第2話【青の魔法少女 ティアードロップ】 その3「ゲリピー」
翌朝、オレは朝食のデザートにキャラメルプリンアイスバーを口にしていた。これで昨日から換算して7本目だ。とりあえず、母さんが捨てると宣言していた分は食べ終えることが出来た。昨日は帰宅した後、夕飯以前に1本、夕食後のデザートに1本、風呂上がりに2本を消費した。そして今日は目覚ましに1本、そして朝食後のデザートに1本。購入後すぐに食べた1本と合わせて7本だ。キャラメルプリンアイスバーの美味しさのおかげで苦痛という程では無かったが、流石にもう十分だと感じている。これから物を買うときは数量に気をつけなくては。
学校に登校した後、オレは昨日と同じように自分の席から未来来を眺めていた。相変わらずクラスの女子に囲まれているが、魔法少女としてのアクションは一切起こさない。観察するだけ無駄なのだろうか?
「ま~た転校生を眺めてんのか?」
後ろから声をかけられる。コイツに変な勘ぐりをされてしまう、という点でも未来来の観察は止めにした方が良いのかもしれない。
「よう、ロム、サブロー」
「ういっす」
「よう」
言うまでも無く、声をかけてきた相手はロムだった。サブローも、いつものようにロムの近くでスタンバっている。
「カズ、昨日公開された『カードろう』の新情報見たか?」
そのサブローの方からオレに話題を振ってきた。
彼の言う「カードろう」とは、「カードマスターになろう」という漫画を基にしたTCGだ。恐らく我が国で最も勢いのあるTCGではなかろうか。プレイヤーは「北陣営」「東陣営」「南陣営」「西陣営」の中から好きな陣営を選び、その陣営に属するカードでデッキを組んで、他プレイヤーとバトルするのだ。上手く自分の盤面を築けた時、及び相手の展開を上手く妨害出来た時の気持ちよさはハンパじゃ無く、中毒的な楽しさがある。まあ、逆の立場になった時の不快感も相当なモノだが…。
「見たけど?」
「南陣営のカード情報が1枚も無かったぞ。これで3週連続だ。どうなっている?運営は南を見捨てたのか?」
「いや、それは多分この前ブッ壊れカード出したからだろ」
「『キングトータス 亀ハメハ』は間違いなく運営の調整ミスだったよなぁ。ありゃしばらく南に良い情報は来ませんわ」
「チッ、オレのデッキに入れづらいカードなのによ…」
サブローが吐き捨てた。会話の流れから察して貰えたかもしれないが、サブローは南陣営デッキを使っているのだ。ちなみにオレは東陣営、ロムは西陣営のデッキを使ってる。
「それよりカズ、転校生にお熱なお前に未来来ニュースだぞ!」
ロムが急に話題を変えてきた。
「だからお熱じゃなくて、学級委員として心配りしてただけだってば!」
「まあとにかく未来来ニュースを聞けよ、未来来ニュースを!」
さてはロム、未来来ニュースって言いたいだけだな?
でも、聞くだけ聞いてみようか。「オレが未来来に恋してる」という推測こそ外れてるものの、コイツの洞察力は中々侮れないのだ。もしかしたら、魔法少女に関する何かしらの情報が得られるかもしれない。
「何だよ、未来来ニュースって?」
「この週末、サッカー部の演習試合が開かれるのは知ってるだろ?」
未来来への自己紹介で本人達が言っていたが、ロムとサブローはサッカー部員なのだ。サッカーというチームプレーが重要になるスポーツで、この2人を起用するのは些か問題が生じそうな気もするが、ソレを差し置いても常人を凌駕する運動神経を持つ2人は、それぞれ「サッカー部の道化師」「サッカー部の死神」という如何にも中二チックな二つ名を付けられた上で、チームが勝つために欠かせないピースとして起用され続けている。サッカー部にはもう一人、同じように超人的な身体能力をもつ「サッカー部の類人猿」こと母ノ暮沙流夫という2年の男子生徒がおり、この3人を有する我が校のサッカー部は強豪チームとして地域でも有名なのだ。
「オレらの演習試合にはチア部も同行する。みんな知ってるね」
「もしかして、未来来ってチア部志望なのか?」
「そういうこっと。有原から聞いたのよね」
有原三佳。オレのクラスの出席番号1番で、チアリーディング部所属の女子生徒だ。言われてみれば、未来来は有原とは特に仲が良さそうだ。彼女から部活に誘われたのだろう。
「まだ体験入部って段階だから有原みたいに踊ることはしねーんだけど、見学のために試合に来るってさ。お前も一緒に来るか?」
なぁんだ、魔法少女に関するコトじゃなかったか。まあ、未来来の動向は気になるっちゃ気になるが…
「…う~ん、休日くらいゆっくりさせてくれや」
数秒迷ったが、断ることにした。未来来のことばかり考えていて疲れが溜っているのも事実だ。魔法少女に関して考え込む必要の無い日も欲しい。「未来来がいない間にインソムニアが攻めてきたらどうするんだ?」という問題については考えない。考えたくも無い。
「おやおや?チョット迷ったな、お主。惚れてるが故の強がり…」
「ロム、オレはお前の言う『カズノリが未来来に恋してる』って話には賛同できねえぞ」
サブローが遮った。彼はオレとサッカーの試合に対してだけは、周り全てをザコ扱いして見下す普段の態度を封じる。オレとの付き合いもサッカーとの付き合いも長いからな。サッカーの試合中は人が変わったようにチームプレーをし始める。そして試合後は元通りという調子だ。試合中の態度を普段もしてくれるようになれば、オレの負担はどれだけ軽減されるだろうか…。
「サブローはカズが片思いしてないってのかよぉ?」
「ああ、コイツは真面目なヤツだからな。単に学級委員としての仕事をしてるだけなんだろ。無駄骨様だとは思うがな」
「ぐぬぬ…、カズのことに関してはサブローには勝てんからなぁ」
「サブローの言うとおりだよ。チョット迷ったのは、休みの日にも学級委員として…うぐっ!?」
そこまで言いかけた時だった。急に下腹部がキリキリと痛み出した!く、苦しい!
「お、どしたどした?」
「急に腹痛がぁ…。アイス7本食ったのがダメだったか…?」
「ぷっ!何だソリャ!?カズもズイブンと傾奇モンだねぇ」
「何があったら、んな馬鹿なマネするんだよ?」
「と、とりあえずトイレに行かせてくれぇ…」
「さっさと行けよ。ココで漏らされる方が迷惑だ」
サブローがそう言い切らないうちに、オレは急いでトイレへと向かう。良かった!個室が空いているぞ!
「………。ふう…」
オレは便器に座り、コトを済ませる。下痢だ。完全にゲリピーです。こういう時って出した後もまだ座ってなきゃならないような不快感がするのが嫌だよなぁ。食事中の方は申し訳ございません。
授業が始まった後も、なんだか腹の調子が悪いような気がしてならなかった。というか実際、3時間目の途中にもトイレに向かうハメになった。もしかしたら、これまで抱えていたストレスも原因なのかもしれないな。
そして給食の時間。デザートにヨーグルトが出てきた。おいおい、ここから更にオレの腸内活動を活性化させようって算段か?かといって残すのはもったいないし…、せめて良い方向に菌が仕事をしてくれることを願うしか無かった。
そんなこんなで放課後。オレと海月は授業が終わった後すぐに校門前に向かう。この後は「宜野ヶ丘こども文化センター」でのボランティア活動があるのだ。
「そういえば塔岡君、今日はずっと調子が悪そうでしたが、やはり寝不足なのですか?」
道中、海月が心配そうに声をかけてくる。
「いや、今日は寝不足じゃ無くて腹痛でさ」
「腹痛、ですか」
「ああ、昨日から今朝にかけてアイスを7本食べたのが原因だな」
「どうしてそんな馬鹿なことを…」
あの海月が呆れた様子を隠し切れていない。オレのやらかしは相当アホウなコトだったらしい。
「コンビニで売ってたキャラメルプリンアイスバーってのがものすごく美味しくってさ。昨日の帰り10本買ったんだけど、母さんに怒られて、早く消費しろって迫られて…」
「当然ですね」
「ハハ…」
何も言えねえ。
「この後のボランティア活動、平気なんですか?」
「大丈夫、だと思う。それに、アイスの食い過ぎで調子悪い、だなんて理由で生徒会の活動サボれないよ」
「無理はしないで下さい」
「いや、自分の責任は自分で取るよ」
オレだって生徒会の一員なんだ。使命感や責任感は人一倍あると自負している。ボランティア活動中に腹痛が悪化しないことを祈るばかりだった。




