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平安時代の悪役令嬢は婚約破棄します!  作者: 月夜野 すみれ
第四章

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第二十二話 悪だくみ

 翌朝――


 庭を深緑の位襖(いおう)を着た随身が歩いているのを見た私(左大臣の大君の方)は箏を用意させた(もちろん几帳も)。


「この頃は箏のお稽古にご熱心ですね」

 女房の一人が言った。

「入内されるのですもの。参内するのが待ち遠しいですわ」

「姫様のお気を散らさないように向こうに行ってますわね」


 人払いをするまでもなく、女房達は気を利かせていなくなった。


 ごめんなさいね。

 私は入内する気はないんですのよ。


 心の中で謝りながら箏を弾いていると橘の香りが近付いてきた。


「あなたが三晩続けて来られる日に三日間通ってこられそうな殿方はいる?」

「…………」

 私の問いに頼浮が黙り込む。


「……本気ですか?」

 ようやく口を開いた頼浮が言った。


「あなただってそうしょっちゅう動物の死体を置いたり牛車に細工したりしたくないでしょ」

「やるのは郎党です」

 頼浮が前に私が言った言葉を返してくる。


「左大臣の婿にはなりたくないってこと?」

「この場合、左大臣は関係ないと思いますが」


 誤解のないように断っておくと、頼浮は、


『見くびらないでいただきたい! 身分に関係なくあなたをお慕いしているのです!』


 とか、そう言う物語に出てくるような胸の躍る言葉を言いたいのではない。


 というか、頼浮が出世目当てかどうかはともかく、この場合はむしろ逆。


 少納言(と、その弟)は左大臣の婿になれば出世を手伝ってもらえるだろうなどという浅はかなことを考えたが婿の出世を手伝わなければいけないという決まりはないのだ。


 婿の出世の手伝いをしないと娘が離縁されてしまうかもしれないし、婿が出世すれば結果として自分の家の利益にもなるからやっているだけである。


 蔭位(おんい)といって息子は二十一歳になると父親の身分に応じた官位を最初からもらえる制度があるから父親の身分が高ければ高いほど息子も高い身分から始められるし、始まりが高ければその分、出世も早いし高いところまでいかれる。


 姫やその両親を騙して男が入れ替わっていたことが発覚すれば婿の出世の手伝いなどしないこともありうる。

 それで男が通ってこなくなれば離縁が成立して娘は他の男と再婚できるわけだし。


 つまり私の差し金とはいえ頼浮が他の男と入れ替わって婿になってしまったということが発覚したら、そしてそれでお父様達が激怒したら、頼浮は出世どころか左遷されてしまうかもしれないのだ。


 そうなれば少なくともお父様が健在の間は()()役人のままで出世できない。

 それどころか下手したら役人ですらなくなるかもしれない。


 そういう意味では頼浮にとって私の話に乗って婿の入れ替わりをするというのは危険な賭なのだ。


「つまりイヤってこと?」


 頼浮が協力してくれないのなら他の方法を考えなければならない。


「そうだとお答えしたら他の男を捜すのですか?」

「まさか。他の手を考えますわ」


 さすがに婿となると誰でもいいというわけではない(私にだって好みというものがありましてよ)。


「私と同じ日に通える男というのは……?」

 頼浮が言った。


「お父様にその方を婿に勧めるのよ」


 お母様に持ち掛けたら怪しまれるだろうからお父様に勧めるのだ。


「それで通ってくることが決まったらその方が来られないようにして頼浮(あなた)が代わりに来るの」

「色々と発覚しそうな点があるような気がするのですが……数日待っていただければ探してきます」

 頼浮はあっさり承諾した。


 数日後――


「お父様、どうしても中の君に婿を取ると仰るのでしたらせめてまともな方にして頂けませんか? 中の君の婿になった方が左大臣家を継がれるのでしょう?」

 私がそう言うと、お父様が返事に詰まった。


 つまり中の君に跡を継がせる気もないのだ。

 このままお母様(か、他の妻)に息子が産まれなければ三の姫か四の姫の婿を跡継ぎにする気なのだろう(もしくは養子をもらうか)。


 もちろん中の君を追い出したりはしない――と思いたいけれど、婿になった方を武蔵野国(むさしののくに)とか下総国(しもうさのくに)とか遠い国の受領(ずりょう)にしてしまうと言う事は考えられる。


 受領にしても任期が終われば戻ってくるのだが、戻ってきても邸に入れてもらえないとか、すぐに別の遠い国に飛ばされたりとかいうことも考えられる。

 受領はお金持ちになれるから立て続けにやっていればまず生活に困ることはなくなるだろうが、それにしても――。


 やはり、なんとしてでも中の君を入内させなくては……。


「中の君のことが心配でとても入内どころでは……せめて安心させて頂けませんか?」

 私の言葉に、

「というと?」

 お父様が聞き返す。


「中の君を任せても大丈夫そうな方を婿にとって欲しいという事です。私が入内する前に!」

「ああ、そういうことなら心配ない」

「どなたか心当たりでも?」


 もしかして、もう次の婿を決めてあるのかしら。


「いや、それはまだだが……」

「私の入内はそんなに先ですの?」

「いや、陰陽師に日程を占わせてるところだ」


 そんなにすぐ――!?


 つまり決定されたか決定されそうということだ。

 ならば、ぐずぐずしていられない。


「それなのに、まだ婿にする方が決まってませんの!?」

「さすがにお前の入内までにと言うのは……」

「分かりました!」

 私はそう言うと自分の母屋に戻った。



「トメ、気分が悪いから横になりたいわ」

 私は母屋に戻るとそう言って横になった。



 それから数日間、私はずっと具合が悪いと言って寝ていた。



「姫様、薬湯を……」

「いらないわ。中の君に良いお婿さんが決まれば治ると伝えて。お父様達に!」

 私の言葉に女房達は顔を見合わせるとトメが母屋を出ていった。



 トメは北の対のお母様のところへ報告に行ったはずだ。

 そして私の言葉を聞いたお母様が婿のことを話題にしたらトメが左近衛府の少将のことを話す(頼浮と日程のあう殿方ですわよ!)。


 普通はお相手の方のことを調べるものだけれど、お母様達は中の君の婿なんて誰でもいいと思っているのだし、入内の日が決まりそうな時に私の我儘(わがまま)で延期などしたくないだろう。

 私を入内させるためなら相手を選んだりしないはずだ。



 トメが北の対から戻ってくると私は人払いをした。


「どうだった?」

 私は念のため声を(ひそ)めてトメに訊ねた。


「すぐにお話をすると仰っていました……ですが……」

「どうかした?」

「一日目に来られなかったら少将様からお知らせがあるから分かってしまうのではないでしょうか?」


 それは私も考えたし当然、頼浮も真っ先に気付いた。

 それでどうするか頼浮に聞いてみたのだ。


「最初は三日間、監禁してしまおうかと思ったのですが……」

 頼浮が言った。


 道に死体を置いたり牛車の細工をしたりしても止められない時にはそういう手も使うのだ。例えば試験に受かりそうにない息子を合格させるために試験官を拉致したりとか――。


 上級貴族というのは目的を達成するためなら手段を選ばない。どうせ実行するのは下級貴族だし。


 まぁ下級貴族も大差ないとは思いますけど……。


「あなたの上司でしょ。大丈夫なの?」

「実は貸しがありまして」


 どうやら来るのを妨害するまでもなく頼浮と少将の間で話が付いているらしい。

 つまり頼浮も、婿になる予定の男と実際になる男が入れ替わるという物語と同じことをするのだ。


 物語では、まんまと他の男が婿になってしまっていたのだから上手くいきますわ!


 と思っていましたのに――。

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