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第三話 婚約者と新しい妹

 ないのだ。

 あの物語を現世で読んだ記憶がない。


 有名だし大人気だったはずなのに前世のことを思い出すまで私はあの物語を知らなかった。


 生まれ変わっても私の好みはあまり変わっていなかったらしく、やはり物語が好きで沢山の本を持っていた。


 まぁ金持ちであろうと、なかろうと貴族の姫の楽しみは限られている。

 乳母子を始めとした侍女達とおしゃべりをするか囲碁を打つか物語を読むか、である。

 囲碁は苦手だから、そうなるとお喋りか物語を読むかだが話をするにしても話題が必要でしょ?


「トメ、読みたい物語があるのだけど……」

 私(左大臣の大君の方)はトメに言った。

「お加減はよろしいのですか?」

 トメが心配そうに訊ねる。


「持ってないからお父様に手に入れて下さるように頼んでほしいの」

「分かりました。どのような物語でしょうか?」

 トメの問いに私は思い出せる限りの話をした。


 何しろ物語には名前が付いていない。

 話一つ一つには章題がある(こともある)のだが物語自体には名前がない。どの物語にも。


 言葉を尽くして説明していると、

「ーーーーー!」

 大きな鳴き声に遮られた。


 孔雀である。


 そう、うちにもいるのだ。孔雀が。


 (メス)だから地味な色をしていることもあって雉子(キジ)と間違えられることもあるのだが孔雀である。


 私の説明を聞いたトメが考え込む。


 何しろ私も前世を思い出すまではそんな物語は知らなかったのだ。

 もしかしてあの後、結局普通の継子いじめ譚として終わってしまったから後世に残らなかったのだろうか?


 いくら説明してもトメも他の女房達も私の言っている物語には心当たりがないらしかった――噂すら聞いたことがないようで、そうなると手の打ちようがない。



 数日後――



「姫様、北の方様がお呼びです」

 トメの言葉に北の対(北にある建物で北の方が住んでいるところですの)へ向かった。



 お母様の隣には私と年が近いと思われる女の子がいた。


「この子は母親が亡くなったそうなのでうちで引き取ることになりました」

 お母様が言った。


「まぁお気の毒に……」

「お姉様、どうかよろしくお願いいたします」

 新しい妹が頭を下げる。


「こちらこそ」

 私がそう言うと、

「部屋に戻りなさい」

 母が妹に言った。


「はい、失礼致します。ツユ、行きましょう」

 妹が乳母子らしい侍女にそう声を掛ける。


 一瞬、何かが引っ掛かったものの思い出す前に孔雀が鳴いた。


 孔雀の鳴き声に新しい妹が振り返った。


「猫がいるんですか?」

 新しい妹の言葉に、

「まぁ! 猫を見たことがありますの!?」

 私は思わず身を乗り出した。


「え、ええ。幼馴染みが飼っていましたので」

 妹が答える。


「まぁ羨ましい!」

「今の鳴き声は猫では……」

 妹が戸惑ったように言った時、また孔雀が鳴いた。


 にゃ~ぉ……。


「鳴き声って、これ?」

 私の問いに、

「はい」

 妹が戸惑ったように頷く。


「あれは孔雀の鳴き声よ」

「孔雀……孔雀は叫び声みたいな大きい声と聞いていましたが……」

「そう言う時も……」

「ーーーーー!」

 私の言葉を遮るように孔雀が叫んだ。


「まぁ……」

 妹が目を丸くする。


大君(おおいぎみ)

 母に呼ばれて、

「はい」

 私は返事をした。


「それでは失礼します」

 新しい妹が出ていくと、

「お母様、あの子は中の君ですか?」

 私はお母様に訊ねた。


「そんなことはどうでもよろしい」

「よくないでしょう」

 私は言い返した。


 今の二の姫を二の姫、新しい妹を中の君と呼ぶわけにはいかないのだ。

 どちらも次女という意味だから男性が送ってきた懸想文(けそうぶみ)がどちら宛か分からなかったら困る。


 夫がいながら他の男と通じたというのは離縁の理由になり得るから、殿方がどの姫のところに通っていたのかの区別は必要なのだ。


「では、あの子は中の君で。そんなことより……」

 お母様の顔付きが険しくなったのを見て身構える。


 なんで怒ってるのかしら……。


 読みたいと言った例の物語が何かいけないものだったとか?


 私が死んだ後に書かれた部分に何か良くないこと――例えば帝か中宮にとってあからさまに不都合なこと――が書かれていて人目に触れさせてはいけないことになったとか。


 それならトメ達が知らなくて当然かもしれない。

 私達が生まれる前に闇に葬られた物語なら聞いた事がなくて当然だし、読みたいと言った私に怒ってもおかしくない。


「あなた、勅撰和歌集の歌はどの程度覚えましたか?」

 お母様の問いに顔が引き()るのが分かった。

「いい歌が詠めるようになったのでしょうね」

 お母様が言葉を重ねる。


「な、なんで突然……」

 私が動揺を隠して訊ねると、

「春宮様とあの子……中の君は幼馴染みなのです」

 お母様が答える。


「……話がどう繋がっているのか分からないのですが」

 私が聞き返す。

「あなたは春宮への入内が決まっているでしょう!」


 そうだった……!


 忘れてた……!


 私は春宮に入内することになっていたんだった……。


 父は私が産まれた直後に内々にだが春宮への入内の話を決めていた。

 一応入内の許可が必要らしいので今のところは決定ではないのだが――。


 多分そのうちに正式に決定されるだろう。

 そういう意味では私は産まれた時から春宮の婚約者と言えるのだ。


 けど――。


 春宮には嫌な思い出しかない。


 少し前に春宮がうちに来たのだが――。

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