第2話【青の魔法少女 ティアードロップ】 その5「新たな刺客 E・トゥルシー」
オレはすぐさま状況を把握する。再び「インソムニア」が攻めてきたのだ。
「ホーホッホッホ!!」
女の高笑いが聞こえる。遊びスペースに見知らぬ女性が立っていた。笑い声を出したのはアイツか。
「どうかしら、私の華麗なる侵略は?」
「完璧です。E・トゥルシーさん」
「お見事です。E・トゥルシーさん」
女の両脇に立つ男2人が褒め称える。以前のトリコロールトリオと同じく、上司1人に部下2人が付き従う三人組か。
E・トゥルシーと呼ばれていた真ん中の女性がリーダー格だな。髪色がグレーのおかっぱ頭で、低身長の小太りだ。顔の化粧が濃い。C・ハータックの部下2人も化粧が濃かったが、あちらは「自分を可愛く見せるためのギャルメイク」なのに対して、こっちは「自分の素顔を隠す目的の厚化粧」といった感じだ。
部下の2人は筋肉質な男と、眼鏡をかけた理知的な雰囲気の男だ。
前者は黒髪で、それこそ「インソムジャーを生み出すために使われる物体」を彷彿とさせるトゲトゲの髪型をしている。右手にはクマのぬいぐるみを持っている。あのぬいぐるみ、どこかで見たことがあるような…?
もう片方の男は白髪で、腰まで届くほど長いサラサラヘアーだ。右手には情報端末らしきタブレットを持っている。
以前のC・ハータックの三人組を「トリコロールトリオ」と称すなら、今回の三人組は「モノクロトリオ」といったところか。またしても髪色だけで決めちゃってるけど。
「仮に今、フェアリーティアーズがやって来たとしても私の勝ちは揺るがない。どうしてか分かるかしら、セッサー?」
「え?えぇと…」
E・トゥルシーに名指しで質問された筋肉質な男、セッサーが回答に詰まる。
「分からないの?なら、教えてあげましょう!なぜなら、私にはこれだけ沢山の人質がいるから!コイツらを盾にすれば、心の綺麗なフェアリーティアーズは手出しが出来るわけないわ!」
そう言って再び高笑いをするE・トゥルシー。ヤツらの周りには海月や八百万書記、そして子供達が皆、床に倒れ伏している。
インソムニアが展開する「ネガーフィールド」の中では、人々は無気力状態になり動けなくなってしまう。例外はインソムニアの連中、理由は不明だがオレ、そしてもう一人…
「ここにいたのね!『インソムニア』ッ!!」
彼女、転校生の未来来希だ。原理は不明だが、インソムニアの出現を察知してココに駆けつけて来た。
「ウワサをすれば何とやら、ね」
E・トゥルシーが、施設に飛び込んできた未来来の方に体を向ける。
「前とは違う人!?」
「でも希、コイツらも『インソムニア』に間違いないポン!」
未来来の側には例のタヌキも浮いていた。
「ハ・ジ・メ・マ・シ・テ。私の名前はE・トゥルシー。そこのタヌキクンの言う通り、『インソムニア』の侵略尖兵よ。そして後ろの二人は私の後輩…」
「セッサーです」
筋肉質な男が名乗る。
「ヂョーサーです」
理知的な雰囲気の男が名乗る。
「さあ、次は貴女の番よ、お嬢さん。フェアリーティアーズとしての姿、見せて貰おうかしら」
「言われなくとも!」
そう言って未来来は懐から例の変身ブローチを取り出した。変身するんだな!?今…!ここで!
『ダメだよ、一典』
ふとオレの耳元で声が聞こえた。
『君、未来来さんの変身シーンをガン見しようとしてるでしょ?』
天使の羽根を生やして白い服を着たオレが、オレに話しかけてくる。
『この前のコトは事故で済むかもしれないけど、今見るのは確信犯だよ?生徒会メンバーである君が、女の子の全裸を見るだなんてゲスなマネをグホォッ!?』
『うるせえ!見よう!!』
天使のオレは、悪魔の角と尻尾を生やした黒いオレに殴り飛ばされた。この間、わずか1秒未満!
それじゃあ未来来の変身シーン、じっくり見させて貰おうかな。
「オープン・アイズ・メタモルフォーゼ!!」
未来来の声と供に変身ブローチから光が放たれる。光に包まれた未来来が宙に浮き、彼女の服が音も無く破れていく。数秒もしないうちに未来来は全裸になった。あぁ、ありがてぇ…。その後、変身端末から伸びた光の帯が彼女の裸体に巻き付き、魔法少女としての衣服を形成した。後は髪の色とボリュームが変化して、ブローチが首元のリボンに収まることで変身完了となる。
「来る!絶対来る!希望に満ちた未来を守り抜く笑顔の魔法少女!ティアーミラクル!!」
変身を終えたティアーミラクルが名乗りを上げた。
「ティアーミラクル、ね。OK、覚えたわ。と言っても、今日私が倒してしまうから覚える意味なんて無いのだけれど」
「簡単に倒されてなんてあげないよ!」
「その威勢、いつまで続くかしらね?セッサー!」
「はい、これを」
セッサーは持っていたクマのぬいぐるみをE・トゥルシーに手渡す。
「カモン!インソムジャー!」
E・トゥルシーは紫の物体をクマのぬいぐるみに埋め込んだ。あのバケモノを作るつもりだ!
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
クマのぬいぐるみはあっという間に巨大化し、インソムジャーへと成り果ててしまった。
「来るポン!ミラクル!」
側に浮くタヌキの警告を受けたミラクルは、腰に差していたステッキを手にする。
「フェアリーティアーズウェポン・チェンジ!」
掛け声と共にステッキの姿が弓矢に変化した。
「貴女の好きにはさせない!」
「ホーホッホッホ!良いのかしら?そんなもの構えちゃって?」
武器を手にした相手に対し、E・トゥルシーは余裕を見せる。
「私達の周りに倒れてるコ・レ、見えないわけじゃ無いでしょう?」
「ひ、人質!?」
「その通り。ココで寝てる子供達がどうなっても良いって言うのなら、どうぞ攻撃してご覧なさい?」
「ひ、卑怯だよ!!」
そうミラクルが非難するが、敵は一切悪びれない。
「ホーホッホッホ!何とでも言えばいいじゃない。卑怯でも何でも、目的を遂行するために最適な行動を実行するのが『デキるオンナ』よ。インソムジャー!攻撃しなさい!!」
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
E・トゥルシーの命を受けたインソムジャーが腕を振り下ろす。
「くぅっ!」
ミラクルは攻撃を跳んで躱し、斜め上に光の矢を放つ。
「イ゛イ゛イ゛イ゛!?」
矢はインソムジャーの右耳に刺さり、そこから黒いモヤのようなモノが吹き出した。
「何をしてるのインソムジャー!私が人質の存在をほのめかしてるんだから、ちゃんと人質を手にして戦いなさいな!」
「イ゛イ゛!」
E・トゥルシーの命を受け、インソムジャーは近くに伏せっていた子供を右手に取った。
「あ、あの子は…」
オレは思わず声を漏らしてしまう。ヤツが手に取った人質は、オレに「たかいたかい」を要求したウメコちゃんじゃないか!彼女は今、オレでは無くバケモノによって高所に上げられている。ロムだったら「いやー、良かったじゃないか!願いが叶ってさぁ」なんて軽口を叩くのだろうが、オレはそんな気分にはなれない。
「これで攻撃出来ないでしょう?」
「くっ!」
バケモノが手にした人質の存在によって、今度こそミラクルは手詰まりになってしまった。
一体どうしたら良いんだ!?オレは今、トイレの出入り口から顔を少し覗かせる形で戦況を見守っている。トイレから遊びスペースに続く廊下は距離があるため、向こうの人達はまだコチラに気付いていない。だが前回のように大声を上げた所で、敵が人質を放す保証は無い。オレがE・トゥルシーの立場なら、自分はミラクルの相手に集中して大声の主は後輩に探させるだろう。そうなれば逃げ道は無い!
「ホーホッホッホ!!貴女がお人好しの馬鹿で助かったわ!やっぱり子供は人質にするに限るわね!」
「非道いっ!」
ミラクルと同じく、オレも拳を震わせる。あのE・トゥルシーとかいう女、マジの外道だ!必ず、かの邪智暴虐の女を除かなければならぬと決意した…所でオレにはどうすることも出来ない!万事休すなのか…?
「…今、何と言ったのです?」
「はい?」
「え、何?」
「え?」
モノクロトリオでもミラクルでもタヌキでも、無論オレでも無い声を耳にし、場にいた全員が困惑する。
「今、貴女、何と言ったのですか?」
「あ、アンタは!?」
E・トゥルシーが驚愕する。ソレを見たオレは思わず息を呑んだ。
先程まで無気力状態で倒れていたハズの海月雪花が、ユラリと立ち上がったのだ!!




