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平安時代の悪役令嬢は婚約破棄します!  作者: 月夜野 すみれ
第三章

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第十七話 四十の賀の宴

 四十の賀の日の朝――


 私(左大臣の大君の方)は宴の前の最後のお稽古のために中の君のところへ行った。


 中の君が手を止めると溜息を()いた。


 無理もありませんわ。

 私だって頭を抱えてますもの。


 ちらっと中の君の指に視線を走らせる。


 爪が割れていればケガをしたからという口実で演奏を断れたのだが、中の君の指は相当頑丈なのかここのところずっと朝から晩まで稽古していたにもかかわらず僅かなひびすら入っていない。


「大君、中の君」

 お母様がお稽古をしている私達のところに来た。


「良い知らせですよ」


 今の私達にとって〝良い知らせ〟というのは宴の延期だけですわ――できれば一年くらい。


「春宮様がお忍びでいらして下さるそうです」


 中の君が息を飲んだのが分かった。

 春宮に自分の()……あまり上手いとは言えない箏を聴かれたくないのだろう。


 狐だのいなおほせ鳥だのと言ってる春宮が箏の演奏を気にするとは思えないけど。


「それに右大臣様や大納言様方もいらして下さるそうです」


 なんですって……!


 では公卿(上級貴族ですわ)は全員来るのだ(以前お母様からいらっしゃる方を聞いていたのですわ)。


 春宮が来ることより公卿が全員揃う方が遥かに困りますわ!


 公卿達に中の君の演奏を聴かれたら誰も入内に賛成してくれなくなりますわ!(楽器の演奏というのはそのくらい大事な教養なんですのよ!)


 となると何があっても中の君の演奏は聴かせられませんわ!


 こうなったら――。



 宴の時間――



「お姉様、私には無理です……」

 中の君が真っ青な表情で言った。


 私達は会場にいた。

 御簾の向こうには大勢の客がいるのが気配で分かる。


 公卿だけなら十人ほどだが、中納言や参議(いわゆる中級貴族ですわ)、それにトメによると少納言やその他の貴族達も沢山招かれているらしい。


 そして一番いい席には春宮が(いるそうですわ。私達からはお姿は見えませんけど)。


「中の君、確かに聴いている方は大勢いるけどこれは娘からお父様へのお祝いよ。気持ちがこもっていればいいのよ」

 私がそう言った時、

「そこにいるのが大君ですわ」

 お母様が御簾の向こうから中の君を指した(御簾越しの上に夜だから暗くて顔が見えませんのよ)。


 中の君が青くなって私を見る。

 私はにっこりと笑った。


 私と中の君が座る場所を準備した女房に聞いておいて、中の君の座る予定のところに私が座ったのだ。


「おか……」

 中の君がお母様に声を掛けようとしたのを止める。


「言ったでしょう。大事なのはお祝いの気持ちよ」

 私はそう言って演奏を始めた。


 中の君が真っ青な顔で演奏を始める。

 緊張のせいかいつも以上に弾き間違いが多い。

 そして間違える度にさらに青くなって演奏がひどくなる。


 あまりにひどい演奏にお客さん達は全員黙り込んでしまい、静まり返ったところに私達の箏の音だけが響いていた。


 お母様は入れ替わりに気付いたらしく、私の方を睨んでいる(ようですわ。よく見えませんけど)。

 だが私と中の君が入れ替わっているとは言い出せずに黙っているらしい。


 これで演奏が下手なのは大君、上手いのが中の君という事になる。

 上手くいけば中の君の方を入内――というのは難しい。


 もし入内は大君ではなく中の君を、と誰かが言い出したらお母様が『間違って中の君の方を指してしまった』と言うだろう。

 御簾で遮られていて顔は見えないから背格好が似ている私達を間違えることは普通にあり得るからだ。


 だが少なくとも中の君の演奏が上手くないという事は人に知られずにすむ。

 次に中の君が演奏しなければならなくなるまでに上達してしまえば今日のことは私の調子が悪かっただけということに出来るだろう。


 中の君には私と同じくらいになるまでお稽古してもらうことになりますけど。



 深夜――



「いかにせん 山で聞きつる 呼子鳥(よぶこどり) 春の宮へと おとづれんかな」

 外から頼浮の声がした。


 春宮が来たのだろう。もちろん中の君のところに。


 忘れてましたけど今日の客の中に春宮がいたんでしたわね。


 宴が終わったから中の君に会いに来たのだ。

 頼浮に――というか帝以外の人に春宮を追い返せるとは思えないが一応通していいか聞いてくれてるのだろう。


 私は妻戸を軽く叩いた。

 頼浮はすぐそこにいるはずだ。


「春宮様は中の君のところに通して構わないって言ったはずよ」

 私が小声で囁く。


「春宮はお通ししたのですが少納言がこちらに向かっているのです」

「よく招待したわね」

「別の少納言です」


 少納言というのは――というか各官職の長官以外はほとんどがそうなのだが――何人もいるのだ。

 だから官職名の前に『何々の~』とつけて区別するのである。


「二人は部屋を出たんでしょ」


 中の君がいないのなら別に部屋に入られたところで構わない。


「いえ、今日は中の君の母屋で……」

「あら……」


 つまりこのままだと春宮と少納言が鉢合わせしてしまうのだ。


「…………」

 私は考え込んだ。


「いかがいたしますか?」

「いいわ。少納言をそのままいかせて」

「……よろしいんですか?」

 頼浮が驚いたように言った。


「春宮様と中の君が一緒にいるのを見たって少納言が言い触らしてくれれば入内させるしかなくなるでしょう」

「…………」

 頼浮は呆れたのかしばらく黙っていたが、やがて、

「……分かりました」

 と答えた。


 これで今度こそ中の君を入内させるしかなくなるはずですわ!


「箏の演奏を入れ替わったりして、そこまで中の君を入内させようとするのは何故ですか?」

 頼浮が訊ねた。

「気付いてたの?」

「あなたはあんなに下手ではありませんから」


 はっきり言うのね。


「中の君が春宮様を好きだからよ」


 そして私は好きではないから。


「好きなだけでは幸せになれないと思いますが」

「嫌いな人と一緒になったって幸せにはなれないはずよ」

「…………」

 頼浮はしばらく黙っていた後、そのまま立ち去った。


 それにしても……揃いも揃っていなおほせ鳥だの呼子鳥だの古今伝授(こきんでんじゅ)が好きですわね(古今伝授というのは、いなおほせ鳥とか呼子鳥などの名前が分からないもののことですわよ)。



 少納言は春宮と中の君が二人で過ごしているところに踏み込んだ挙げ句、すぐには春宮と気付かずに騒ぎ立ててしまった。

 春宮が怒って口論になり、ようやく相手が誰なのか気付いた少納言は真っ青になったらしい。


 慌てて謝ったそうだが、その頃には人が集まってきて春宮と中の君が一緒にいたことを他の来客に知られてしまったとのことだった。


 これでもう中の君は入内するしかなくなくなりましたわ!

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