第2話【青の魔法少女 ティアードロップ】 その8「相棒が魔法少女になっちゃって…」
海月が魔法少女になった所を目撃してからというもの、オレは彼女のことで頭がイッパイになってしまった。学級委員としての活動や生徒会メンバーとしての活動を経て、海月はオレにとって、ロムやサブローとは違った意味で、そして恋愛対象とも違う意味で、相棒のような存在になっていた。向こうがどう思っているかは知らないが、少なくともオレにとってはそうだったのだ。そんな彼女が魔法少女になってしまった。
これからもインソムニアの連中が襲ってくるだろう。その度に海月は戦いに赴くのか?なぜリスクを背負ってまで戦うんだ?自分の正義を貫くためか?様々な疑問が頭に浮かぶ。だがそれらを本人に会って確かめることは出来なかった。
それから、ああ…、やっぱりあの過激な変身シーンも忘れられない。特別な存在である海月の裸を見たという事実は、興奮やら罪悪感やら、色々な要素を内包した「衝撃」をオレにもたらしていた。その日会ったばかりの転校生である未来来の変身シーンを目撃した時とは勝手が違っていた。
そんなわけで、この週末はまたしても寝不足になってしまった。腹の調子はスッカリ良くなったのだが、体調が万全で無い日が続いてイヤになる。
週明けの月曜日は学校に着いてすぐ生徒会室に向かい、扉の横に置かれた机の上の箱を持って、部屋へと入る。
「うーん…、あんま入ってないね」
中身を確認して、そう呟いた。
この箱は、宜野ヶ丘市立第一中学校の生徒が生徒会に対して自由に意見を出せるよう設置された箱、通称「目安箱」である。箱の横にある専用の意見書に意見を自由に書き込んで、この目安箱に入れる。寄せられた意見については生徒会メンバーで一考するのだ。
余談だが、この「目安箱」という名前は、江戸幕府の八代将軍徳川吉宗が「享保の改革」の一環として行った同名の施策から来ている。享保の改革に関する知識をオレはクイズ番組で初めて知ったのだが、本来は中学校の歴史で習う内容だ。ウチの中学校で目安箱を始めた人は既に卒業しているオレの知らない人だが、歴史で習いたてホヤホヤの単語をそのまま使っちゃうところが、なんだか子供臭くて微笑ましい。…なんて話をロムにしたところ、
「じゃあ、カズは『公事方御定書』を始めりゃ良いじゃん。『廊下を走った者、磔の上、打ち首獄門』とかどうよ?」
と返してきた。そんな物騒な決まり事を制定する中学校がドコにある。
おっと、話が逸れすぎた。そんな感じで、箱の中身は定期的に回収する必要があるのだが、その役目を任されているのは庶務であるオレだ。
今日の投書は1枚。中身を拝見すると「2年5組横のシンクの水垢がヒドいので、一度徹底的に落として欲しい」という内容だった。
「これは美化委員の案件だな」
そう独り言つ。
宜野ヶ丘市立第一中学校には生徒会の他にも学習委員、美化委員といった専門の仕事に携わる委員会が5つ置かれている。その委員会に関係する投書は棚毎に分けて纏められ、後で引き継がれるのだ。
オレが投書を美化委員の棚に入れた時、生徒会室の扉が開いた。
「あ…」
「あ、おはようございます、塔岡君」
来たのは、なんと海月だった。
「おっ、おっ、おはよう海月…」
「どうしました、塔岡君…?」
「あ、いや、朝に海月が来るとは思わなくて…」
彼女に会う心の準備が出来ておらず、シドロモドロになりながらも何とか会話を続けようとする。
「放課後の会議の事前準備を、と思いまして」
「あ、あ~、ナルホド…」
海月の言うとおり、今日の放課後に生徒会室で、金曜のボランティア活動についての報告書を書くため会議が行われるのだ
「それより、金曜はボランティア活動、お疲れ様でした」
「あぁ、ウン…。海月の方こそ…、その…、お疲れ…」
あまりの気まずさ故、言葉が上手く出てこない。それどころか相手の顔さえ上手く見ることが出来ない。
「どうかしましたか?」
「い、いや、別に何でも…」
何でもと言いながら海月の顔を見ることが出来てないのはオカシイだろ!オレは無理して相手の顔に視線を向ける。くぅ、何なんだ?この、顔を背けたくなる妙な魔力は!?
「塔岡君、顔が赤いですよ?」
「うあっ!?えっと、その、今日も寝不足みたいで…」
「またですか?体調管理はしっかり、とこの前言ったばかりじゃないですか」
「ハハ…」
うるせえなぁお前オレの母さんかよ、と言いたくなる気持ちをグッと堪えて愛想笑いを返す。お?今の怒りで海月の顔が大分見やすくなったぞ。良かった良かった。この後のことを考えると、ずっと海月の顔を見れない状態ではいられない。
ひと安心しつつ教室に戻り、自分の席に着いた時だった。
「ういーっす!!」
突然、教室前方の入口からロムが勢いよく入ってきた。
「よう、ロム」
「カズ、オレは勘違いしてたぞ。お前は恋に苦しんでたワケじゃ無かったんだな?」
「な、何の話だ?」
「それにしても全く、青春してるなー!お前―!!」
「いやいやいやいや…、お前どうしたんだよ」
なんだろう、今日のロムはやけにテンションが高いような気がする。いや、いつも通りか?
と、ここでオレはロムの後ろにサブローがいたことに気付く。いつもならもっとオレ達の近くに来るはずなのだが、今日はロムから少し離れた所にいる。
「お、よう!サブロー」
「……おう」
「ど…どしたん?」
オレは恐る恐る尋ねる。サブローがとても不機嫌そうな顔をしていたからだ。
「あー、今日はサブローに不用意に話しかけない方がいいぞ?」
ロムがオレに忠告してくる。
「サッカーの試合、負けちまったからな」
「はぁ!!??」
オレは驚きのあまり大声を上げてしまう。この二人がいながら試合に負けるだなんて信じられない。
「チッ!」
だがサブローが舌打ちをしながらこちらを睨みつけてきたので、ロムの言葉が嘘ではないのだと察した。
「ま、負けたって、何があったん?お前らと、あと母ノ暮と、揃ってて負けたのか!?」
「まあ、色々とあったのよ!イロ・イロ」
ロムが誤魔化してくる。
「何だよ、気になるなぁ」
「テメエがしっかりパス出さねえからだろうが!馬鹿強ぇパス出して三年に『人を殺す気か!』って怒鳴られてたじゃねえか」
イラつきながらロムを責めるサブローだが
「サブローだって、ゴールからめっちゃズレた場所にシュートしてただろ?威力が強すぎて結局、あのボールは行方不明のままじゃんか」
相手も飄々と返してくる。
「チッ!!」
「まあ、昨日はしょうがないさ。しょうーがない♪しょうーがない♪」
サッパリ意味が分からなかった。二人とも常人を凌駕する身体能力の持ち主だが、自分の力をコントロール出来ないワケじゃ無い。オレ達が虫を握りつぶさないように持つことが出来るのと同じだ。だからこそ人格に多少問題有りでも、チームが勝つためのピースとしてレギュラーを張り続けていられるのだ。
そんな二人がミスをするだなんて。一体何があったというのだろう。是非とも知りたいところだが、藪をつついて蛇を出すのは避けたいところだ。
「つーかテメェ、テンション高ぇんだよオイ!」
サブローがロムに突っかかる。確かに、試合に負けたのだとしたらロムの方は機嫌が良すぎじゃないか?サブローみたいに分かりやすくイライラするキャラじゃないが、もう少し意気消沈していた方が自然な気がする。
「いやー、オレっていつもこんなんだろ!なあ、カズ?」
「え?いやー、でも確かに今日のお前はテンション高い気がするぞ?試合に負けたんだろ?帰ってくるまでの間に何か良いことでもあったのか?」
「………」
沈黙するロムをサブローが睨みつける。
「…そっか、じゃ、もう少し大人しくしてた方が良いな」
おかしいなぁ、ロムが素直だ。もっと冗談や唐突なギャグで返してきても良いはずなのだが…。
結局、試合で2人に何があったのか知ることは出来なかった。平時だったなら自力で答えに辿り着くことも出来たかもしれないが、オレもイッパイイッパイだったのだ。
その日の授業中、オレは自分の席から海月の姿をジッと見ていた。色々な感情が渦巻いているが、やはり彼女が気になって仕方ないのだ。
そして放課後、生徒会メンバー3人が生徒会室に集合する。
「金曜はボランティア活動、お疲れ様でした。今日は昨日の活動内容を振り返り、報告書を作成します。最初に塔岡庶務、報告をお願いします」
天ノ原会長の代わりに進行を勤める海月がオレにパスを出した。
「はい。金曜は『天ノ原会長が旅行でブラジルにいる』という話をした際、子供達がブラジルという国に興味を持ったので、『ブラジルってどんなとこ?』教室と題して、講演を行いました」
「子供達は喜んでくれましたか?」
「はい、皆さん楽しんでくれました。ただ、天ノ原会長がやっていた持ち上げ遊びをどうしてもして欲しい、とリクエストしてきた女の子がいたので、頑張ってやってみたのですが上手く応えることは出来ませんでした。報告は以上です」
「あの、一つ質問したいのですが…」
そう言ったのは、オレの言葉を議事録に書き記していた八百万書記だった。
「塔岡庶務、トイレに30分以上閉じこもっていましたよね?」
「えぇ!?」
思わず驚きの声を漏らしてしまう。30分だと?そんなに長くは…イヤ、実際にそれくらいになるのか。魔法少女とインソムニアの戦闘中、オレはずっとトイレにいたことになる。質問してきた八百万書記は「ネガーフィールド」の影響で倒れており、その間の記憶は持っていない。何が起こっていたのか、彼女は知るよしも無いのだ。
「あ、アレは別にサボっていたワケでは無く、腹痛で…」
「腹痛だとしても、そんなに長時間トイレに籠もる必要がありますか?」
「えっと…」
「塔岡庶務は悪くありませんよ、八百万書記」
返事に困っている俺を助けてくれたのは海月だった。
「彼のお腹の調子が悪いという話は、私が事前に聞いていました。昨日のボランティア活動にもその不良を押して参加してくれていたのですが、途中で再発してしまったのでしょう。ですから、彼は何も悪くないのです」
「そ、そうですか…。スミマセンでした、塔岡庶務」
「ああいえ、お気になさらず…」
ああそうか、海月はオレもネガーフィールドの影響でトイレ内で倒れ伏していたと思い込んでいるんだな。オレが本当は戦いを見ていたことを知らないのだ。だからフォローしてくれたのだろう。そもそもの腹痛の原因について触れないのは、彼女が情けをかけてくれたのだ。礼を言わなければなるまい。
「フォローして下さり、ありがとうございます。海月副会長」
「お気になさらず」
そう言って海月はニコッと微笑む。その笑顔にオレはドキリとしてしまうのだった。
第2話【青の魔法少女 ティアードロップ】 これにて終了です。第3話、魔法少女モノのお約束がぶっ壊れます。ここからが当作品の真骨頂と言っても過言では無い…?お楽しみに!
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