは一回切りなんだ。もしアイツらに見つかったら終わりなんだぞ?」
「ご、ごめん」
謝ってしまったが、ロムの言う「チャンス」って一体何のコトなんだ?気になったが、ロムがいつになく真剣だったので、尋ねるのは止めにした。
「つーか、オレが言いたかったのはインソムニアの事じゃ…と、こうしちゃいられない。早いトコ行かなきゃ間に合わなくなるぞ」
混乱するオレに構わず、ロムは姿勢を低くし、移動を始める。
「2人とも見つからないように、慎重に行動しろよ。それと何度も言うけど、この後何があっても大声出すんじゃねえぞ?いいな」
「わ、分かったよ」
「おう」
オレとサブローはロムの規約に同意しつつ、彼の後を追うのだった。