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第二十話 猫と物語

 数日後――


「姫様、松姫様からお届け物です」

 トメがそう言って文を差し出してきた。

 その後ろから侍女が唐櫃(からびつ)を持ってやってきた。


 文には私が物語が好きだと言っていたから娘時代に読んでいたもので良ければどうぞ、と書いてあった。


 私は早速松姫に礼状をしたため始めた。

 その間にトメが物語の中身の確認する。


「まぁ、姫様! この物語ではありませんか!」

「え?」

「姫様が仰っていた継子いじめ譚です。これではありませんか?」

 トメの言葉に私は物語を手に取った。


 読んでみると確かにあの継子いじめ譚だった。

〝女(主人公をいじめている姫)〟が出てくる前の話のようだが継子いじめの部分は覚えがある。


 妹達が来たのでトメが物語を読み始めた。

 トメが読んでいるのを聞いていたが覚えがある話ばかりだった。


 では、あの継子いじめ譚は私と中の君の話ではなかったの――?


 でも春宮のあの歌は……?



 数日後――



「まぁ、これが猫……」

 私は目の前の小さな生き物を見た。


 春宮が中の君に猫を贈ってきたのだ。

 私達は猫を取り囲んで見ていた。


「なんて可愛いの!」

 私だけではなく三の姫や四の姫も夢中になっているが中の君は困ったような顔をしている。


「どうかしたの?」

 私は中の君に訊ねた。


 まさか春宮が中の君(じぶん)に贈り物をしてきたのを気にしているのかしら?


 桜に続いて今度は珍しい動物(ねこ)だものね……。


 私は春宮が好きなわけではないから気にしな――。


「猫は鳥を捕まえるので……」


 ああ、そっち……。


 とはいえ中の君もすぐに猫に夢中になった。

 猫も中の君に懐いていつも一緒にいるようになった。


 小さい鳥はともかく孔雀は大きいから猫に殺される心配がないというのもあるようだ。

 そういえば狐も猫に襲われる心配がありませんわね。それに鯉も。


 だから春宮や中の君は孔雀や狐と相性がいいのかもしれない。


 やはり春宮に入内するのは中の君がいいですわ。

 私は孔雀や狐に興味はありませんもの。


 猫はほしいけど……。



「女君はとても心優しく、いつも自分のご飯を孔雀や池の鯉にやっていました」

 キヨが物語を読んでいた。


「私も鯉に餌やる!」

「私も! うちには孔雀がいないから小鳥にやる!」

 妹達が口々に言っていた。



 私(左大臣の大君の方)は目を覚ました。


 孔雀や……鯉?


 あらあら……。


 一応釣殿(つりどの)という池の側の建物まで廊下で繋がっているものの、私や中の君の部屋があるのは東の対(その名の通り東にある建物)で釣殿があるのは南西だから結構離れている。


 左大臣家(うち)の池はかなり広い。

 船を浮かべて船遊びが出来るくらいである。


 庭も広くて様々な木が沢山植えられているから蛙もいるし、その蛙を餌にしている蛇もいるからこの前の蛇も最初はてっきり庭から()い上がってきたのかと思ったのだ(意外とよくあるんですのよ)。


 それはともかく、池など本来なら簀子(すのこ)にすら滅多に出る事のない姫が気軽に行くような場所ではない。


 途中に渡殿(わたどの)という壁の無い渡り廊下を通らないといけないから行くならお付きの者(大抵は女房)が同行して棒の先に付けた布(これも几帳と言うんですのよ)で姫の顔を隠す。


 中の君がそんな手間を掛けて池まで行っているとは思えないから明け方の人目のない頃にこっそり庭に出ているのだろう。


 私は以前と同じ悩みを抱えることになった。


 使用人達に口止めすべき?

 でもお母様に叱られていないのなら見付かっていないということだろうし、それなら口止めしたら逆に教える事になってしまう。


 まして今回は実際に見たわけではなくて夢の中の物語で聞いた話だし……。


 松姫から頂いた物語は間違いなく私が夢中になっていた継子いじめ譚だ。

 となると、あの物語が本当に今の私達のことかは怪しい。


 そもそも私は中の君に嫌がらせなどしていないし……。


 似ているところはあるがまったく同じというわけでもないのだ。

 だから、もしかしたら中の君は鯉に餌などやってないかもしれない。


 私は迷った末、今回も黙っていることにした。



 数日後――



「男は姫君のお心を慰めようと猫を贈りました」

 キヨが物語を読んでいた。


「猫って可愛いって聞いたわ」

「私も猫が欲しい」

 妹達が口々に言っている。


「この猫も女に取り上げられちゃうのかしら?」

 二の姫が言った。

「どういうこと?」

 三の姫が私の疑問を代弁する。


「中宮様は入内する時、春宮様が幼馴染みの姫君に贈られた猫を連れていらしたそうよ」


 え……。



 私(左大臣の大君の方)は目を覚ました。


 どういうこと?


「トメ、松姫から頂いた物語が読みたいわ」

 私はトメに物語を持ってこさせた。


 頂いた物語全てに目を通したが猫の話は出てこない。

 というより〝女(主人公に嫌がらせをしていた姫)〟が出てこないのだ。


 物語は姫君が幼馴染みの男と再会した辺りまでしかない。


「文を書くから紙を持ってきて」

 私は松姫にこの物語の続きを知っていたら教えてほしいという文を出すことにした。


「姫様」

 トメが小さな声で呼び掛けてきた。


「どうかした?」

「今夜、中の君にまた婿入りが……」

「なんですって!?」

 私は声を潜めて答えた。


 お母様はまだ諦めてないのだ。


 一応お父様に掛け合ってみたものの――。


「すまん、中の君の入内は無理なんだ」

「箏の演奏が見事でも?」

「あれはお前だろう」

 お父様が突っ込む。


 さすがお父様、実の父親だから分かったのですね! と感心したら私達が下がってすぐにお母様が訂正してしまったのだとか。


「諦めてくれ。その代わり、お前の欲しい物はなんでも買ってやるから」

「それでしたら女御の座を買って下さいませ。中の君のために」

「妃の座を売り買いできるわけがないだろう。買ってやれるのは売っているものだけだ」

 と言われてしまった。


 どうやら、のっぴきならない理由でもない限り中の君を入内させてもらうというのは無理そうだ。

 何か中の君でなければならない事情でも出来ない限り――例えば私が入内できなくなるとか。


「トメ、(そう)のお稽古をするわ」


 私は(ひさし)に箏を用意させ、簀子(すのこ)と庇の間に几帳を置かせて人払いをした。


 御簾があるのに更に几帳で目隠しするは、簀子のすぐ側で弾いていることを知られないようにするためですわよ。


 それにしても――。

 中の君を守るのに手一杯で入内できるように仕向けるところまで手が回りませんわ!


 どうしたらいいんですの――。

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