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第二話 鸚鵡(オウム)の香炉と桜の枝

「……男、花を見給(みたま)いて……」

「この花を姫君に届けさせたのね!」

 二の姫が、はしゃぐ。


「届けさせようとしただけですよ。受け取ったのは女(邪魔をしている姫)です」

 キヨが言った。


 まぁ、言わなくてもお分かりでしょうけど――。


 姫君に花を届けさせようとしたけど何故か女が受け取ってしまった、というのは実際にあった話なのだ。

 といっても「幼馴染みの姫君に届けさせようとした」の部分は噂。


 吉野に咲く桜を見ていたく感動された春宮は幼馴染みの姫君にも見せたいとお思いになり、一本の木の枝を全て切って姫君に届けるようにとお命じになった。


 ところが何故かその大量の枝は幼馴染みの姫君ではなく左大臣家に届いた――と言われている。


 左大臣家に桜の枝が届いたという部分以外は噂話なのだけど――。


 噂話を信じるのは軽率?

 根拠はないんだし――。


 と、思うでしょ?


 ところが大量の枝が左大臣家に届いたのは本当の話。

 もちろん私は見てないけど左大臣家には沢山の使用人がいたから突然届いた山のような枝を見た人は大勢いる。

 だから当時、都ではすごい噂になった――と言われている。


 ついでにいうと――。


 桜は枝を切ると枯れてしまうと言われている。

 そして吉野には枝を全部切られて枯れた桜の大木がある。


 実は『今上帝が春宮だったころ枝を切らせて枯れた桜の木』は吉野でちょっとした名物になっているそうだ。


 まぁ桜じゃなくても枝を一本残らず切られたら大抵の木は枯れると思うけど……。


 いやいや、元々左大臣の姫の方に贈ったんでしょ、と主張する人も勿論(もちろん)いる。

 でも春宮と左大臣の姫は幼馴染みではない――けど大事なのはそこではない。


 鸚鵡(オウム)なんて鳥が唐土にいる、なんて話を知っている人は少ない。


 そんな珍しい鳥を(かたど)った香炉?(色まで同じ!)


 誰も聞いたことがないような鳥の名前を出しても珍しい材料か細工の事だと思われてしまうだろう――私がそう考えてしまったように。

 あえて、そんな名前の鳥の形をした香炉なんて持ち出すはずがない――見たことがあるのでなければ。


 つまり中宮の身近にいて香炉がなんの鳥の形で何色なのか知っている誰かが昔、実際に見聞きしたことを書いているに違いない!


 皆そう思っているから競うようにして物語を読んでいるのだ。

 継子いじめ譚は他にいくらでもあるから継子いじめの部分はどうでもいい。


 読みたいのは左大臣家の暴露話(ばくろばなし)だ(それと姫君失踪の真相)。


「女(邪魔をしている姫君)に(けい)……言い給いて……」

 キヨが慌てて言い換えたのを聞いて思わずにやりとしてしまう。

 それを隠すために扇で口元を隠した。


 敬語は数あれど(覚えるのが大変でうんざり!)『申し上げる』が『(けい)す』になるのは中宮と春宮だけなのだ。

 当然だが春宮は男性だから〝女〟とは書かない。


 大納言の姫に仮託しているとはいえ中宮様に対して言ったことを『申し給う』と書くのは恐れ多くてつい『啓す』と書いてしまったのだろう。


『啓す』と書いてあったなら間違いない。

〝女(邪魔をしている姫君)〟は中宮なのだ。


 今、書かれている最中の物語なのだから作者は生きている。

 つまり〝女〟も存命中の中宮か皇后なのだ。


「……姫君はツユに『お前がお義母(かあ)様にいじめられるわ。私のことは気にしないで行きなさい』と言いました」

 キヨが本を読む。


「女(邪魔をしている姫君)、同胞(はらから)の君に言い給いて……」


 えっ……!


 キヨの言葉にハッとした。


〝同胞?〟


 同胞というのは兄弟という意味である。

 普通は同腹(母親が同じ)の兄弟姉妹(きょうだい)をさす。

 が――。


 今、ここに登場してるのは(きみ)(主人公の姫君)と女(邪魔をしている姫君)だけだ。


 ということは女と姫君は腹違いの姉妹?


 どこかで姫君のことを『中の君』と書いていたはずだから主人公が次女なのは間違いないだろう。

 なら生死はともかく姉はいることになる。


 だから女が姫君の姉でもおかしくはない。


〝女〟は北の方が産んだ長女(大姫)で、姫君は他の妻が産んだ子供で、その妻が亡くなったから父親が引き取った、なら辻褄(つじつま)は合う。

 一応、異母兄弟を同胞(はらから)と書いている物語はあるし。


 というか、これなら色々とおかしいと思っていた疑問が解消する。


 例えば女(邪魔をしている姫君)が姫君(主人公)に嫌がらせをしていたという部分。


 普通、殿方から懸想文(けそうぶみ)(恋文)をもらって初めて恋愛が始まるのだ。

 見ず知らずの男性に姫君が片想いするというのが考えづらい。


 そして邸どころか部屋から出ることすら稀な姫君(大姫)が、片想いの相手(青年)がどこかで女性(主人公の姫君)と親しくなったなんて一体どうやって知るのか。


 そういう疑問も同居している姉妹なら解消される。


 そして、もし『男(姫君の想い人)』が春宮なら、春宮妃になりたい大姫やその母親である北の方にすれば春宮と親しい姫君は邪魔なはずだ。


 姉と妹、両方妃にするという事もあるのだが(一応そう言う例はある)、例えば父親が姫君と相思相愛の相手が春宮だと知ったら大姫には他の男を婿に迎えることにして入内は姫君だけにするかもしれない(入内もタダではないのだ)。


 北の方や大姫からすれば、それだけはなんとしてでも阻止したいと思うだろう。

 だから散々邪魔していた、というのは考えられる。


 実際、春宮に入内したのは左大臣の大姫だけで主人公の姫君は行方不明になっているのだし。


「あの、これ明後日までに返さないといけないので……」

 切りの良いところでキヨが言った。


「じゃあ、早く書き写さないと!」

「紙を持ってきて! ありったけ!」

 妹達が慌てて乳母達に命じた。



 目を覚ますと左大臣の大君(おおいぎみ)に戻っていた。


 ということは牛車に()かれて死んだのは夢ではなかったのだ。

 あの物語はまだ途中だったから続きが読めないのが心残りで記憶が戻ったのだろうか?


 左大臣の大姫が入内して中宮になるという結末は知っているが、問題はあの姫君がどうして失踪したのか、である。


 皆、あの姫君が行方不明になったと言う事は知っていても、どうしてそんなことになったのかは誰も知らない。


 正直、物語の他の部分――継母や左大臣の大姫がやった嫌がらせ――はどうでもいいから、あの主人公の姫君に何があって行方不明になったのかだけ知りたい。


 まぁ幸か不幸か今の私は左大臣の大君だ。


 金持ちだし、左大臣に取り入りたい公達が色々な贈り物をしてくる。

 そして父は娘――もちろん私――を甘やかしてくれて欲しい物はなんでも手に入れてくれる。


 つまりとっくに書かれた物語を手に入れるのは容易(たやす)い。


 と言いたいところだけど――。

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